第62話 『今更ながら、バルディエって何が出来るんだ?』
降り注ぐ日差し。
日差しを反射する湖面。
そして、やはり日差しを反射する白い岩。
そうした偶然が重なった、他よりも明るい場所でそれらは目覚めた。
小さな光の粒。
花は可憐で、緑は鮮やかで、風は爽やかで、日差しは暖かい。
それらが初めて覚えた自我は『平安』だった。
光の粒は戯れる。
日向に集まり、草の陰に陽だまりを作り、花の上に溜まる。
そうして少しずつ少しずつ光の粒は大きくなる。
そして、ある時、前触れなく、光の粒同士がくっついた。
二つが一つに。
そして、またある時、やはり前触れなく光の粒が別れた。
一つが三つに。
ある時それは、魚に食べられた。
魚が狙って食べたわけではない。
魚が湖上の虫を食べる時、たまたま近くにいただけだった。
そして、それは消えない。
ただ、魚の中に居場所を見つけた。
魚の中では光は歪んで集まる。
歪んで、歪んで、色が変わった。
それらは魚の中に居場所を見つけた。
こんな風にそれらは数を減らしたり増やしたりしながら、とりとめもなく湖面を泳ぎ、とりとめもなく宙を舞い、とりとめもなく集まり、隠れ、過ごしていた。
ある時、不思議なさざめきを感じた。
何もいないが何かがいる。
光の粒は姿を隠す。
それらに時間の感覚はない。
やがて、不思議なさざめきは消えないが、不思議ではないさざめきに変わった。
光の粒はまた集まる。
とりとめもなく。
形もなく。
姿もなく。
音もなく。
香りもなく。
その時、湖のほとりに花が咲いた。
大きいが優しい花だった。
草原から伸びるように生える白い花。
柔らかな曲線を描く花弁が、何かを包むように咲いている。
包んでいるのは光だ。
緩やかなカーブは、光を集め、その奥へといざなっている。
花の底には、光が溜まっている。
柔らかく、温かい光の溜り場。
誘われるように光の粒は集まり、覗き込んだ。
覗き込めば底には光が揺蕩っている。
壷のような花の底は淡く赤く、光を受けて、ほのかに輝く。
一粒の光がポロリと転がり落ちた。
ポロリ。
ポロリ。
ポロリ。
後を追うように次々と底へと落ちる。
いや、飛び込む。
気が付けば、集まっていた光の粒たちは、全て花の底に転がり落ち、そこで、ふわりふわりと戯れていた。
――にゅっ――
エメラルドのような緑色の瞳が、それを覗き込んだ。
☆☆☆
『ここにいて下さい』
コロポンの鼻が精霊の存在を嗅ぎ取ったのち、バルディエはメンバーを押さえる。
静かに止まり木を召喚して、静かにその上に止まる。
『バルディエは何をしてるんだ?』
『ふむ?』
聞いてみるが、分かるはずもない。
目には見えないが精霊は、バルディエに気付いていないようで、そこに留まっている。
バルディエは止まり木の上で、静かに一点を見ている。
そして、唐突にバルディエが動いた。
踊りのような、ただの奇怪な動きのような、形容しがたい動き。
羽を動かし、わずかに右に左に。
首を捻り、右に左に。
『何やって……』
リュウセイが首を捻った時、変化が起こった。
変化というにはあまりにも静かだが。
湖のほとり、草っ原の中に、突如にょきっと花が生えた。
壷のような白い花。
地面からチューリップの花の部分だけ生えたような白い花。
『……あれ、バルディエが生やしたのか?』
『うむ? そうではないのか?』
『……どうやって?』
『分からぬ』
そこまで来て一つの疑問が浮かぶ。
『今更ながら、バルディエって何が出来るんだ?』
『む?』
空が飛べるぞ?と思ったが、そういうことではないのも分かった。
『目を見ると、記憶とかが読み取れるんだよな?』
『うむ』
バルディエがそう言っていた。
それは知っている。
しかし。
『他に何が出来るんだ?』
『……分からぬな』
『そうだよな。そもそも初めて会った時に、倒せなかったのもあれはなんだ?』
『……そう言えばそうであったな』
日頃の行いから、力持ちでおっちょこちょいなお喋り梟と思っていたが、改めて考えてみれば謎が多い。
というよりも、謎しかない。
『……バルディエって何も…ん?』
静かに会話が盛り上がる中、バルディエが動いた。
白い花のそばに止まり木を作ると、そちらに移る。
『精霊があの花に入ったな』
『精霊を捕まえるのか?』
『説得と言っていたが?』
『捕獲と説得は違う…ん? あれは?』
花を覗き込んでいたバルディエが、腹の辺りをごそごそと漁った。
その翼を広げるとそこに透明で綺麗な石が握られていた。
『エレメンタルストーンか? いや、にしてもデカいぞ!?』
『エレメンタルストーン?』
知らない言葉に首を傾げるコロポンと、知らない大きさに驚くリュウセイ。
エレメンタルストーンはその名の通り、
精霊使いやエレメントダンサーの装飾品に使われるのだが、普通は小指から先程もない大きさだ。
宝石だけあってとても貴重品なのだが、バルディエが持つその石は拳大ぐらいある。
『あ、あいつ、あんなものどこから?』
何をするつもりだ?という疑問は吹き飛んだ。
何となく。
すごく何となく、物凄く嫌な予感のするリュウセイ。
『持っていたのではないか?』
コロポンの言葉にそうであってくれとリュウセイは祈った。
リュウセイの祈りを知ってか知らずか、バルディエはエレメンタルストーンを掲げ、再び奇怪な動きを披露する。
奇怪な動きに反して、手にした宝石に力が満ちる。
『エレメントダンス!?』
リュウセイが声に出さず奇声を上げる。
それはエレメントダンサーが踊る、精霊との交感のための舞踊。
『あいつ、何を……』
『うむ』
息を呑む一人と、一頭。
手にした宝石に気配が集まる。
何が起こるのか分からず、高まる緊張感の中――
「にゃあぐあああ!!!」
約一匹が、我慢の限界を迎えた。
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