第51話 「そうは言っても」
マルシェーヌの南西に4日ほど歩くと辿り着くのが、ベルエーダ。
ギャンブルの街として有名な理由は、街の中央にある2つの巨大な建物のお陰である。
一つは、青い屋根がよく目立つ城のような建物。『青い
人の欲望という土壌に、狂騒という水を注がれ、絶望の太陽を目指してて育つこの青い妖花は、芽吹いたその時から、日に日に巨大化している。
もう一つが赤い壁の屋根のない建物。『緋染めの暁』と呼ばれている。
この中では、日夜、腕に覚えのある……腕にしか覚えがない人の皮を被った獣や、人に鎖に繋がれた獣が命を懸けて戦い、観衆はその命の輝きに絶叫を上げる。
一攫千金を夢見て、夢のまま散っていく人々を呑み込むベルエーダの住人は決して上品とは言えない者が多い。
で、あるが、案外と治安は悪くない。
いや、それを治安が悪くないと言うべきかはさておいて、犯罪は少ない。
それは、賭場やコロシアムに付き物の実力行使を一切躊躇わない自警団の皆様方が積極的にボランティア活動をしているからだ。
ちなみにこの非慈善的似非ボランティア団体は2つある。
一つは『コバルトドラゴン』と言い、青い帳を中心的に自警している。
もう一つは『クリムゾンピーコック』と言い、緋染めの暁を中心的に自警している。
この二団体はとても仲が悪く、いい迷惑なのだが、住人の危機管理意識を高めるのに役立っているとかいないとか。
さて、こういう街なので基本的に来る者は拒まず、去るときは有り金全部置いていけ、というスタンスだ。
何が言いたいかというと、身元の確認とか、持ち込むものが安全かどうかなどのチェックがとても緩いということである。
どれくらい緩いかというと、人の倍近い大きさのある全身真っ黒の犬とか、見たこともない大きな赤い梟とかも、テイマーが連れてるならいいか、とノーチェックで入れるぐらい緩いのだ。
☆☆☆
「行っていいぞ」
やる気のない門番に横柄に許可を出されたリュウセイ達は街の中に入ろうとした。
「あれ? マイルズは?」
さっきまで肩の上にいたマイルズがいない。
「にゃが」
振り返ると、街の外で伸びをしている。
「どうした?」
「ふむ?」
「にゃ」
「嫌って、お前」
「にゃがにゃにゃにゃあにゃが」
「……外で待ってるって、なんで?」
『早く行けよ』とイライラする門番。
「にゃーにゃがにゃにゃあにゃあ」
髭をそよがせる。
「ゴミのような人は嫌いって……人混みは嫌いってことだろ?」
「にゃがにゃにゃあ」
「そうとも言うって……来ないのか?」
「にゃ」
極めて乗り気ではないマイルズ。
「そうは言っても」
「まあ、大丈夫じゃないですか?」
助け舟を出したのはバルディエだった。
「マイルズさんですし」
「……まあそうか。マイルズだし」
「うむ」
少し逡巡した結果、マイルズだから大丈夫だろうという結論に達した。
どう大丈夫かは決して説明できないが。
使役獣として強制すればできないことはないが、マイルズにやる気のないことを強制すると大体ろくなことにならない。
「あちこち行かず、街から離れるなよ」
「にゃ」
ゴロンと寝転がって、ごしごしと背中を掻くマイルズ。
「命令だぞ」
釘をさしておく。
「にゃ」
ごしごし。
「あれはどうすんだ?」
「入らない」
乱暴に槍でマイルズを指す門番にちょっとイラっとしながリュウセイが答える。
「じゃあ、さっさと行け」
「行きましょう」
門番の態度など気にも留めず、バルディエが嬉しそうにリュウセイをせっつく。
「ああ」
振り返れば、マイルズは門から離れるようにトコトコと歩き出していた。
「さあ! 行きましょう!!」
肩を掴んで羽ばたくバルディエ。
「うむ。臭いな」
門を潜るなり、コロポンが嫌そうに呟いた。
☆☆☆
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今では欲望と失望と絶望に塗りつぶされているが、かつて『フロランシエ』と呼ばれていた頃、その都市は大陸北部の知性が集まる学術都市として栄えていた。
その権威の高さは、フロランシエを向いて産んだ赤ん坊は頭が良くなると言われるほどで、更に転じて物事をスムーズに進めるためには始まりが大事という意味で『赤ん坊はフロランシエを向いて産め』という格言が使われていた。
そんなフロランシエには権威を象徴する二つの建物があった。
一つは、『シェリオロス大学』。
ヘルセー王国、王族の姓を戴いた、名実ともに、ヘルセー王国の学術における最高学府だ。
屋根が青かったことと、王族の姓を口に出すことが憚られたため、『
もう一つが、『ムスタング魔術院』。
ヘルセー王国の建国に力を貸したと言われる賢者、ムスタングの名を冠した学院で、その名の通り、魔術が中心であるが、兵学や芸術などもこの学院で教えていた。
こちらは壁が赤かった。
これは、元々はただの白壁だったが、隣接する『青冠府』に対抗するため、ある時、有志達が壁を赤く塗ったと言われる。
しかし勝手に塗れば厳罰のはずなので、この話は眉唾である。
そして、こちらは『
寂寥とともに、果たしてここに悪意の存在を覚えるのである。
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ガリア手記『悠久探訪』より。
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