第44話 「いやいや。そんなことはどうでもいいんだ」

マルシェーヌは東西南北でそれぞれ施設が固まっている。

南区画にはグリジニーヌなどのアパルトメントが。

東区画にはコリアンヌのような商店や様々な職人が。

西区画には飲食店や歓楽街といった娯楽施設が。

北区画にはほぼお飾りとなっているが一応領主とかいう人が住んでいる元はお城だったが、段々小さくなっている古い建物や役人が務める行政施設がある。


その中の東区画。

意外にもマルシェーヌは理髪店の激戦区である。

理由は簡単で、元手を掛けず始められ、ダンジョン目的の冒険者と、彼らが持ち帰る素材を目当てにした商人など、出入りの多いマルシェーヌではそこそこ需要があるからだ。


彼等の腕はピンキリだ。

踊り子や歌手から個人指名を受けるほどの高い技術を持ち、その分きっちり仕事料を貰う職人もいれば、看板を出しているだけの素人から毛根が死滅したような人もいる。


髪は長い友達なので、理髪師たちの技量により不幸な事故が起きないよう、理髪ギルドは店の軒先に彼らの技量を示す看板マークを吊るすようにしている。


このマークは鳥で、一番高ランクはクジャク。

次いで、シラサギ、カワセミ、ツバメ、ミミズとなる。

この看板の価格が高いとか、看板を作成する木工ギルドとの賄賂がとか内側では色々あるのだが、利用する側からは分かりやすいと評価を得ている。


その店の名前は『サムソンズ』。

店の軒先にカワセミ中の中のマークを掲げた、繁盛でも寂れてもいない、ごくごく普通の理髪店である。

店主のサムソンさんは、その日も、半分暇を持て余しつつお客さんを待っていた。

一日10人も来れば充分採算が取れるというせせこましさのなさも魅力の一つだった。


そして、その男が来た。

「はい、いら……」

サムソンさんは息を呑んだ。

ぼさぼさの赤い髪に伸び放題の無精髭。

服も擦り切れている。

見た目は完全に浮浪者だ。

しかし、それ以上に異様だった。


巨大な布袋を二つも持ち、こんな羽根が生えるのはどれだけ大きな鳥なのかと思う羽根がたくさんと、クリーム色のよく分からない柱のようなものを背負っている。


男は鋭い眼光で店内を睥睨している。

何がしたいのかさっぱり分からない。

固まるサムソンさん。


「髪を切ってくれ」

男は意外に柔らかい声で伝えると、金を手に、店の真ん中の椅子に座った。


「え、ええ」

サムソンさんは我に返った。

ここに来たのだから散髪だろう。

金も持っているし、何かあって身だしなみを整える暇がなかったのだろう。

何かはさっぱり予想がつかないが。


その後、無事に仕事を果たしたサムソンさんはひどく驚いた。

怪しさしかない曰くつきの浮浪者が、どこかの英雄譚の挿絵のような美男子に生まれ変わったからだ。


男を見送った後、サムソンさんは『今夜、給仕酒場で話すネタが出来た』と、早々に店を閉めることにした。



☆☆☆



髪を切り終え、久しぶりにさっぱりしたリュウセイは次は服屋へと向かった。

素材を売るときに余りにもみすぼらしいと、買い叩かれるからだ。

最低限の身だしなみは整える必要がある。


新しい服に着替えたリュウセイは荷物を背負い直す。

鮮やかな赤い襟がついた光沢のある黒いシャツと、裾に朱の飾り紐が付いたオフホワイトのパンツ。服装のことは分からないが、初めて入った店で、女店主が山のように積み上げた服の中から選んでくれたので間違いないはずだ。

いたく満足気だったし。


古い服も思わぬ高値で買い取ってくれたのがありがたかった。

金はあった方が助かる。


愛用の槍と鎧とブーツは傷みが目立つが、身だしなみで言えば整ったと言えるだろう。


「急がないとアイツらが何やらかすか分からんからな」

身分証が無くとも、通行料を払えば街には入れる。

ただし、使役獣は入れない。

本当にテイマーで、その使役獣が安全かが分からないからだ。


マルシェーヌの冒険者ギルドに行けば顔馴染みもいるので、身分証の発行も容易なはずだ。買取もしてもらえる。

特にコロポンはリュウセイと離れるのをひどく不安がっていたので、早く用事を片付けて戻らないと、とリュウセイは足を速めた。


慣れた街である。些細な様変わりはあっても、道に迷うほどの変化はない。

通行人の視線が集まるのも久しぶりで、人の目が面映ゆい。


時間にすれば三か月ほどだったが、人里というものに随分と迂遠になったように感じながら、リュウセイは見慣れた建物を見つけた。


冒険者ギルドマルシェーヌ支部。


鎧を着て斧を構えるドラゴンと翼の生えた剣を持つ虎が向き合う看板は冒険者ギルドを表す。

荒くれ者たちに乱暴に扱われて、大小様々な傷がついた扉が懐かしい。


「帰って来るとはな」

扉を前に二の足を踏んだ。

死ぬつもりで街を出て、死ぬつもりで全てを捨てて街を出た。


それが、山ほどの荷物を持って帰って来た。

そこに得も言われぬ恥ずかしさを覚えていた。


「いやいや。そんなことはどうでもいいんだ」

扉の前でワタワタ謎の動きをするリュウセイ。

「よし、入る「リュウ!?」

叫び声が聞こえるなり、視界の端に青い影が見える。


「!?」

その青い影が何かを思い当たるより先に、その影が、猛然と襲いかかってきた。

反射的に身体を右に躱――

「!?」

その影は、リュウセイの動きを読み切っているかのように、神速とも呼べる技巧でステップを踏みかえリュウセイが身を躱したその先に飛び込んで来た。


「リュウ!!!!」

青い髪の双剣士は、恋人(自称)の名を叫びながら、恋人(自称)の胸に飛び込んだ。


「痛っ!!」

その辺りには爪や牙が詰まった袋があったのだが。


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