第56話 白猫は眠らない 後編

「にゃあ……」

トコトコと歩きながらもマイルズは面倒くさかった。

しかし、まあ、たぶん、これを無視したことがバレるとリュウセイが悲しい顔をするだろう。

怒りはしないだろうが。

隠すのも面倒だし。

だったら「まあ、やるかぁ」ぐらいのものである。


街道に戻り、門に辿り着く。

やる気のない門番と目が合う。

『しっしっ』と追い払うように手を振られる。


――ぴか――

「っ!?」

門番の足元から頭頂までを紫電が駆け抜けると、門番は白目を剥いて気を失った。

「あ?」

後ろで同じくだるそうに、槍に体を預けていた門番が異変に気付く。それでも億劫そうだった。

――ぴか――

「っ!?」

同じ結末。


目についた門番を全て気絶させる。

門を通らずとも入れる。

しかし、ひょろ影のためにコソコソするのは面倒だった。

焼いても良かったが、後で怒られそうだから止めておいた。時間もかかる。


「にゃあ……」

真正面から、全く慌てず、何事もないかのように門を潜る。気乗りしないなぁと呟きながら。


二匹を捕まえた赤い服の臭いにおいが道の上を通っている。

雌の恐怖と不安に、雄のカラ元気も残っている。


これを辿るだけだ。


臭いと気配はまっすぐに、一層臭い赤い大きな建物へと続いている。



☆☆☆



『緋染めの暁』は一つの問題を抱えていた。

……社会風紀的には一つどころか何千とありそうだが、とりあえず、経営上の問題として一つの大きな課題に直面していた。


一言で表せば『過激化』だ。

持ち込まれるモンスターは巨大化、凶暴化が進み、闘士の争いも過激でグロテスクなものへと変わっていく。


これ自体は熱狂的なファンを生み、賭ける額を増やす結果にも繋がっているのだが、同時に新規のファン、新規の参加者を阻む結果になっていた。


その一つの対抗策として考えたのが、ノラモンスターによる、和やかな殺し合いだ。

字面がおかしいが、彼らは真剣だ。


訓練もされず、能力もさほどでもなく、一般人でもよく見慣れたノラモンスターが、命を散らし合う。

賭けの額も小さくし、娯楽性を高めれば、一つの見物になるのではないかと考えた。


そして、その目論見は成果を上げていた。

その次の被害ノラとして捕らえられたのが、ゴンタロウとエリザベートだった。


思考がゲスならば、やることはもっとゲスだ。

通常ノラモンスターは争いを好まない。だから、普通に闘技場に放っても争いにならない。そのため、借金漬けで首どころか指の第一関節すらも動かせない呪念師を使い、ノラたちに凶化と、苦痛の呪いをかける。


苦しみにのたうち、我を忘れ、何も報われない争いに身を投じさせるのだ。



☆☆☆



マイルズは道を歩く。

彼を止める者はいない。

止める前に気を失うからだ。

マイルズは躊躇しない。気にしない。


そのままの何も変わらぬ足取りで、無人の野を行くがごとく、赤い壁の建物の中へと入って行った。


「にゃ」

そこはひどかった。

臭い。とにかく臭い。

マイルズは辺りを見渡す。


一番臭い所に、一番の碌でなしがいるはずで、それに用があった。


壁の向こうから臭う。

――ぴか――

壁が壊れる。

むわっとこれまで以上の臭いが壁に空いた穴から流れ込んでくる。


「にゃがにゃにゃ。にゃあにゃあにゃ」

さっさと片付けよう。臭いが移る。

マイルズは壁の穴を飛び越えた。



☆☆☆



怒声が響いている。

耳を塞ぎたくなるような悪意と狂気。

「にゃあ……」

やっぱり来るんじゃなかったと少し後悔した。


見下ろせば土の上で、巨大な二足歩行の牛と、片腕が無い男が戦っていた。

それを見下ろすように建物の高い所にあるでっぱりから一際臭い気配が漂っている。


「にゃあ」

煩いのでとりあえず黙らせることにした。


――ぴか――

マイルズが静かに光る。

それだけで天井のないコロシアムを覆うように、魔法陣が浮かんだ。


異変に気付いた観衆が奇声を上げた。

しかし、もう遅かった。

――ぽつり――

先ずは一滴。


――ぽつりぽつりぽつり――

水滴は雨になる。


――サー……――

雨が去った時には、観衆も、牛も闘士も、全てが静まり返った。


上級水魔法『オールフォーユー分かるでしょう?』。

その水滴に触れた者は、四肢の動きが封じられ、痛覚だけが活性化する。


呻くことすら許されず、ただただ痛い。

マイルズは少し苛立っていたから。


マイルズは見上げる。

臭いにおいを。

遠回りをするのもめんどくさい。


ぴかぴかと光りながら、何もない空中を歩く。

真っすぐに。


窓を破りその部屋に辿り着く。


――ぴか――

マイルズがその部屋に足を置いた時、部屋の床が沼のように沈み、更に赤熱した。

上がる悲鳴。

――ぴか――

悲鳴だけが消える。


「にゃ」

――ぴか――

臭いにおいの元凶どもの首元に魔法陣が張りつき、消えた後には、黒い刺青が残った。

悲鳴は聞こえない。

ただ自分の喉を裂かんとするほどに掻きむしっている。


「にゃ」

頷いたマイルズは踵を返すと、来た時と同じく空中を歩いて帰る。

『灰色と白いのを連れ出したら、今度は次の寝る場所を探さないとな』とそんなことを考えた。


――どーん!!――

「にゃっ!?」

そんなマイルズへ轟音とともに、青い瓦礫が降って来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る