第53話 「なんだ? もう帰るぞ?」
ライブラリアンは魔法職の一種。
通常の魔法使いが杖を媒体に魔法を使うのに対し、ライブラリアンは魔導書を媒体にする。
通常の魔法使いはどうしても属性の得手不得手があるが、ライブラリアンは魔導書に記載されている魔法であれば、どれも均一に使うことが出来る。
そのため攻撃から支援まで、魔導書を持ち変えることで、あらゆる場面で活躍できる優秀な職業。
しかし、この職業持ちに出会うことは滅多にない。
単に滅多にいないから。
更に、魔法使いは杖なしでも――威力は落ちるが――魔法は使えるが、ライブラリアンは魔導書がなければ魔法は使えない。
その携帯必須の魔導書が恐ろしく貴重。
「そんなライブラリアンの中でも、最高位の赤の魔導書が使えるのがこの儂! グランドライブラリアンなのじゃ! 分かったか?」
「へえ」
「ふむ」
「分かりましたよ」
わざわざ後光まで用意したのにリアクションが薄かった若輩者のために、わざわざ説明をしたミカエル翁。
「なんじゃその気の抜けた返事は!?」
やはり不満だった。
「じいさんがどんな魔法が使えようが、俺たちの戦力になるわけじゃないからな」
「ふむ」
「戦力だけで判断するのはいかがなものかと思いますが」
「大体、貴様こそ何者じゃ? 先達に名乗らせる前にまず自分から名乗るのが礼儀じゃろうが!!」
ビシっとリュウセイを指さす。
「俺か? 俺は「アーティランドウルなぞ連れ歩きおって」
聞いておいて、話を聞かない。
「アーティランドウルと言えば、懐かしいのぉ……」
「「「……」」」
後、話が昔話でかつ長い。
「……だから儂は言ったんじゃ……」
「「「……」」」
そして、話の結論が分からない。
「ねえ、リュウセイさん?」
遠くを見て、何やら話すミカエル翁を置いて、リュウセイに話しかける。
「なんだ? もう帰るぞ?」
「駄目ですよ。まだ何も分かってませんよ?」
リュウセイはもう帰る気しかなかった。
「無理だ。なんだあのじいさんは?」
「うむ」
「それですよ」
バルディエがぱたりと羽を打つ。
「……グレイシアがのぉ……」
「今してる話はよく分かりませんが、ミカエルさん、私の種族を言い当てました」
ダンジョンに面する街の門番が、自分のことは「なんだそいつ?」と言っていた。
テイマーが連れるモンスターや、ダンジョンの素材などを見る機会が多いはずの門番が、だ。
「ん?そうだったか?」
「そうです。アーティランドウルと言いました」
だから珍しい種族であるはずだ。
少なくとも一般的な種族ではないと思う。
「なので、ミカエルさんは、実は博識なのでは、と思うのです」
「ふむ?」
「……そう言えば、ここの館長とか言っていたな」
「……マリリンの尻がのぉ……」
いつの間にやら、話が恋愛武勇伝に変わっているミカエルを見る限り、とても知性は感じられないが。
「しかし……なるほど!」
「む?」
「おい、じいさん!」
「……セリア……ん?なんじゃ?ちゃんと聞いておるのか?」
「そんなことよりも、じいさん、精魔って知ってるか?」
「そんなこととはなんじゃ!? 未熟者は先達の経験に敬意を表するべきじゃぞ!」
あれやこれや。
バルディエも半分ぐらい帰りたくなっていた。
「で、精魔じゃったが、それがどうした? その黒いのじゃろ? 犬のマネなんぞしとるが」
「「「!!」」」
知っていたことと、話を聞いていたことで驚く一人と一頭と一羽。
「これは分かることがありそうですね!」
パタパタと喜びを露わにするバルディエ。
「ああ。良かったな」
「うむ」
同じく同意するリュウセイとコロポン。
「……精魔と言えば、儂がまだ若いころ……」
若かりし頃に舞い戻るミカエル。
「これで調べ物が出来るぞ。良かったなバルディエ!」
「うむ!」
「そうですね…ってなんか他人事じゃありません?」
「残念ながら俺たちはこの件に関してお前の力にはなれない!」
沈痛な表情見せるリュウセイ。
「うむ!」
顔は伏せているが、尻尾が揺れているコロポン。
「え? え?っていや!?」
「というわけで、任したぞ!」
「うむ!」
「あ! ちょっと!?」
「大丈夫だ! お前なら出来る!!」
バルディエを残してシュバッと立ち去るリュウセイとコロポン。
「我はあの軒先にかかっていた大きなソーセージが食べてみたい」
「あれは飾りだから食えんぞ」
「!?……そうなのか…」
「いや、え? ホントに? 私だけ置いていくんですか?」
追いかけたいが、やっと見つけたチャンスを置いていくわけにもいかないと迷うバルディエ。
「ホントに!?」
「だから儂は言ってやったんじゃ!『それが貴様の限界じゃ!』とな」
悠久の時を耐え抜いた図書館にライバルとの激闘が語られていた。
☆☆☆
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知識の都とまで呼ばれたフロランシエ。
その歴史を唯一遺すのが、行政区の片隅に建つ『ルーラン大図書館』。
ヘリセルルム建築の大家、アギーレ・ウィンストンの手で設計されたと思しきこの知の集積所は、時の権力者の手により、度重なる焚書という悲劇に見舞われ、その蔵書の大半を世に残すことが出来なかった。
しかし、人の愚より人を守るのが知の真なる在り方であるように、この非業に見舞われてなお、ルーラン図書館はルーランの司書、そうルブリアンと呼ばれる才人たちの努力により命脈を繋いでいる。
ルブリアン達自らにより選出されるその長の元、知は形を変え、消されぬように今なお、その命脈を繋いでいるのだ。
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ガリア手記『悠久探訪』より。
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