第46話 「そうか。じゃあ、……あ、そうだ」

冒険者ギルドの建物の外観は、大きいが普通の家と大差ない。

内装もこだわったところはなく、一階はワンフロアの大部屋で部屋を二分するようにカウンターがあり、その向こうがギルド職員の仕事場で、カウンターの手前に冒険者がいる。


扉や壁に比べて、このカウンターはしっかりした造りになっている。

更に、天井から衝立のように壁が半分ほどついている。

木造の建物において、そこだけは金属製で、更にそのどちらにも、魔力を通さない素材が芯材に使われていると言えば、その頑健ぶりが伝わるかと思う。


これは、荒くれ者の冒険者が何かで逆上して、職員に危害を加えないようにするためという過去の物理的に痛かった経験をもとに出来上がったのである。


そんな冒険者ギルドには今日も元気に罵声が轟く。

「だから、早くしろって言ってんでしょ!!」

バンバンとカウンターを乱暴に叩くのは、『フェルダン』のリーダー・リンダ。


しかし、冒険者ギルドの窓口の人物というのは、怒鳴られて委縮するような軟弱者ではない。

怒鳴られたら怒鳴り返すぐらいのことが出来なければとても務まらない。

「うるさいわね! 出来るだけ急ぐって言ってんでしょうが!!」

そのルールに則って選出されている今日の窓口担当は、栗色の髪を緩やかなウェーブにして、腰まで伸ばした気の強そうな妙齢の淑女・ハノイ。


ハノイに怒鳴られるために、因縁をつけるという本末転倒な事態を巻き起こすことがあるという、ある意味、名物窓口だ。


「いつ出来んのよ!?」

「明日ごろになるのよ!!」

カウンター越しの怒鳴り合いは、すぐにでも殴り合いに発展しそうな緊張感をはらんでいる。


「思ったより早いじゃない!!」

ガン!と鉄製の衝立を殴るリンダ。

「だから急ぐっつってんだろ!!」

ガガン!と衝立を殴り返すハノイ。


『何を怒っているのだろうか?』

その隣で、『意見が合っているのになぜ怒鳴り合っているのだろう?』とひどく常識的な疑問を抱いているのはリュウセイである。


入口でリンダに捕獲され、身分証を失くしたと説明したところ、手続きを手伝ってあげるという話になり、今に至る。


疑問は抱いているが、こういう時のリンダには変に口を挟んではいけないと経験則で知っている。

「明日にはできますからね?」

別人のような笑顔でリュウセイにそう伝えるのはハノイ。

首元や肩口は細いくせに、深い深い谷間が窺える。


「何、リュウにアピッてんのよ!」

「うるさい! アンタこそ、何出しゃばってんのさ!」

ちなみにこの二人は、プライベートで飲みに行くぐらいに仲がいい。

そして、いつもケンカになる。


「ああ。助かる。外に仲間を待たせてるからな。ああ、そうだ、それとこれを買い取ってもらえないだろうか?」

「あら、喜んで」

うふん、とウィンク付きで応じる。


またリンダとハノイのケンカが始まるがそれを無視して、素材の山を取り出す。

「あ、ちょっと多いですね。裏で引き受けます」

リュウセイの持ち出した荷物を見て、すぐにケンカを止めて仕事をする。


裏というのは、裏口にある大物の素材専用スペースのことだ。裏にあるから『裏』。『倉庫』と呼ぶこともある。

「そうか。じゃあ、……あ、そうだ」

「何?」

何故か返事をするリンダ。

てめえじゃねんだよ!とまたケンカが始まる。


「ヘルセー王国にある知識の都フロランシエって知らないか?」

「「??」」

ついに、カウンター越しに胸倉をつかみ合い始めた二人は、仲良く首を捻った。



☆☆☆



冒険者がダンジョン産の素材を売る場合、方法は4つある。


一つ目は定期的に開催されているオークションへ出品することだ。

オークションの参加料と、付いた価格の数パーセントを納める必要はあるが、不特定多数への販売という面では一番利幅が大きい。

ただし、この方法を選ぶ冒険者は少ない。

理由はめんどくさいからだ。


二つ目は個別に契約している業者へ直で販売する方法だ。

例えば、マルシェーヌで一番と言われるスパイクベアー料理の名店『アイスバーン』では、常に4つの専属パーティーを抱えており、新鮮で高品質な十分量のスパイクベアー肉を確保している。


この手の専属契約を結ぶと、買取価格が高く、また売り損ねる心配もないため、安定感がグッと増す。この安定感に惹かれ、特に中間層で長く留まっているパーティーがこの契約を望む傾向にある。

ただし、契約外の素材は買い取ってもらえないし、納期、品質、量なども厳格に求められるため自由度に大きく制限が掛かり、それを嫌うパーティーも多い。


三つ目が、商人へ直接卸す方法だ。

個人の伝手などを使い、商人に直接素材を卸すので、中抜きが少ない。

ただし、商人側も少しでも安く買おうとするため、あの手この手で値下げを要求してくる。


そのため、ある程度の相場や価値を把握しておかなければ、気が付けばバカみたいな値段で買い叩かれていた、などという事態が起こる。

この手の問題は特に駆け出しの冒険者に多い。

少ない実入りを少しでも増やそうとして損するからで、冒険者界隈では『Fランクの空階段』と呼ばれる。


そして、最後が、冒険者ギルドで買い取ってもらうことだ。

利点はとにかく固いことだ。

冒険者ギルドと、商人ギルドと、商人とに抜かれるので、買取価格は低いが、細かなことを気にせず、がさっと一括で買い取ってくれるので手間が掛からない。


また冒険者ギルドは冒険者の味方であり、変に足元を見られないので、その辺りも安心である。


問題は、買取価格が『通例』に従うところだ。

スパイクベアーの肉ならいくら、マンティゴスティンの目玉ならいくら、と買取価格は一年に一度、本部一括で決められ、需要が高騰していても、この変更はない。

そして、通例なので、例のないものは買い取りに恐ろしく時間が掛かる。

物によっては買い取れない、というケースがあるからだ。



☆☆☆



パーティーメンバーに引きずられていったリンダを見送ったリュウセイとハノイはギルドの裏手に回り、この道30年の『倉庫』の主・ハンスじいさんの前にどすんどすんと大きな荷物を置いた。


そして、こう言われた。

「換金がいつになるか分かんねえ」


リュウセイの今の手持ちでは、ソーセージの材料に足りないのだった。


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