第55話 白猫は眠らない 前編

――ワォォオオン――

その音になっていない音にマイルズは足を止めた。

ピクリと首を上げ、街の方を振り返る。


ベルエーダ北門の街道にて、リュウセイ達を見送ったマイルズは、街道から外れ、昼寝していた。

していたのだが、日の向きが変わって日陰になってしまったので、次なる昼寝スポットを求めて近くの原っぱをトコトコと移動していた。


「にゃが」

『気のせいだな』とわざとらしく声に出したマイルズは、コロポンの音にならない遠吠えを無視して歩き出した。


大体、なぜひょろ影がごちゃごちゃいる所に入ろうとするのか、マイルズには分からなった。

絶対に碌なことにならないのだ。

碌なことになったことがないのだから。


「にゃがあ、にゃにゃにゃが」

良い薬になるな、とはっきり届いた幻聴に小さく返事をした。


探しているのは日当たりが良くも、直射日光が当たらない場所だ。

リュウセイから『街から離れるな』と言われてしまったので、仕方がない。


この辺りで出来そうなことと言えば昼寝ぐらいだから昼寝をするしかない。

幸いこの辺は草原で、昼寝によさそうな場所はたくさんある。


「にゃ」

歩くこと暫く、良さそうな灌木を見つけた。

まるで誰かが住んでいたかのように、灌木に大きな窪みがあり、日差しと日陰のバランスが良い。

まるで誰かが誰かを迎えるつもりのように、広く下草が柔らかい。


「にゃ」

ぴかっと光ると、灌木の中を一陣の風が通り抜ける。

臭いや痕跡を消してくれる風魔法だ。

これが使えると斥候は一流と呼ばれる。


まるで誰かが存在感をアピールするためのようにこびりついていた臭いを振り払ったマイルズは、窪みに収まり、柔らかな下草の上に丸まり、すやすやと寝息を立て始めた。



☆☆☆



――ニャー!!――

ん?とマイルズは耳をぴくぴく動かした。

――ニャアー!!――

気のせいだな、と再び眠りに落ちる。


――フィシャアア!!――

明確な威嚇音。

10分ほど前から、この灌木の前をうろうろしながらニャアニャアやかましいヤツがいたが、やはりどうやら自分に用があるようだった。


「にゃあー?」

気だるげに顔を上げると、10分前と変わらず、気の強そうな猫が、ガリガリと結界をひっかいていた。

灰色の身体に太くたくましい手足、右目の周りと、左前足の付け根に大きなクロブチがある。

猫のようだが猫ではない。

野生のニャルフィッシュだった。


チラッと見たマイルズは、この調子なら30年は引っかかれても結界が破られることはないだろうなあ、とぼんやり考えた。


マイルズはぼんやりしていたが、向こうはかなり苛立っている様子だった。

にゅっと首を伸ばしてみると、灰色の後ろに白いのがいる。

足の先と鼻の頭が黒かった。とても毛艶がいい。自分ほどではないが。


フーフーとこっちを威嚇する雄と、その後ろで戸惑っている雌を見比べる。

ワイルドな野生児と、箱入り娘のお嬢様に見える。


なるほどナンパに成功して、お気に入りのここに連れ込もうとしたら、自分がいたのか、とマイルズは状況を理解した。


「にゃ」

ぴかっと光る。

音が消える。


「にゃあー」

静かになったと一息つくと、くるりと丸まると再び眠りに落ちた。


――   !!――

何か騒いでいる影が見えるが、マイルズには関係なかった。



☆☆☆



「にゃああ!!!」

右目の周りが黒いニャルフィッシュ――名前が無いとややこしいので『ゴンタロウ』としておこう――は盛大に焦っていた。


2か月。

実に2か月である。

たまたま見かけた、白い美ニャルフィッシュ――こちらは『エリザベート』としておこう――に一目惚れし恋焦がれて実に2か月。


エリザベートはこの辺りの生まれではない。

どこか南の方で生まれ、ニンゲンを従者に連れてこっちに来たのだそうな。


エリザベートを初めて見た時の衝撃はいまだに忘れられない。


そこら辺のノラの雌とは違い、白く輝くような艶やかな毛並み。

コーユをなじませたブラッシングとかいうヤツを朝と夜の二回させるのが大切らしい。


そして足元を飾る、控えめな黒模様。

そして、何よりもそのエキゾチックな整った顔立ち。

この辺りののっぺりと薄い顔ではなく、鼻筋が通っている。瞳も赤い。


更に身体つきもだ。

前脚の付け根が、こう、きゅっと締まっているのだ。

更に、尻尾からお尻にかけてのラインも、むにっと肉感的で堪らない。


恋に落ちたゴンタロウは必死にアピールした。

ここらで一番おいしいクサハリネズミを捕まえ、香りのよいマタマタマタタビを集め、必死にアピールを重ねること2か月。


遂に、遂に、この日のために新しく用意した、イロサキツツジの部屋へ連れ込むことに成功した!と思った矢先、2カ月かけて用意したそのスペースに変なのがいた。


腹立つぐらいに綺麗な白い毛並みのそいつは、あろうことかゴンタロウの作った愛の巣でぐーぐーと寝ていた。

しかも、叫んでも怒鳴っても、完全無視。


引っ掻こうにも、見えない壁に遮られて届かない。

後ろでエリザベートが微妙な顔をしている。


というか、完全にこの変な白いヤツに興味津々みたいな顔になっている。

雌の顔だ。


――ニャ、ニャニャニャア――

場所変えようぜ?と強引に連れ出す。

――ミュウ?――

ええ?とか言うなよ。

あと、あっちの変なヤツをちらちら見るなよ!


おい、どうする! どうすれば!? 俺は今日こそ本物の雄になると!?

エリザベートをエスコートしながらアタフタするゴンタロウ。


次の場所など用意がない。

せいぜい自分のねぐらぐらいだが……あそこはダメだ。

その様にみるみる白けていくエリザベート。


――ニャッ!?――

――ミャア!?――

「お!やったぞ!!つかまたぞ!!」

「にひきだ! にひき!」

そんな二匹は網に捕らえられた。



☆☆☆



「にゃあ……」

マイルズは唸った。

二匹のニャルフィッシュが、赤い服のひょろ影に連れていかれたからだ。


「にゃあ……」

飼い主じゃないよなあ……と髭をぴくぴくさせる。


赤い服のひょろ影は臭かった。

臭いも、だが、その存在がだ。

嫌な記憶にある臭い。


連れ去られた二匹。

絶対に碌な目に合わない。


「にゃあ……」

マイルズは一つ溜息を吐くと、赤い服の去って行った方――街へ向かってトコトコと歩き出した。


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