第45話 物見遊山

マルシェーヌの北門が見える街道沿いにごろごろと転がる岩の上。

そこに三匹の獣がいた。


黒いとても大きな犬。

白い小さな猫。

赤い大きな梟。

リュウセイが身分証を捨てたので、街に入れなかった使役獣たちだ。


コロポンは恨めしそうにマルシェーヌを見ている。

マイルズはあくびをしながら日向ぼっこしている。

バルディエはちょろちょろきょろきょろと辺りを調べている。


「ヌシは大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。住み慣れた街ですし」

白い花の咲いた野草を改めながら、どこ吹く風のバルディエ。


「しかし、同族に武器を向けられていたぞ?」

「身分証が無いんですから仕方ないですし、あの程度、脅威ではないでしょ」

隣の青い花を見ながら、何やら感心している。


「だが……ヌシソーセージが……」

「欲望が漏れてますよ?」

次はバッタを捕まえている。

思案顔のコロポンにバルディエの指摘は届いていないようだ。


「にゃー」

「暇って貴様……。我はヌシソーセージの心配をしているのに」

「にゃにゃあにゃ」

ぐいっと伸びてぴょんと岩から飛び降りる。

「ダンジョンに行くんですか?」

「にゃ」

とことこと来た道を戻り始めるマイルズ。


「単独で行かない方がいいと思いますが?」

「にゃあーにゃにゃ」

「じゃあ付いて来いと言われてましても」

バッタをついばみながら、コロポンを見る。

コロポンからは固い決意が窺える。


「まずい。あ、でも、そうですね」

バッタをペッと吐き出してバルディエが何かを閃く。

「ソーセージは材料が無いと作れません。リュウセイさんは長く街を離れてましたから、材料の入手に時間が掛かるかもしれません」

「何!?」

バッと立ち上がる。


「ダンジョンで我々が材料を入手しておけば、速やかにソーセージが手に入るかもしれませんね」

「本当か!? あ、いや、しかしだ」

忠犬精神が、コロポンを押さえつける。


「ええ。そうしたらリュウセイさんも喜ぶんじゃないですか? ダンジョンの肉の方が美味しいって言いますし」

「ならば、是非はない」

バルディエの羽ばたきで、忠犬精神は埃のごとく飛んで行った。


「にゃ。にゃにゃあにゃがにゃにゃがにゃあ」

「そうですね。せっかくですから、『角蜥蜴の篝火』に行ってみましょう」

「うむ。旨い肉を集めねばな」

荷物が無ければダンジョン行きを止めていたか怪しいバルディエだった。



☆☆☆



じめっとした高湿度。

薄暗く、苔むした足元。


「洞窟の中にジャングルがあるダンジョンなんですね」

「にゃあにゃがにゃ」

「ふむ。こういう薄暗いほうが落ち着くな」

洞窟の中なのに、樹木が生え、樹木を育てるだけの光量がありながら、その光は、密林の傘によって遮られているという謎の空間。


ここはAランクダンジョン『角蜥蜴の篝火』。


三匹は、きょろきょろと物珍しそうにあたりを見ながら進んでいる。

ちなみに、Aランクダンジョンの入口に至る道には迷子が紛れ込まないように、衛兵が立っているのだが、相手の視界に入る前の長距離からマイルズが魔法で眠らせた。


相手を昏睡させる中級水魔法『ララバイ夢でも』を初級風魔法『ブリーズ』に乗せることでその効果範囲を広げると言う妙技をさくっとやってのけたのだった。


「変わった木ですね」

辺りに生える木を観察するバルディエ。

「肉はどこだ?」

自慢の鼻で肉っぽい匂いを探すコロポン。


「あっちか?」

「にゃ」

コロポンが何かを見つけて指し示すと、マイルズが間髪入れず上級火魔法『フレイムウェイブ』で辺り一帯を火の海に変える。

フレイムウェイブは、文字通り炎の波を押し流し、面を制圧する。


「肉ではないな」

「にゃ」

跡には先端だけが黒い灰色の歯のようなものと、ぬるぬるした黒い塊が落ちている。

そして、親指の先ほどの核。


「にゃ……」

知っているものより二回りほど小さな核をかりっと齧って微妙な顔をするマイルズ。

大きさだけでなく味も薄いらしい。


「この黒い袋は油が入ってますね」

黒い塊を爪で開いて検分するバルディエ。爪についたタールのようなどろっとした油を見た後、次は歯のようなものを見る。

「こっちの歯の先は火打石のようになってますし……うーん? 歯をかち合わせて火花を作り、油を吐いて火を吹くんですかね?」

「にゃ?」

「ええ。火ですね」

「……にゃあ?」

「うむ。魔法を使う方が簡単であろう?」


傍にいるのがマイルズだったり、戦ってきたのが霊峰ダンシェルの悪夢のようなモンスターだったコロポン達は魔法の基準が常識の棒高跳び状態だった。


「いえ、そうとも言えません」

バルディエが袋と歯を遠くへ投げ捨てながら二匹に教える。

「マイルズさんの魔法が異常なだけで、普通、魔法は開始から発動までタイムラグがあります。魔法を放つより剣を振るう方が早いんです。ならば、剣を振るうのと同じ速さで火が吹けるなら、使い勝手がいいでしょう」


「にゃあ?」

マイルズには全く理解できない話だった。


「む? あっちからも匂いがするぞ」

コロポンが指したのは、他と違い淡く黄色い光を放つ木々で囲まれた一帯だった。


「にゃ!」

理解はできないが褒められたのは分かっているマイルズが張り切って魔法を展開する。

変わった木が生えた一帯を魔法陣が包む。

得意の魔力爆発だ。


――どかーん!!――



☆☆☆



「肉が無かったではないか!」

怒るコロポン。

「外れでしたね」

知らないものが見られて楽しかったバルディエ。

「にゃ」

適度な運動に満足したマイルズだった。


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