第48話 「それで、ヘルセー王国ってのは?」

マルシェーヌの食堂は朝が早い。

早くから動く人が多いというよりも、街の出入りが激しいので、外食に頼る人が多いからなのだが。


朝市の広場から二本中に入った通り道にカフェがある。

カフェの名前は『アトリア』。

アーチェさんとリリアさんが姉妹で営むカフェで、お洒落な雰囲気でありながら、メニューはしっかりガッツリ系という女性冒険者に人気のお店である。


「はーい、たくさん食べてねー」

ドンとシェルフェインリしゅ……シュシュの前に置かれたのは、30センチはあろう巨大な皿に、掌のような大きなドーナツが5つ。

その上に、ホイップクリームとチョコレートクリームがもりもりに飾られ、おまけとばかりに、ハチミツがツヤツヤしている。

ドリンクはジョッキみたいなココアである。


「いっただきまーす!」

ニコニコしながらドーナツを両手で持ち上げ、小さな口を思いっ切り開いて、口いっぱいに頬張り、クリームまみれになりながらもしゃもしゃと食べる。


「……」

「朝からよく食べるわねー」

唖然とするリュウセイと、カラカラ笑うリンダ。


「はーい、あなたもたくさん食べてねー」

笑うリンダの前にも、ドンドンと2枚の皿が置かれる。

皿というか、丼だ。

いや、丼を通り越してすり鉢と呼んでも差し支えない。


中はカツとじ丼。

カツには柔らかさと旨味の濃さでファンの多いモアボア猪のモンスターのお肉をたっぷり300g、卵には金色に光る黄身の美しさと美味しさから、食べる黄金と呼ばれるリッチマントリッチダチョウのモンスターの卵を1個まるごと使用。

付け合せには女性に嬉しいサラダボウル付きだ。


「いただきます」

パンと元気よく手を合わせると、すり鉢みたいな丼をむしゃむしゃと食べ始める。


「お兄さんもたくさん食べてねー」

これまたドンとリュウセイの前に置かれたのは、一本3斤の食パンを丸ごと使ったサンドイッチだ。


テーブルの上は、何人分だ?と言いたくなるほどの料理が乗っている。

3品だが。


「それで、ヘルセー王国ってのは?」

食パンにかぶりつきながらリュウセイが尋ねる。


「昔この辺りにあった国の名前」

3つ目のドーナツをもしゃもしゃと頬張りながらシュシュが答える。


「300年ほど前まであった」

指に付いたクリームを舐める。


「ヘイセンの激動って知ってる?」

「聞いたことはあるな」

「そ。そのヘイセンってのが、ヘルセー王国のこと。グヒア王国側のヘルセー王国の呼び名がヘイセン。そして、ヘイセンの激動で滅んだのがヘルセー王国」

ココアをゴクリ。

次のドーナツを手に取る。


「この辺りをグロレンセって言うでしょ?」

言いながら、皿に落ちたクリームに指を入れ、指を動かす。


「この"レンセ"の部分が、ヘルセー王国の名残。グヒア王国がヘルセー王国を併呑したの」

見たことのない文字が書かれる。


「王国の王が変わったことを表すために、ヘルセーの頭文字は取り上げられ、グヒアの下に付いたことを示すために、グヒアの名の下に付けられた。更に、ヘルセーの王族の衰退を永劫残すためにヘルセーの頭文字は、名前の最後に回された」

クリームの上をくるくると指が動く。


「これで、グロレンセ」

言葉遊びのように文字が書き換えられる。

「グヒアやヘルセーの文字、フリオステラは廃されてもう、残ってない。今使われてるのは、ハシテリオス文字」

出来上がった謎の文字の下に、見慣れた文字を書く。

「フリオステラをハシテリオスに置き換えれば」

気が付くと、確かにグロレンセと書いてある。


「こういうこと」

指を舐めて最後のドーナツを口に運ぶ。


「じゃあ、この辺がヘルセー王国があった場所なのか?」

「そ。マルシェーヌはマルシエヌのあった場所。ダンジョンに囲まれて莫大な利益を生み出していたマリシエヌはその名残が強く残ってる。ほぼ独立してたみたい」

ココアをごくごく。


「じゃあ知識の都・フロランシエってのは?」

「ヘルセーにあった学術の中枢都市」

皿に落ちているクリームをスプーンですくって食べる。


「かなり高度な知性の集積がされていたみたい。行ってみたかった」

ジョッキを両手で抱えて目を伏せる。


「もう、ないのか?」

「一応、ある。ただ、もうほぼ別の街。今の名前はベルエーダ」

「ベルって……ギャンブルで有名な!?」

「そ」

皿を空っぽにして満足げなシュシュ。


「ギャンブルが有名だけど、名残も一応ある。ルーラン図書館はその名残」

ココアも空にして『ごちそうさま』と手を合わせる。


「ルーラン図書館……」

「ユニークな本が多い」

「ユニーク?」

「マニアックとも言う」

「……」


「どう? すごいでしょ?」

細い身体のどこに納めたのか、完食したリンダが得意げに胸を張った。


「ああ、凄いな!」

「で、しょう!」

「ああ! ありがとう!感謝だ!」

「まあ?別に私とリュウの仲だからね、いいんだけど!」


ニコニコと嬉しそうなリンダ。


ドーナツに満足し、満ち足りた顔のシュシュ……シェルフェインリスタルト。


次の手掛かりが見つかり、意気込むリュウセイ。

リュウセイは、朝の陰気が晴れた清々しい顔で、リンダに伝えた。


「感謝のついでに、ここ払ってもらってもいいか?」


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