第43話 「……。!!??」

樹木の緑は瑞々しく、キュイキュイと小鳥の囀りが聞こえる。

咲き誇る花の香りは芳しく、足元を柔らかな草がくすぐる。

綺麗な森だった。

同じ樹海でも、霊峰ダンシェルにあった樹海と違い平和な光景だ。


樹海を過ぎれば草原。

背の高い草に囲まれ、視界は悪いが、その香りは生命の息吹に満ちている。


『こんなに綺麗な景色だったのか』

細い道を進みながら、リュウセイは思った。


今進んでいるのは、人の世界と霊峰ダンシェルを結ぶ不可思議な小道『棺の入口』。

三月ほど前に通ったその道の、その生命力にあふれた雄大な光景をリュウセイはほとんど覚えていない。


あの時は、自分の死に様だけを考えていた。

しかし、自分は死なず、またこうしてこの道を歩いている。


それどころか、あの時は一人だった道を、3人の仲間とだ。

リュウセイの前を進むのはコロポン。

楽しそうに尻尾が揺れている。


左肩に乗ったマイルズは不機嫌そうだ。

自分には相談もなく街へ行くことが決まっていたからだ。

ちなみに呼ばれたときにシカトしたのは自分だという事実はスルーである。


一番後ろを進むバルディエは、足に巨大な象牙を、頭の上には鷹の羽根がクジャクのように広がり、身体には骨やら牙やら爪やら目やらを詰め込んだ袋を前後に括り付けている。


ダンシェルの中では価値のなかったドロップ品も街へと下ればそこそこの金になるはずで、どうせなら持って出ようと言う話になった。


『何故、私が?』というバルディエの疑問は、『金が足りなくて調べたいものが調べられなかったらどうする?』というリュウセイの一言で飲み込む結果となった。


重くはないが、どれもこれも大きいので、辺りにぶつかったり、引っかかったりする。特に樹海は最悪で、仕方なく、樹海の上を一羽で飛ぶことになった。


今も草原の背の高い草の上を

パタパタと飛んでいる。

遥か彼方まで草の絨毯がそよぐ様は不満を吹き飛ばすほどに圧巻ではあったが。


『棺の入口』を進むこと、7日。

不可思議な小道は唐突に終わりを迎え、懐かしさを覚える街道へと繋がった。


砂利の引かれた荒い道をコロポンが恐る恐る踏む。

『舗装された道』に初めて触れるのだ。

コロポンに続き、マイルズが街道に飛び降り、足に掴んだ象牙を丁寧に道に置いたバルディエも街道を踏む。


使役獣が、興味深そうに足元を確かめる様は、微笑ましかった。


「これを右折して進むと二股に分かれる。それを右に進めばマルシェーヌ最難関、Aランクダンジョンの『角蜥蜴の篝火つのとかげのかがりび』がある」


「にゃー」

「ふむ」

「いや、行きませんよ」

迷わず歩き出すコロポンとマイルズをバルディエが止める。


「その二股を左に進むと、『アルディフォン』で攻略に臨みたかったBランクダンジョン『薔薇の棘』に繋がる」

見えぬ道の先を、眩しそうに見遣る。

「にゃー」

「ふむ」

「いや、だから行きませんよ」

気合を入れて向かおうとするコロポンとマイルズをバルディエが止める。


「だから、先に街です!」

止めて止まるやつらではないのだが。


「ああ。先にマルシェーヌへ行こう。バルディエの荷物も下ろしたい」

「にゃあにゃにゃがにゃあ?」

「良くないです! なんですか、その先にダンジョンで良くない?って」

不満げに羽ばたくバルディエ。

頭から伸びた羽根も揺れる。


「にゃあにゃあにゃにゃ」

「身体がなまってるって、ずっとリュウセイさんの肩に乗ってたからでしょう!」

「ほら、行くぞ」

「……にゃがぁ」


リュウセイにつつかれて、街道を左手に進み始めるリュウセイの肩に飛び乗る。

「自分で歩けばいいでしょうに」

それを見ながら地面に置いた象牙を改めて拾い直し、ふわりと飛び上がるバルディエ。

「ふむ。遠くから人間の匂いがするな」

「食べちゃダメですからね?」

「む……うむ。分かっておる」

心配になるバルディエだった。


街道を進む。

道を忘れるほどには時間が経っていないので、しばらく進めば、門が見えてくる。

マルシェーヌの街だ。

「大きいな!」

自分よりも高い壁を見て、興奮するコロポン。


マルシェーヌに限らずグロレンセ地方の街は、四角く壁に囲まれている。

かつての戦争の名残だとか、ダンジョンからモンスターが溢れ出たときのためだなど謂れがあるが、その本来の目的は誰も知らないし、気にしていない。


「駆けるなよ。順番があるからな」

幸い日はまだ高く、人通りは少ない。

朝や夕方だと長蛇の列が出来ていたりするのだが。


コロポンを笑いながらなだめ、リュウセイは門へと向かう。

北門はあまり使ったことがないが、使い慣れた東門と勝手は変わらない。

久しぶりに見た、人間の姿と、営みの気配に、望郷の念が湧いたほどだ。


「止まれ」

5人の門番が槍を構え、リュウセイ達を阻む。

コロポン達も襲い掛かったりはしない。

予め言ってあるからだ。


「ああ。ご苦労さん」

リュウセイは慣れた口調で返した。


「身分証を見せろ!」

鋭い眼光で、リュウセイを睨む門番たち。

「……。!!??」


「「「??」」」

不意に固まったリュウセイを使役獣たちが訝し気に見れば、額に冷や汗が浮かんでいる。


「「「……」」」

刹那の使役獣会議。

「どうしたのだ?」

代表してコロポンが尋ねる。


「……身分証が無い」

蚊の鳴くような細い声を絞り出すリュウセイ。

「ん?」

リュウセイは失念していた。

死に場所を求めて飛び出したリュウセイは、覚悟の表れと身分証を捨てたことを。


「なんだ貴様は? 怪しいぞ?」

リュウセイの態度に、途端に剣呑な雰囲気になる門番たち。

「服もぼろぼろだし、髪も髭もめちゃくちゃだ!」

「まるで数カ月も山籠もりしたような有様だ!」

「その黒いのはなんだ?」

「その赤い…なんだ、その変な鳥もだ!」

「白猫は可愛いな」

「応援呼べ、応援!!」


ぼさぼさに伸びた髪と髭。

ダンジョンの連戦で汚れ傷んだ服。

やたらギラギラした目。

そして、身分証の喪失。

今のリュウセイはどこからどうみても不審者でしかなく、三カ月ぶりの帰郷は、白穂に迎えられることとなったのだった。







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