第57話 「何がしたいんだ?」

これ見よがしに剣を抜いた青い帽子の男達に囲まれて狭い道を進む。

リュウセイとコロポンだ。

と言っても、男達にはコロポンの姿は見えていない。


リュウセイを取り囲んだその後ろに気配を殺したコロポンが尻尾をぺたーんと垂れ下げてぽってぽってと歩いているのだが。

『ヌシ、これは付いていく必要があるのか?』


声が出せないので思念で問いかける。

ちょっと力を入れないとできないので普段は使わない。


『こいつらは面倒くさいんだ』

リュウセイも嫌そうである。

付いていっていいことがあるわけがないので。


しかし、殴り倒して片付けるわけにもいかない。

小さいとは言え一つの街を実質的に支配している二大組織の一翼である。

そして、その方法はギャンブルであり、その顧客には権力を持つ者も多数いる。


その中には当然、マルシェーヌの有力者も含まれいている。

そのため、この二大組織に敵認定されると、色々と暮らしにくくなるのだ。


『むう……』

ソーセージが食べたいだけなのだが?と思うが、口に出しにくい空気だったのでコロポンはぽてぽてとついていくだけにした。



☆☆☆



薄暗く埃っぽい部屋。

青い屋根の建物の地下である。


行儀の悪いお客さんをおもてなしするための部屋である。

そこにリュウセイがいた。

後ろ手に縄で縛られている。

それを取り囲むのは手に鞭を持ちニヤニヤとすごく愉しそうな男達。

その奥には、豪奢な椅子に座った化粧の濃い女が一人。

こちらも愉しそうにリュウセイを見ている。


「おい!! あのクロいのを、どこにかくしたっ!?」

言うなり鞭を振るう。

古くなり傷んでいた鎧が裂けた。


「お前らの見間違いだろ?」

リュウセイは事も無げに答える。

その黒いのは部屋の隅で、じーっと男たちを見ているのだが。


「ふざけんな!!」

鞭が振るわれ、シャツが破れる。


「何がしたいんだ?」

痛みなど微塵もないようにリュウセイが平然と尋ねる。

コロポンはじーーっと見ている。


「てめえ!!」

リュウセイの態度に一瞬で激昂した男達が殴りかかる。

薄暗い地下室に、鈍い音が響く。



☆☆☆



「急がなければ!!」

その頃、街の空を一羽の赤い梟が慌ただしく空を飛んでいた。

勿論、バルディエである。

「どこだ? リュウセイさんはどこだ?」

いつもの理知的な雰囲気はなりを潜め、ハタハタと焦り、慌てふためいている。


きょろきょろと首を巡らしリュウセイを探す。

契約下にある使役獣は、テイマーの場所が分かる。

普通であれば、使役獣は無理に探さずとも主人の場所は分かる。

これは普通、テイマーは使役獣に契約により強い強制力を働かせている。これにより使役獣が勝手に動かないようにするのだが、位置探知はこの契約の付随効果のようなものだ。


なので、探さずとも分かるのが普通なのだが、リュウセイだし、コロポンだし、マイルズだし、バルディエだった。


「こっち? いや、こっちか! ああ、まさか……、思った以上に……ああ!! 急がなければ!!リュウセイさーーん!!」

気配を探ったバルディエが青い屋根の大きな建物へ慌ただしく飛んで行く。



☆☆☆



「ううぅ……」

鈍い音が止むと、代わりに呻き声が漏れていた。


「いてえ……なんだこいつ……?」

呻き声の主は、リュウセイに殴りかかり、蹴りかかり、手首や足首を挫いた男達だ。


「何がしたいんだ?」

痣一つ作らず、リュウセイは戸惑っていた。

突然殴られたとおもったら、勝手にうずくまって呻いているのだ。


「アンタら何やってんだい?」

下っ端の体たらくに呆れ返っているのは、椅子に座った化粧の濃い女だった。

スリットの深いスカートから覗く白い足を組み替えると、おもむろに椅子から立ち上がる。


「ふふん。なかなかいい男じゃないか? ええ?」

コツリコツリと靴音響かせて近づくと、リュウセイの顎に手を当てる。

その仕草が妙に艶めかしい。


「何がしたいんだ? お前達に迷惑は掛けちゃいないし、金も無い。見りゃ分かんだろ?」

女の纏うきつい香水の匂いに顔が歪みそうになるのを堪えて尋ねる。


「そうさね。このバカどもはどうでもいいのさ」

顎を掴んで自分の方へ向ける。

真っ赤な唇から、真っ赤な舌がチロリと覗いた。


「アンタが悪かったとすりゃ、運さ」

女が笑う。

「騒ぎ起こしちまったら、もう引けないのさ」

目を合わせ、ねぶるように見つめる。


「金はなくとも、身体はあるじゃないか?」

爪の長い細く白い指が、リュウセイの胸板を撫でる。

「アタシが飼ってやるよ。これなら客も取れる」

嗜虐的な笑みを浮かべると、腰元から短いナイフを抜いた。


「その前に少し鳴いてもらおうかね? え?」

女が心底楽しそうに、ナイフの鈍い光をリュウセイに見せつける。

「アンタ、何者だい? 肝の座り方が尋常じゃないね?」

ヒキッと喉を鳴らすように女が笑う。


「いい声で鳴いておくれよ?」

女がナイフをリュウセイの胸に這わせ――

「あ?」

――ようとしたが、忽然とナイフが消えた。


さっきまで持っていたナイフが、まるで、初めから何もなかったように。


「なんだ……あ?」

そして女は気づく。

先程まで床に転がって手や足を押さえていた男達がいないことに。


「え? え? あ?」

――カタリ――

「!?」

小さな音に振り向く――

――椅子がなくなっている。


唖然としたその目の前で、微かな光を漏らしていたランプが消える。

闇が濃くなる。

「なんだい? 何が起こってるんだい?」


――グルルルル……――

「!?」

獣の唸り声。

ビクッと辺りを見渡す。


「ヒィッ!?」

闇の中にあって、一層深い闇。

全てを呑み込み、存在したその足跡すら吞み込みそうな深い闇。


女は闇と目が合った。


女は腰を抜かし、地べたに尻もちをつく。

ままならぬ手足をばたつかせ、不格好に後退る。


「ヒィッ!?」

姿の見えぬ深い闇があぎとを開いた気がした――




――どかーん!!――

「リュウセイさーーん!!」

「ん?」

「む?」

薄暗い地下室に赤い闖入者が扉を壊して飛び込んで来たのは、その時だった。


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