第52話 「……読みにくいな。えーっと、『ガジア料理100選』だな」

「……これか?」

疑問が浮かぶリュウセイ。

「……これですかね?」

疑惑の目を向けるバルディエ。

「……これでいいのか?」

疑義を呈するコロポン。


目の前には今にも崩れそうな、古くてボロい石造りの建物があった。

喧騒と狂乱に包まれたメインストリートを抜け、そもそもそんなに栄えてはいないのが普通ではあるが、それにしても寂れ過ぎな行政区のその更に隅。


サイズだけは大きい『余人立ち寄るべからず』感を漂わせたその建物にはどう読んでも『ルーラン大図書館』という看板が掛かっている。


「しかし、ここだな」

触ると崩れそうな看板を指さし、リュウセイが頷く。

「ここなのですね?」

バルディエが矯めつ眇めつ看板を改める。

が、字が読めないので何と書いてあるかは分からない。


「何やら入ると崩れそうだな」

臆病者を発揮するコロポン。

ボロくなくても爪が擦れば大抵のものは壊れるのだが。


「まあでも、入ってみるしかないだろ?」

「そうですね」

「……うむ」

遥かに危険な廃城のダンジョンに入ったことがあるリュウセイすらも異様な雰囲気に呑まれながら、一行はそろそろと、ずおーんとした迫力のある門を潜った。



☆☆☆



見た目のボロかった建物は、中に入ると更にみすぼらしかった。


更に、天井が低いので圧迫感がある。

通路の両隣には本棚が壁のように立ち塞がっているため、尚更だ。

幸いにも通路は広いのでコロポンでも通ることができるが、不便なことに頭を屈めなければ突き抜けてしまう。


「街中は人臭かったが、ここはカビ臭いな」

頭を下げ、匍匐前進のように進むコロポンは辟易していた。


「本が沢山ですね!!」

バルディエは楽しそうにパタパタ羽ばたいている。羽ばたいているだけで歩いているが。


「誰もいないな」

リュウセイは、ダンジョンを進むかのように周囲を警戒している。


「これはなんと書いてありますか?」

本棚に並んだ色褪せ古めかしい文字を指す。

その文字をまじまじと眺める。

「……読みにくいな。えーっと、『ガジア料理100選』だな」

「旨いのか?」

「知らん」

「ふむ」

中身への興味より、この薄汚い本を触る方が嫌だった。


「沢山ありますね!」

渋い顔の一人と一頭に反して、バルディエは嬉しそうだ。

パン屑を見つけた小鳥のように、あっちへこっちへ興味深そうにぴょこぴょこ跳ねている。


「この中から何かを探すのは無理だな」

「うむ」

早々に見切りを付けるリュウセイ達。


「!? いや、頑張ればできますよ! 諦めるの早いです!」

そそくさと踵を返そうとしたのに驚くバルディエ。


「そうは言っても、ここで何を探すんだ?」

「うむ」

「精魔について書かれた本とか、闇の精霊の消失に関する本とかあるじゃないですか!」

本の壁を見渡すリュウセイ。

「……どこに?」


「それを探すんですよ!?」

翼をバタバタ必死に訴える。

一瞬でいなくなるのが分かっているから。


「コロ「やっかましいわーー!!」

――ズガーン!!――

バルディエに雷が落ちた。

比喩ではなく、本当に。


コロポンには効かず、リュウセイはヒラリと身を躱している。


一羽直撃を受けたバルディエがプスプスと煙を上げている。


「誰だ?」

身を躱すと同時に槍を構えたリュウセイが煙を上げるバルディエを盾に、襲撃者と対する。


「神聖にしてッ!静謐なるッ!この大ッ図書館で騒ぐとは何事じゃああ!!」

頭に座布団みたいな帽子を被り、いかにも学者風の服を来たじいさんが本を片手にと怒鳴った。


「このッ!図書館をッ!! なんとこぐえっ!?」

「貴方も騒がしいですよ?」

さっきまで焦げてプスプスと煙を上げていたバルディエが、深く紅い羽をはためかせながら、じいさんの頭上に現れ、うつぶせに押し倒す。


「なんなんですか?貴方は? 痛かったじゃないですか?」

猛禽類の硬く鋭い爪で、怪我をさせないよう丁寧に取り押さえたバルディエが頭上から尋ねる。


「ぐっ……騒音に次いで暴力とは、この痴れ者どもが……」

「私殺されかけましたけど?」

「このような図書館にペットを連れ込み乱痴気騒ぎを起こすような馬鹿者に後れをとるとは……一生の不覚……」

バルディエに取り押さえられたまま、今度はさめざめと泣きだすじいさん。


「聞いてます?」

「いや、聞こえてないな。契約した者としか言葉は通じんから」

「……そうなんですね」

「……そうなのか」

「ああ」


「それはそうと、じいさん、アンタ何者だ?」

押さえつけられたじいさんの頭のそばに膝をついて、リュウセイが尋ねる。

「それが目上の人間にモノを尋ねる態度か!?」

くわっと目を開いて怒られた。

「なんなんですか?この老爺は?」

「ふむ」

バルディエはともかく、コロポンすら呆れている。


「仕方ない。どけてやってくれ」

「はいはい」

リュウセイが言うと、バルディエはパタパタと離れる。


「全く、最近のガキどもは礼儀が成っとらん!!」

自由になるなり、年寄りとは思えない機敏さで立ち上がり、服についた埃を払う。

「それで、アンタは何者なんだ?」

結果的に無事だったが、攻撃された事実は変わらない。


「ふん!」

じいさんは鼻を鳴らして腕を組む。

「聞いて驚け! ワシこそは、ルブリアンを束ねるルーラン図書館の館長にして、この大陸に唯一のグランドライブラリアン、ミカエル・エルドレッドじゃ!!」

高らかな宣言とともに、じいさんの背後から、ぴかーっと後光が指した。


「「……」」

「まだ帰っちゃ駄目ですよ?」

バルディエが釘を刺した。


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