第49話 「まさか!?」

リュウセイが、リンダに『仕方ないわね』とか言われながらサンドイッチを奢られ、シェルフェインリスタルトにゴミを見るような目で蔑まれていた頃、マルシェーヌの北門が見える街道沿いにごろごろと転がる岩の上には今日も三匹の獣がいた。


コロポン、マイルズ、バルディエの三羽烏だ。

黒いのはコロポンだけで、バルディエは梟だが。


昨日ダンジョン探索に出かけた三匹は、今日も角突き合わせて相談している。

角が生えているのは一匹もいないが。


議題は『どこのダンジョンに行くか』だ。


「どこへ行く?」

低い声のコロポン。

「にゃ」

下っ足らずのマイルズ。

「私はどこでも」

理知的なバルディエ。


「昨日のダンジョンはいまいちだったな。トカゲとか何とかいう」

肉が落ちなかったから。

「にゃあ」

敵が弱かったから。

「火蜥蜴の曲がり角、でしたかね? 期待外れでしたね」

個人的には楽しかったが、空気を読んだから。


「今日は肉の落ちる所へ行くぞ」

「にゃあ?」

「バルディエが知っているだろう」

「え?」

「にゃ」

「いや」

「旨いのを頼むぞ」

「にゃ」

「知りませんよ?」

「何? 何故だ?」

「え?」

「にゃがにゃ」

「いや」

「うむ。旨いのを頼むぞ」

「にゃ」

「そう言われても」


三匹による相談の結果、適当な道を進むことにした。

知っている残りのダンジョンは『薔薇とか何とか』で、草しかなさそうだったから。



☆☆☆



昼過ぎのマルシェーヌの北門。

「あの時は迷惑かけたな。身分証を手に入れたぞ」

門番に手を上げてあいさつするリュウセイ。

「……誰だ?」

リュウセイに真っ先に槍を突き付けた門番は、怪訝な顔でリュウセイを見る。

門番が見たのは、髪と髭がぼさぼさでボロを纏った奇人であって、どこかの劇団の俳優のような美丈夫ではないからだ。


「あれ? そう言えば、あの犬、どこに行った?」

「何?」

門番の思い出したような呟きに、慌てるリュウセイ。


「あそこの岩のところに……あれ? いないっぽいぞ?」

相棒の門番が岩の転がる辺りを指して、目を細める。

「まさか!?」


リュウセイが駆けだす。

その余りの早さに門番が唖然としたのも構わず、指し示した岩の転がる辺りに近づく。

「コロポン!」

返事はない。

「マイルズ!」

返事はない。

「バルディエ!!」

返事はない。

「どこ行っ……ん?」

リュウセイは、一つの岩で目を留めた。

岩肌に何やら傷がついている。


「これは……?」

近づけば彫り込んだ跡のように見えるが、何が書いてあるのかは分からない。

顔を近づける。

「バルディエの匂いがするな。バルディエが付けたのか?」

その岩からは確かにバルディエの匂いがする。

改めて岩の傷跡を見る。

見たことはないが見覚えがあるような、模様。


「どこかで……なんだ? ん? ……あ!」

思い浮かんだのは今朝の一幕。

クリームに書かれた見たことのない文字。

「あの、しゅ…シュ何とかが書いてた文字か?」

思い当たるなり身を翻す。

今日は『牛の角』に潜ると言っていた、と一目散に牛の角を目指した。



☆☆☆



時刻は夕暮れ。

日が傾き始める頃。マルシェーヌ北門から伸びる街道に悲鳴が響いていた。

悲鳴の主はシェルフェインリスタルトだ。

「降ろせーーー!! 落ちるーーー!! 目が回るーーー!!」


砂煙を巻き上げて走るリュウセイの肩に頭陀袋のように担がれたミニマムな考古学者は、その頭脳に相応しくない、語彙の乏しい悲鳴を上げていた。

『牛の角』でシェルフェインリスタルトを攫ってきたリュウセイは、初め、いわゆるお姫様抱っこで連れ去ろうとしたのだが、本人と、本人以上の剣幕のリンダに拒否されたので、荷物担ぎで運んだ次第である。


「これだ!」

目的の岩の前に辿り着くと、ふわりとシェルフェインリスタルトを降ろす。

荷物のように放り投げたりはしない。


「うぇ……」

可憐な少女は、目をグルグル回しながら、四つん這いで呻いている。


「……水飲むか?」

流石に良心が痛んだようだった。


「ちょっと、リュウ! 早過ぎ!!」

シェルフェインリスタルトが何とか回復したのはぜーぜーと息を切らしたリンダが追いついた頃だった。


「うん。フリオステラ文字。ちょっと崩れてるけど」

岩の模様を見て、頷く。

「やっぱりか! なんて書いてある?」

「えーっと、『リュウセイさんへ。出掛けてきます。夕方には戻ります』かな?」

「……ん?」

「これ、誰が書いたの?」


「あ!」

シェルフェインリスタルトの質問を無視してリュウセイが声を上げる。

「コロポン!!」

街道の向こうから、黒い犬が近づいてくる。

すごい勢いで。


コロポンのサイズは、リュウセイの倍近くある。

口には大型ナイフのような牙がずらりと並び。

足にはツルハシのような爪が並ぶ。

そして、全身、真っ黒だ。


「「ぎゃあああああ!!」」

そんなものが目にも止まらぬ勢いで突っ込んできたら、普通はこういう反応になる。

シェルフェインリスタルトは腰を抜かし、リンダはリュウセイに抱き着いた。


「コロポン!」

「うむ」

感動の再会に、わしゃわしゃと撫で回しそうだが、コロポンには触れないので、微妙な距離で見つめ合うだけだ。


「マイルズとバルディエは?」

「すぐ来る。うむ」

コロポンの振り向いた先には白い帽子をのっけた赤い梟がパタパタと飛んで来ている。


「身分証は出来たんですか?」

「にゃ?」

「ああ」

お互いに再会を喜ぶ主人と使役獣。


「うむ。ヌシ。うむ」

その横で何やらうむうむ言っているコロポン。


「……ねえ、それ?」

我に返った……リンダが使役獣の方を恐る恐る指さす。

「ああ。大きいモッファンがコロポン。白いニャルフィッシュがマイルズ。赤いのがバルディエだ」

「何故、私だけ色だけ?」

「あ、うん、いや、そうじゃなくて、そのバルディエ、ちゃん?が持ってる、それ」

「はい? ああ。これですか?」

バルディエが足に掴んでいた赤い物を降ろす。


「やっぱりバラカスティの赤肉!?」

リンダの声が裏返った。


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