第47話 「まあ、アイツらなら万が一もないだろうしな」
安宿の硬いベッドに腰掛ける。
ランクは安宿だが言うほど安くない。
身分証がないと、宿代も割高になるからだ。
旅立つ前に借りていた部屋に立ち寄ってみたが、窓板の隙間から明かりが漏れており、誰か別の人が入ったようだった。
今になって思い返せばリンダに押し付けてしまっていたが、それでも手続きをやってくれたのだろう。
また礼を言わねば、と思いながら、そのままごろんと寝転がる。
ハノイから『私の家に泊まり来ます?』といつもの姐御肌を披露した申し出を受けたが、辞退した。
『遠慮とか要りませんよ?』とも言ってもらったが、そうも甘えるわけにはいかないだろう。
相手は妙齢の女性であるし。
「まさか、換金できないとはな……」
見たことのない素材なので値段がつかないと言われた。
商人ギルドに持ち込めば早いだろうが、ハンスが分からないというものをあの百戦錬磨の銭ゲバの巣窟に持ち込んで無事に済もうはずもない。
空階段を踏み抜きに行く気はしない。
手付金は預かったが、ギルドの規約通りの額なので、正直、全然足りない。
街の外に待機しているコロポン達が心配ではあるが、身分証が出来る前に街を出るとまた通行料も必要だ。
「まあ、アイツらなら万が一もないだろうしな」
賢いし、強い。
慣れない場所に不安はあるだろうが、待つように言ってあるので、うろちょろしたりもしないだろう。
明日になれば身分証も手に入るし、昼過ぎには迎えに行けるだろう。
一日やそこらで騒ぎも起こすまい。
そう思うと無用の心配だな、と安心できた。
ベッドから身体を起こし、酒を探る。
肴に核を、と思ったところでバルディエに核は取り上げられていたのを思い出す。
「仕方ねえか……」
右手がソワソワと落ち着かないが、無いものは仕方がない。
摘まみの香菜漬けの干し肉を片手に酒を飲む。
「……」
一度思い出すと、あの軽い食感と、ほのかな甘みが妙に恋しい。
『ないんだから仕方ないだろ』と自分に言い聞かせ、辛みの利いた肉の味もそぞろに酒を煽る。
その後も酒を飲むが上手く酔えない。
「まあ、寝ちまおう。久しぶりの人里で気が立ってるんだろ」
誰に言ったのか、わざとらしい棒読みで呟くと、掛け布団をかぶった。
☆☆☆
翌朝、寝たんだか寝てないんだかよく分からないまま迎えた朝。
起き抜けに手が袋をあさるが、お目当ての物はない。
覚醒する意識の縁でここに無いのを思い出す。
舌打ちをして、起き上がる。
辺りを見る。
当たり前だがリュウセイは一人だ。
いつもベッドの横で寝そべっているコロポンはいない。
いつも……いや、時々、腹の上で丸まっているマイルズもいない。
何をしていたのか起きると窓の外からぬっと顔を覗かせるバルディエもだ。
身支度を整え、荷物をまとめる。
床を踏めばギシギシと音が鳴る。
隣の部屋からはギシギシと床ではないものが軋む音が聞こえる。
音だけでなく、声も聞こえる。
薄い壁をどんと殴ると、音が止んだ。
埃も舞った。
『何やってんだ』とちょっと反省して、部屋を出る。
宿屋の親父のやる気のない顔に礼だけ言って外に出ると、腹が立つほど、天気が良かった。
『ダメだ、妙に気が立ってる』
拭えない違和感を覚えながら、街を歩く。
まだ早いのは分かっているが、とりあえず冒険者ギルドへ向かう。
「槍も買い換えないとな……」
やることが多い。
どうにかしないと、と気持ちが焦るが、何も思うように進まない。
朝から活気のいい、市場を横目に、その平和さにイライラが募る。
「……」
無言で睨みつける。
「あ、リュウ!いた!」
呼ばれて我に返る。
リンダが元気に手を振っていた。
「おはよ。怖い顔してたけど、どしたの?お腹空いた?」
パタパタと駆け寄ると、見慣れた笑顔。
「あ、いや。なんでもない」
目を逸らして答える。
「そう? でも、私はお腹空いた。朝はまだでしょ? まだってことにして。こっち。シュシュー? 行くわよー」
リンダは有無を言わさずリュウセイの腕を取り、振り返るとどこかへ声を掛ける。
「どこに?」
その声に反応したのは、プルブルの串揚げの屋台を覗き込んでいた少女だった。
「ご飯食べに行くわよ」
白い肌。柔らかそうな癖っ毛は灰色。背は低く、リュウセイの胸ほどもない。
「私、もう食べたよ?」
リンダの服を摘まむ。
「じゃあなんで、串揚げ覗いてんのよ?」
「朝のおやつ?」
小首を傾げる。
「行くわよ」
「はーい」
服の端を離して素直に頷く。
「……誰だ?」
「うちのメンバーよ」
リンダが事も無げに答える。
「……嘘だろ? まだガキじゃねえか?」
「16」
先を行く少女が振り返るとぶっきらぼうにそう答えた。
「シェルフェインリスタルト。16歳。ほんとよ?」
リンダもシェルフェインリスタルトも慣れているのか、リンダは楽しそうで、シェルフェインリスタルトは鬱陶しそうだ。
「名前長いからシュシュ。こう見えても考古学者で、将来は賢者になれるかもしれない逸材なんだから」
「カモじゃない」
薄い唇でアヒル口を作ってぶー垂れる。
「へえ?」
『学者とは、まためんどくさい職業を』と思ったが、その感想は飲み込んだ。
その豊富な知識と頭の回転の速さで活躍する場面はあるが、頭脳派はやはり体力がない。
冒険者は体力勝負が避けられないので、どうしても学者は苦労する、とリュウセイは思うのだ。
とある梟がいれば咽るほど苦笑いしたに違いない。
「昨日、言ってたでしょ? ヘルセーおーこくとかなんとか」
「ん? あ、ああ」
「知ってるって」
リンダは目の前を歩く、小さな考古学者を指さした。
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