第58話 「なんだ!? 何が起こってる!?」

コロポンは怒っていた。


リュウセイはバカにされるし、リュウセイは暴力を振るわれるし、変な雌はめちゃくちゃ臭いし、ソーセージは食べられないし。

何のためにわざわざ山から降りてきたと思っているのか。


リュウセイから我慢してくれと頼まれていたので、堪えていたが、我慢の限界だった。

我慢はしてみたが無理だったので消すことにした。


そしてついに、臭い雌を消してやろうとした時だった。


「リュウセイさーーん!!」

バルディエが飛び込んで来た。



☆☆☆



「リュウセイさん!! こんなところで何してるんですか!?」

バルディエはらしくないほど慌てていた。

「急がないと!!いそ、ほら、 大変なことになります!!」

翼をバタバタと振り回しながら、ワタワタしていた。


「いや、こっちもこっちで取り込んでるんだが? どうした?」

ぶちっと縄を引きちぎったリュウセイが女を見る。

バルディエはそこで初めて、地面にひっくり返って真っ青な顔をしている女に気付いたようだった。


「……取り込んでるって…こんなの消せばいいんじゃないんですか?」

「うむ」

コロポンが頷いて、女を睨む。

「ヒィッ!?」

暗がりでコロポンの姿は見えないが、その威圧感だけで潰れそうになっていた。


「消せばって、そういうわけにもいかないだろ?」

何気に疑問形のリュウセイ。

「うむ?」

「いいと思いますよ? どうやったってめんどくさそうですし?」

「うむ」

「……ってそんなことより、こっちの方が大変なんですよ!!」

「そういえば、どうした? なんか調べ物がどうとか言ってたが?」

「うむ?」

「そうです! それです! それが思った以上に大変な……」

バルディエが早口にまくしたてたその時、薄暗い地下室に、ぼんやりと魔法陣が浮かんだ。


「うげ!?」

奇声を上げて青くなるバルディエ。いや、全身赤いが。

「なんだ?」

「うむ?」


構える間に魔法陣は結実する。

「「「「「見つけたぞっ!!」」」」」


魔法陣が吐き出したのは5つの影。

男も女も、太いのも細いのも、高いのも低いのもいるが、全員、座布団のような帽子を被り、手に魔力溢れる本を持ち、いかにも学者風の格好をしている。

五人は、一斉にバルディエを指さす。


「なぜ、ここが!?」

バルディエが慌てる。

「おい? なんだアイツらは?」

「ルーラン大図書館の司書さんたちです。逃げますよ!!」

叫ぶなり我先に来た道を戻るバルディエ。

「おい!」

意味が分からないが、反射で追いかけるリュウセイ。


「うむ」

最後に、学者風の男が放った火炎放射をぱくりと食べたコロポンも身を翻し、バルディエがぶち破った扉から階上へと躍り出た。


「逃がすな!!」

「「「「おう!!」」」」

5人もそれを追いかける。



「……助かった……」

化粧の濃い女の茫然自失のため息だけが残った。



☆☆☆



「なんだ!? 何が起こってる!?」

バタバタと前を飛ぶバルディエを問い詰めるリュウセイ。


「ちょっと手違いがありまして!」

「うむ」

バルディエを飛び越えたコロポンが、目の前に競り上がった岩の壁を爪で消し去る。

同時にすぐさま身を翻し、今度は後ろから走る雷を食らい消す。


「精魔だ!」

「闇か!」

「おのれぇ!!」

「逃がさんぞ! ミカエル師匠の仇!!」

「エルドレッド館長の弔いじゃあ!!」


ダバダバと決して綺麗なフォームではないくせに異常に速く、それゆえ却って恐怖を煽る学者風の五人組が叫ぶ。

同時に、ビカビカギラギラと魔法が飛ぶ。


リュウセイ達に当たりそうな魔法は全てコロポンが消す。


ただ、ちょっと逸れた風魔法が、通路を歩くやたら煌びやかな服を着たおじさんに直撃し、その頭頂部を刈り上げたりはしている。


「バルディエ! お前! あのじいさんを!?」

五人組の物騒な言葉に思わず顔が引き攣るリュウセイ。

「うむ。分からんでもない」

深く頷くコロポン。


「違う!違いますよ! 誤解ですよ!!」

叫びながら一行は豪華絢爛な扉を蹴破る。

扉の向こうで闖入者に上がる悲鳴。


「「「「「待てぇ!!」」」」」

吹き荒れる魔法に上がる悲鳴。

闖入者を止めるべく現れた、警備員と思しきならず者たちも、余波で吹き飛んでいく。


「誤解です!! 誤解!! 私はやってない!!」

バルディエの弁解を掻き消すように、巨大な火球が、ルーレットテーブルを吹き飛ばす。

血眼になって夢を追いかける欲望の巣窟は、普段通りに、普段と違う悲鳴で埋め尽くされていた。


「洒落にならん! 一旦足止めするぞ!」

話にならん、とリュウセイが槍に手を回す。


「熱っ!!」

火傷しそうなほどの熱さに思わず手を離す。

中級火属性の支援魔法『ローステッドアームズ』。

武器が熱を帯び、ファンブルを誘う魔法だ。

全力で走りながら、この狂乱の中、リュウセイの槍にピンポイントで当てる技量は並ではない。


「ぐっ!?」

槍が転がり歯噛みする。拾う余裕はない。

辺り一面、地獄絵図だ。


「振り切って逃げましょう!」

「何がどうなってる!?」

「エルドレッドさん、話が通じな過ぎて!」

そもそもバルディエの言葉は通じない。

筆談は成立したが、一言書く毎に、昔話が始まり、何一つ進まない。


「もういいや、って記憶を覗いたんですよ!!」

情報があるのは分かっていたので、直接、覗いたのだった。

必要な情報を少し調べるだけで事足りる……はずだった。


「そしたら、エルドレッドさん、ものすごく博識で!」

「ふむ。情報を探すのに思った以上に負担を掛けた、と?」

冷や汗にまみれたリュウセイを思い出しながら、土石流のような濁流に自分たちの道だけ作るコロポン。



「いえ、面白くなっちゃって、関係ないことも洗い浚い掘り返してたら、泡拭いて倒れちゃいました!!」

てへっと羽で頭を叩くバルディエ。


「「お前のせいじゃないか!!」」


「でも死んでません! それに次の目的地も分かったんで問題ないです!」

外れた紫電が、高そうな壁のショーケースを割る。


「今この状況が大問題だよ!」

ショーケースから転がり落ちた、穂先がほのかに光る槍を走りながら蹴り上げ、手に構えるリュウセイ。


「「「「「逃がさん!!」」」」」

5人が叫ぶと、辺り一面に多種多様な魔法陣が浮かび上がる。


見慣れた魔法。


「突っ切るぞ!!」

「うむ!」

「バルディエ!掴まれ!」

「はい」

リュウセイの肩を大きな爪で掴む。


「ストリーーーム!!」

リュウセイ達が急加速し、結実する直前の魔法陣を突き破る。

そのまま壁もぶち破り、大空へと飛び出す。

「ふぬっ!」

リュウセイを掴んだままバルディエが羽ばたく。



その背後。

――どかーーん!!――

魔力爆発が青い屋根を吹き飛ばした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る