第54話 「……何かしたか?」
ギャンブルの街ベルエーダ。
その造りはマルシェーヌとあまり変わらない。
南区画が居住区。
東区画が衣住に関する商業区。
西区画に飲食に関する商業区と歓楽街。
北区画に行政区。
ただ、街の中央をどーんと大きく、青い屋根と赤い壁の巨大な建物が占めており、その建物に通じるメインストリートが異常なほど広く取られ、門から東西南北四方の門全てから、街全体を十字に切るよう真っすぐ伸びているのが大きな違いである。
街の住人のモラルに比べてこのメインストリートは意外にも綺麗だ。
道を飾るのは、成金趣味もちらほら目立つが、綺麗な大店ばかりだ。
それは、メインストリート沿いは、税金の他に集金される『自治会費』がとても高いからで、それを払える店となると、自然と儲かっている店になるからだ。
このメインストリートを、別名ウィナーズクロスという。
ギャンブルに勝ち大金を手に入れた者か、ギャンブルで大金を失ったとて痛くも痒くもない人生の勝者しか歩いては『いけない』道だからだ。
金を持つ者が、金をバラ撒きながら闊歩する道、それがウィナーズクロスである。
そのため、お金を持たない者は中道を歩く必要がある。
しかし、メインストリートに面積を割かれた街中の道は狭い。
どれくらい狭いかというと、コロポンが街を壊さずに歩くのに四苦八苦するほどに狭い。
☆☆☆
「ヌシ……とても進みにくいのだが?」
「分かるが、ここしか道がないから我慢してくれ」
「……あっちに広い道が見えたが?」
「あそこを歩くと、めんどくさいことになるから我慢してくれ」
「……むう」
適材適所を実行したリュウセイとコロポンは、ぶつぶつ文句を言いながら狭い道を歩いていた。並んで歩けないので、リュウセイが前で、コロポンが後ろだ。
言った通り、メインストリートと中道では、中道の方が狭いのだが、人通りは中道の方が多い。
図書館へ行くときは、北門から入って、寂れて閑散とした道を通れば良かったが、食事を求めて西区画に向かったものだから、人が多い。
人が多いと店が増え、しかも、そこまで品のいい客を相手にするつもりがない店なので、色々と荒い。
商品がはみ出していたり、客引きがいたり、露天だったり。
全部消し去りながら歩きたいが、それはダメだと言われてしまったので、仕方なく、爪や牙がうっかり触れないようにチマチマと進んでいるのだった。
全てはソーセージのためである。
我慢のコロポンだった。
「あ! おい!いたぞ!!」
そんなコロポンが努力でイライラしているときに、後ろから騒がしい声が聞こえる。
「ホントにいやがった!! おい、かこめかこめ!!」
「おい!? なんだよ!? なんで青帽が!?」
周りがざわざわする。
「おい! てめえだてめえ!!」
「ん?」
「なんだ?」
中道に繋がる更に狭い脇道からリュウセイとコロポンの前に人影が飛び出す。
飛び出した影の数は4つ。
人影は青い帽子を被り、鎖帷子に革製の胸当てをした、見るからに人相と頭の悪そうな男たちだった。
手には抜き放った剣を持ち、ニヤニヤしながら肩をポンポンと叩いている。
「おい、てめえだよ、てめえ?」
気が付けばコロポンの後ろにも4人、同じような格好の男がいる。
狭い道で賑やかに商売していた者たちは我先にと逃げ出し、開いていた店が閉まっていく。
通行人も、そそくさと足を速めて遠ざかる。
「……何かしたか?」
リュウセイが、イライラとうんざりを混ぜたような顔で尋ねる。
この青い帽子の男たちは、『コバルトドラゴン』の下っ端たちだ。
「ああ! やってるぜ! やってる!! わかってんじゃねえか!! おい!!」
ニヤケ面を嬉しそうに歪めて、リーダーと思しき男が騒ぐ。
「このみちで、デカいブツはこぶときゃ、ツウコウリョウがいんだよ?」
「デカいブツ?」
リュウセイは自分の身体を見渡す。
大きめのバックパックを背負っているが、この程度の荷物は当たり前で、特段大きいということはない。
槍にしてもそうだ。
普通の槍で、誰でも持っている。
「てめえ! なにすっとぼけてやがる!?」
リーダー風味のチンピラが吠えると、その取り巻きもぎゃあぎゃあと喚く。
「そのうしろにつれてるでけえヤツだよ!!」
「む?」
コロポンがぴくっと耳を揺らす。
「手は出すなよ!」
「む……」
リュウセイがコロポンを制する。
目の前のチンピラは物の数ではないが、『コバルトドラゴン』と『クリムゾンピーコック』は話をこじらせるととかくややこしい。
「……隠れた方がいいのか?」
コロポンが尋ねる。個人的にはさっさと消し去りたいが、どうもそういうわけにはいかないらしい。リュウセイから面倒くさいという波動を受けているから。
「もう遅くないか?」
「遅いのか?」
そう言うと、コロポンはその場ですーっと気配を消した。
「ん? あれ? あれえ?」
「あれ?」
Sランクダンジョンのモンスターからも気配を隠せるコロポンにしてみれば、目の前のチンピラの意識から消えることなど、いかほどのことでもない。
「お、おい! てめえ!! あのクロいのどこへやった!?」
「いや、そこにいるが?」
「うむ」
いるどころか、コロポンの尻尾は、後ろに立つ男たちの身体を右へ左へすり抜けている。
「ふざけてんのか、てめえ!!」
リーダー風味の男がずかずかと近寄ると剣を左手に持ち替え、空いた右手を思い切り振りかぶる。
――ゴキッ!!――
人の居なくなった道に鈍い音が響く。
「いでえええええっ!!??」
……リュウセイの腹を殴ったリーダー風味の手首が変な方に曲がった音だった。
「ぜってえゆるさねえぞ!!」
手首を押さえて、顔を真っ赤にするリーダー風味。
『消しちまおうか……』
『我もその方がよいと思うぞ?』
バルディエの所にいればよかった、とリュウセイは天を仰いだ。
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