第35話 「そもそもお前がなんなんだ?」

――よく来ました。――

翼をたたみ直し、気持ちを切り替えた梟が改めて話す。

――私はバルディエ。――

少し高めの柔らかな声からは、深い知性が感じられた。

――貴方達が来るのを待っていました。――


「………」

対するリュウセイはポカーンとしていた。


――聞きたいことがあるのです。――

「ふむ」

コロポンが鷹揚に応じる。

マイルズは飽きたらしく、梟の止まる木の根元に丸まって寝ている。


――貴方達は何者ですか?――

「む?」

首を捻るコロポン。

自分が何者か、など考えたことがなかった。


マイルズが、ピクっと片目を開け梟をチラッと見上げた。

直ぐに丸まったが。


「ふむ。洞窟で産まれ、気が付けばこの姿になっている。今はリュウセイの使役獣をしているな」

コロポンは自分の知る自分についてを語った。


――貴方は精霊の眷属でしょう?――

「??」

首を捻る。

「よく知らぬが、影にあり、闇を纏うこと。それが我ではある」

「闇の精魔とある」

リュウセイがコロポンの言葉を引き継ぐ。


「ただ、俺の中ではコロポンはモッファンだ」

リュウセイはコロポンに二ッと笑いかける。

「うむ」

地に響く低い声で応じる。尻尾はパタパタ揺れているが。


――モッファンですか? いえ、それよりも精魔、やはり……。――

戸惑っているのが分かる。

「そもそもお前がなんなんだ?」

リュウセイの声が鋭い。

油断なく槍を構えている。


リュウセイが茫然とした理由も、リュウセイが殺気を放つ理由も同じだ。


人語を解するモンスターの存在は確認されている。

古代種と呼ばれるドラゴンや、上位以上の悪魔種などに見られる。

人語を解するモンスターは知能が高く、それゆえに狡猾で、それを差し引いても協力――平たく言えば危険なものが多い。


それでも、人語を操るモンスターは確認されていない。

オウムのように言葉を真似るモンスターは散見されているが、人語を操るとなれば皆無である。


それが、『契約することでモンスターと会話できるようになる』ことこそテイマーやライダーの特異性であり、優位性だ。

契約したことによって、コロポンの言葉が分かるし、マイルズの言いたいことも分かる。


リュウセイはテイマーであるからこそ、バルディエの異質さに茫然とし、その危険性に殺気を放っている。


――私ですか?――

バルディエは一度羽をたたみ直した。


――私は守護獣です。――

その言葉は誇らしげだ。


「守護獣? なんだそれは? 何かを守っているのか?」

――はい。――

緑の瞳がリュウセイを覗き込む。

殺気も危険も感じないが背筋に寒気が走った。槍を握る手に汗が浮かぶ。


――世の理を守る命を受けた者、それが守護獣です。――

「世の理?」

――故に貴方達が来るのを待っていました。――


コロポンがリュウセイを見下ろす。

明らかに『どういうことだ?』と言っているが、リュウセイも意味が分からない。

顔をゆっくりと横に振るしかできない。


バルディエはリュウセイから目を逸らさない。

額に冷や汗が浮かぶ。


――貴方達は危険すぎるのです。――

バルディエは静かに答えた。


槍を握る手に力が入る。

前足がたわむ。

顔を上げ睨みつける。


緊張感が高まる。

――ま、待ちなさい!――

バルディエがバサバサと羽ばたいた。


――なんでもかんでも暴力で解決しようとするのはよくありません! ええ! そうです! よくないですとも!――

必死だった。さっき痛かったから。


「しかし、お前は理とかいうのを守るんだろう? 話の流れなら、俺たちがその理を壊す危険があるということだ」

――……そうです。――

『あれ?思ったより理論的?』という内心を隠し、平静に答えた。


「ならば、手遅れになる前に殺してしまおうということだろう!! だから殺られる前に殺る!!」

「にゃ!」

「ふむ!」

――違う!! ――

理論的に導き出された結論が物騒だった。


――貴方達は力の使い方が分かっていないのです。――

「使い方?」

――そうです。巨大な力を全く制御できていません。――

「にゃあ」

ちらっとコロポンを見る。

「む? ヌシごと吹っ飛ばしたヤツが何を言う!?」


――そんな危険な爪も牙も剥き出しなのは言語道断です。存在を消失させる力が剥き出しなんて、どれほど危険か分かるでしょう? 必要な時だけ、発現させればいいのです。――

「む……」

そう言われても、ずっとこうなのだ。

武器を隠す必要がなく、必要な時と言えば、四六時中必要だった、いつどこで何がどんな風に襲ってくるか分からないのだから。


「にゃにゃにゃにゃー」

バルディエに叱られて、落ち込むコロポンをけらけらと笑う。

――貴方もです。――

「にゃ!?」

青天の霹靂。

「くくっ」

――神器からあふれる神気が垂れ流されています。――

「にゃ?」

くるくると自分の身体を追い掛け回すマイルズ。

しかし、神気たるものは見えない。

「にゃ?」

――神気が全く制御できていないので、わざわざ魔法などを使わねばならないのですよ。――


「にゃ、にゃあ?」

言っていることは理解できないが、未熟者と言われたことは分かる。妙に恥ずかしい。


「つまり、その力を制御できるようになれば、コロポンの爪や牙に触っても大丈夫になるし、魔法の誤爆で死にかけることもなくなるんだな? そして、理を壊す心配もなくなると?」

「ふむ」

遊び方が増えることを理解したコロポン。

「にゃ!?」

実は根に持たれていたことを知ったマイルズ。


――そうです。――

バルディエはリュウセイに頷いた。


「なるほど。じゃあそれを教えてくれ」

リュウセイは槍から離した手を突き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る