第34話 「ああ。上がってるな」

きっちりと刈り揃えられた芝生が広がる。

これまでの通りであれば庭であるはずなのだが、そこからは庭という印象を受けない。

なぜか森の一部のような印象を受ける。

広がっているのは芝生なのに。


そこを言い表すならば《静謐》。

虫の羽音も、鳴き声も聞こえない。

終わりなく刈り揃えられた芝生が広がる不思議を超えて、不気味な空間。


その真ん中に、ポツリと一本の木が生えている。

太い。

葉もなく、高くもない。


節くれだった裸の樹。

途中で折れたようにぷつりと途切れた幹を補うように、横からにょきりと枝が伸びている。


その枝の上にたった一つ、息吹があった。


丸い頭。

曲がった嘴。

太い爪。

梟だった。

ただし、大きい。

そして色が違う。

紅色の羽と石榴色の羽が混ざっている。

そう、その梟は赤かった。


梟は目を閉じている。

寝ているように。


――………。――

不意にその目が開いた。

目の色は緑。

鮮やかなエメラルドグリーン。

透き通った眼光が一点を見つめる。


その視線の先が光った。

円と線と文字が入り混じった不可思議な紋様。

青白い巨大な魔法陣。


――………。――

梟はその光を見ている。

魔法陣が三つの影を吐き出した。



「……ここは?」

槍を携えた男――リュウセイが呟く。

異質さを感じ取った。


リュウセイを射すくめる碧玉。

――よく来――

「あれだ!」

リュウセイの槍が一直線に梟を指す。

――いや待――

「にゃ!」

マイルズが光る。

同時に梟とその止まり木を魔法陣が包む。

マイルズの十八番、魔力爆発。

間髪入れずに、魔法陣が結実し、干渉し合う魔力が暴走、暴発する。


轟音が響く。


「にゃ」

マイルズが髭をそよがせる。

我ながら惚れ惚れする出来だと言わんばかりだ。


それは決してうぬぼれではない。

ここ数日の連戦を経て、魔法の精度が上がっている。それに伴い、魔力爆発もその威力が格段に上がっている。

もう少し詳しく言うならば、魔法陣を展開する数は変えず、範囲を狭めることが出来るようになっている。

密度が上がれば、威力も上がる。


「にゃ「む?」

『さ、核を取りに行こう』と言いかけたその時、反応したのはコロポンだった。

鼻をひくつかせると、がばっと振り返る。

釣られて振り向くマイルズ。

「にゃ!?」

そこには先程の梟が、同じように木に止まっていた。


――話を聞――

飛び出したのはコロポンだった。

光を吸い込む矢となって飛び出すと、瞬きの間も与えず梟に接近。

ガバリとその口を開き、躊躇なく飲み込んだ。


「おい! 今回は待機だろ!?」

「にゃがにゃが!!」

不平の声を上げるリュウセイとマイルズ。

「む? ふむ。うむ。……すまぬ」

振り返り、きょろきょろと言い訳を探したが見つからず、尻尾と一緒に謝る。


「にゃが!」

ここぞとばかりに責め立てるマイルズ。

綺麗に揃った芝生にぺしぺしと猫パンチをくれながら、不満を露わにする。

「思わず、身体が動いたのだ」

バツが悪そうなコロポン。


「にゃ「む?」

『そんな言い訳で』と詰め寄りかけたその言葉を再びコロポンが遮る。

今度は右を向く。

コロポンに釣られて、リュウセイとマイルズも左を向く。


「「「!?」」」

三人の顔が驚愕に染まる。

目線の先に、やはり先程と全く変わらず梟が木に止まっていたからだ。

コロポンは先程食べた梟の味を思い出す。

そして、慌てる。

食べた記憶はあるのだが、身体に核の残滓がないのだ。

さもまるで、何も食べていないかのように。


――だから私のは――

「せい!」

次は当然リュウセイである。

リュウセイは助走もつけず、上半身のバネと腕力だけで槍を投擲する。


フィン!という甲高い音を上げて空気を切り裂いた槍が、梟を貫く。

遅れること数瞬。

――おい、はな――

梟に突き刺さった槍を握るリュウセイ。


投げると同時に走り出していたのだ。

――だか――

「バーストっ!!」

梟の体内で魔力が爆発する。

赤い羽根が舞った。


「ふむ。その技、威力が上がっておらんか?」

「ああ。上がってるな」

以前は爆風でモンスターを吹き飛ばすことは出来たが、爆発の威力自体は知れていた。

こういう現象は風魔法でよく見られる。

離れると威力があるが、近づくとしょぼい。

バーストの場合は効果範囲も狭いのだが。


「にゃが、にゃあにゃががにゃ?」

「む? もういいではないか?」

さっきのやらかしの件が片付いてないとしつこく食い下がるマイルズ。

イラつきだすコロポン。


「にゃあ? にゃんにゃご「む!?」

『いい?いいってなんだ』と言い募ろうとするマイルズを三度、コロポンが遮る。

今度は左。


「「「……」」」

元いた場所に梟がいた。

リュウセイが自分の頬を撫でる。

「――!?」

そして息を飲む。

浴びたはずの返り血がなかったから。

三人は改めて梟を凝視する。


赤い梟。

大きさはリュウセイの胸ほどもある。

赤い梟は、心なしか疲れた顔でリュウセイ達を見ている。


――いい加減、私の話を聞け!!――


梟は怒鳴った。


「――喋ったぞ!!」

「にゃ!」

「う、うむ。しかし、いきなり怒鳴らずともよかろうに……」


――……。――

赤い梟は、ぐっと言葉を飲み込んだ。


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