第33話 ウサ耳の攻防

草原、と言うより『原っぱ』と表現する方がしっくりくるのは、遠くにマルシェーヌの街が見えるからだろうか?


ここはEランクダンジョン『ウサギの耳』。

Eランクは駆け出しが少し慣れて来た頃から使うダンジョンだ。

Fランクと違い、間違えれば大怪我をすることがある程度のモンスターが出て来る代わりに、サボらなければ生活出来る程度の糧を得られる素材が落ちる。


Fランクダンジョンに潜るのは〖自称慣れてきた〗冒険者が大半だが、たまに中堅の冒険者が降りて来ることもある。


メンバーが怪我等で人数が足りないが金を稼がねばならないなどもあるが、大抵はパーティーメンバーが入れ替わった際の慣らしの時だ。


そんな訳で、アルディフォンの美女とその他も『ウサギの耳』に来ていた。


――メエー――

羊のような鳴き声を上げているのは、両手の鎌を高く振り上げた巨大なカマキリ・マンティゴスチン。


鎌を振り上げると人の背丈ぐらいになり、クリクリした黒い目をしている。

身体はカマキリらしく緑だが、鎌だけ自己主張の強いピンクである。

ウサギの耳の主要モンスターの1種類だ。


ウサギの耳と名付けられているが、ウサギは出てこない。ひょこひょこ伸びる草がウサギの耳のようだから。


このマンティゴスチンの他にも、赤い頭に緑の腹の蟻・アンプルトや、黄色いてんとう虫・レモンディーバグなどがいる。


中でも単体で最も手強いのがマンティゴスチンだ。


「チッ、よく狙って撃つんだ」

ジェラルドがシフォンに指示を出す。

本人的にはさり気なく肩に手を置いている。


「あの……?」

シフォンが弓を手に戸惑う。

「な、なんだ?」

シュッと手を引っ込める。

「さすがに遠すぎませんか?」


多分ネズミか何かを威嚇しているであろうマンティゴスチンは、まだネズミぐらいの大きさにしか見えない。


「チッ、近付いて反撃されたら危ないだろう? チッ、まだ弓の扱いには不慣れ、チッ、なんだぞ?」

拳をプルプルと握りしめるジェラルド。


「いや、まあ、そうなんですけど」

必死なジェラルドに思わず苦笑するシフォン。

マンティゴスチンの鎌の一撃は、無防備に食らえば鎧を切り裂いて内蔵に届くこともあり、駆け出し剣士達が、若くして引退に追いやられる原因にもなりやすい。


「ここは初めてですけど、昔はCランクに挑戦もしてましたし。そもそも弓はまだ下手なので、この距離じゃあ当たる気がしませんが?」

オリーブ色のベレー帽からハラリと覗く金髪と一緒に首を傾ける。

「う、あ、そうか? じゃあもう少し近付くか?」

シフォンに真っ直ぐ見つめられ、顔を真っ赤にするジェラルド。


「はい! 皆さんがご用意下さった防具もありますから、大丈夫です!」

胸をどんと叩くシフォン。


今のシフォンは人気歌劇『夢幻のハルムタクト』のヒロイン・アナベルのようである。


侯爵家の白百合と呼ばれた令嬢でありながら、物語の男装の女騎士に憧れ、こっそりと家を抜け出しては野山を駆け回り、剣や弓の練習をしたのがアナベル。


オリーブ色のベレー帽に髪を押し込み、枯草色に染めた皮の胸当てと、同じ色の皮の腰巻。黒に近い深い藍色の手袋をはめ、焦げ茶色のブーツという出で立ち。

色合いは地味だが、エディの審美眼は華美なものだけを是とする訳では無い。

美貌も気品もスタイルの良さも全然隠れていないシフォンはそのままアナベル役として舞台に上がっても違和感は無い。


「そりゃそうだ。俺たちもいるんだ、心配ないぜ」

大剣を構え、顔をテカテカさせるシャイン。


「デカカマキリ程度じゃな。アルバートの出番はねえよ」

勝負服のスカイブルーの鎧一式に身を包んだレイチェルが笑う。


ちなみにアルバートというのも『夢幻のハルムタクト』の登場人物で、モンスターに襲われたアナベルを助ける騎士の名前だ。

アナベルが身分違いの恋に落ちる相手でもある。


「もう少し近付くぞ」

レイチェルの号令の元、ドカドカと移動する。


「こんなもんか?」

「はい!」

マンティゴスチンが子羊ぐらいの大きさに見える辺りで止まると、シフォンは矢をつがえ、キリリと引き絞る。


足から頭の上まで、1本の棒が入っているような堂々とした構え。

目を細め、狙いを定める。


「シッ!」

短い呼気と共に、鋭く矢が放たれる。


「外れたな」

矢はマンティゴスチンを通り越してしまった。


「まだ行けます」

シフォン達に気付いたマンティゴスチンが、ガサガサと向かってくる。

羽はあるが空は飛ばない。

羽は威嚇のためのものだ。孔雀みたい。

それを見ながら、矢筒に手を伸ばし、続けて矢をつがえる。


「シッ!」

――メエー!?――

二射目の矢は正面を向いて突っ込んでくるマンティゴスチンの腹の辺りを貫いた。


「もう一本!」

手早く矢をつがえ、もう一射。

――メエー!?――

逆立てて広げる羽に矢が刺さる。


「もう「任せろ!!うおおーっ!!」

シフォンの声を掻き消して、大剣を構えたシャインが雄叫びを上げて突っ込む。


「問題は、チッ、なさそうだな」

「やっぱり思ったようには当たらないですね……」

イメージでは、一射目で頭と首の境目を貫き、泣き別れさせているつもりだった。


「矢がぶふっ、当たるなら十分ぶふっだ。もう少しぶふっ、練」

――ブーン――

ルーニーが言い切る前に反対から突然羽音がする。

「テントウムシか!」

羽音の方を見ると、顔程の大きさのある黄色いてんとう虫が一匹、足をワシャワシャさせながら飛んで来ている。


「あ、じ、陣形を」

「要らねえよ!」

ジェラルドを無視して、レイチェルがシャラリと音高く剣を抜く。


「白絹の姫君の初陣に、水を差すなんざ、無粋が過ぎるってもんだぜ?」

剣をかっこよく振りながら、レイチェルは語る。


「絹糸の調べを乱すなら、宵闇を待た「シッ!」

――ブー……――

レイチェルの横を鋭い風切り音が通り過ぎ、真っ直ぐ向かって来るレモンディーバグにぶすっと刺さると、ボトっと落ちた。

「やった!当たった! 当たりましたよ!」


弓を振り上げてわーいわーいと無邪気に喜ぶシフォン。

向こうでは、手負いのマンティゴスチンがシャインに滅茶苦茶に叩きのめされていた。


「なかなかいいスタートじゃねえか」

ヒュンヒュンと露払いし、カチャン!と高い音を立ててレイチェルは剣を戻した。


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