第50話 月下の談話
時刻は深夜。
マルシェーヌは不眠の街だ。
朝には朝の、昼には昼の、夜には夜の活気がある。
街道には街から届く明りがあるので、たとえ今夜のように月の明かりに照らされずとも、霊峰ダンシェルの夜とは違い、真闇に包まれることはない。
ここ二日ほど使役獣が居ついているマルシェーヌの北門が見える街道沿いにごろごろと転がる岩の上。
暗闇に隠れる赤い梟と、月明かりに光る白猫がいた。
マイルズは岩の上に寝転がり、バルディエは自前の止まり木につかまっている。
コロポンは不貞寝している。
「珍しいですね」
マイルズは基本的に夜は寝ている。
昼寝もしているが。
マイルズはゆるゆると尻尾を振り、バルディエに答えた。
「しかし、あの肉であんな騒ぎになるとは思いませんでした」
――ゆるゆる――
夕方、三匹が持ち帰った赤い肉は『バラカスティの赤肉』と呼ばれる赤身の肉だ。
バラカスティは馬のモンスター。
緋色の角を生やし、艶やかな栗毛のキレイな馬である。
見た目はキレイだが足癖が悪く、その蹴りは岩をも砕く。
あと、雷魔法も使う。
生息地は『
荒野のダンジョンで、――Bランクだ。
陽光の罅割は、最難関ではないが、とにかく広い。
更に、地形がどこもかしこも似たようで、迷いやすいことから積極的に入る冒険者のいないダンジョンだ。
『バラカスティの赤肉』は馬刺しで食べるのが絶品の肉で、蕩けるような口溶けと、独特の甘みを持ち高級食材として扱われている。
生食は、狩場が近いマルシェーヌでしか出来ないことも、価格の釣り上げに一役買っている。
……ソーセージに使うなどもってのほかである。
「あの角、捨てない方が良かったんですね」
――ゆるゆる――
同時に落とす角は
一本の角から1個しか作れないが、その威力はAランクダンジョンのボスとの戦闘でも戦局をひっくり返すこともある程で、また装飾品としても非常に美しい。
そのため腕利きの冒険者や好事家にと、これまた信じられない高価格で取引されている。
『不味そうだから捨ててきた』という使役獣の言葉に、リンダが絶句したのは言うまでもない。
リュウセイはそんなリンダに苦笑いしていた。
「しかし、かの女性、リュウセイさんを引きずっていくとは、……相当ですね」
――ゆるゆる――
換金のためにリュウセイは街に戻った。
正確にはリンダに引きずられていったわけだが。
そして、勝手にうろうろするようなのは使役獣として認められないと三匹は締め出されたので、相変わらずこうして街の外にいるわけだ。
「フロランシエを知っている方がいて良かったです」
バルディエは思い出す。
年端もいかぬ少女がフロランシエを知っていると言った。
同時にその都はとうに滅びたと聞き、愕然としたが、図書館があるという。
「どんな場所なんでしょうね?」
「……」
マイルズは答えず、バルディエは気にしない。
「何か、手がかりが、もしくは、確証が得られるとよいのですがね」
――ゆるゆる――
図書館で何が分かるかは分からない。
しかし、古の知の集積は絶えることなく続いているのだ。
たとえ儚くも水源があれば、そこには細くとも川が出来る。
水も汲めぬほどに細く、弱々しい川であっても、川があれば命は芽吹く。
それに、自分の使命を別にしても、バルディエは新しいものが好きだ。
知らないものを知るのが好きだ。
まだ見ぬものを見るのが好きだ。
「マルシエヌにも入ってみたかったんですけどね」
「にゃにゃが」
「そうなんですか?」
マイルズが返事をしたことに驚き、その答えに驚く。
「にゃーにゃがにゃにゃ」
マイルズはリュウセイを好いているし、信頼している。
しかし、それだけだ。
二本足のひょろ影は、今も好きではない。
「マイルズさんも色々あるんですね」
「にゃ」
「まあ、そりゃそうですよね。神気を得るぐらいですからね」
――ゆらゆら――
バルディエはマイルズの過去を知らない。
この賢い白猫は、バルディエと決して目を合わせない。
しかし、頭に乗って運ばれたのは嫌いではなかった。
空を飛ぶというのは楽しいものだ、とマイルズは思ったのだ。
「にゃがにゃにゃ」
『マイルズから話し掛けられたのは初めてだな』とバルディエは思った。
「そうですね。綺麗な月です」
空に浮かぶ月は丸い。少し欠けているが、十分に丸い。
「月明りを浴びるマイルズさんも綺麗ですよ」
この白猫は美しい。
冗談のようにバルディエは言った。
「にゃが」
「そうですか」
その答えがマイルズらしいと笑った。
この白猫は自信に満ちているのだ。
「マイルズさんはどうすればいいんでしょうね?」
神気のことだ。
バルディエの
「にゃにゃーにゃがにゃにゃがにゃ」
「……そうですね。先ずはコロポンさんですね」
「にゃがにゃにゃにゃにゃがにゃ」
「そうですか。そうなれば私の負担も減りますね」
「にゃがにゃにゃ」
「いやいや、お役御免は困りますよ。っていうか、私って荷物持ちだけなんですか?」
「にゃ」
「……頑張らないといけませんねぇ」
ゆるゆると尻尾を揺らし、髭をそよがせる。
街から漏れ聞こえる喧騒は、ダンシェルでは聞くことのない音だった。
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遂に50話到達!
そして四章終了です。
本当はこの章でコロポンの爪と牙がどうにかなるつもりだったんですが、里帰りで終わってしまった……。なぜだろう?笑
と、いうわけで、次回から五章『コロポン総入歯計画!!』に突入です。
嘘です。
五章には突入します。
いつも通り、登場人物まとめ④からです。
モンスター図鑑①にしようか迷ったけど、登場人物まとめ④にします。
『面白いな』と思っていただけたら、『まだ続き読みたいな』と思っていただけたら、ぜひ、☆、ハート、フォロー付けてやって下さい。
褒められたいんです、私は 笑
あと、前回募集して、一件も応募の無かった《このサイドストーリー読みたい》もまだテーマ募集しております 笑
勇気を出してご応募くださいませ 笑
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