第32話 「よし」

蠱毒という呪術がある。

壷の中に毒虫を入れ、食い合い、殺し合いをさせる。

そして、残った一匹、つまり最も強い毒をいいことにも悪いことにも使うというものだ。そして、この蟲毒を行うための壷のことを『蟲毒の壷』と呼ぶ。


その花は蟲毒の壷に似ている。

地に這うように薄い緑の葉を広げ、その中央に、まさに壷のような花を咲かせる。

そして、その花から多種多様な毒虫を狂わせる香りを出す。


この香りに誘われた虫は、自ら壷のような花弁の中に身を投じ、殺し合いに狂う。

吐かれる毒、毒の溶けた血肉は壷の底に溜まり、更に毒虫を溶かす。

こうして出来上がった猛毒のスープをこの花は啜るのだ。

啜った毒が濃ければ濃いほど、強力であれば強力であるほど、花は美しく咲き、毒虫を狂わせる香りは強くなる。

こうして新たに得た香りで、益々毒虫を誘い、狂わせる。


しかし、この狡猾な花の営みはそれだけでは終わらない。

自分を満足させる強力な毒にも負けず、猛毒のスープの中で泳ぎ続ける猛者に花は褒章を与える。


毒虫が狂い殺し合って奪い合うほどに愛おしいその香りにふんだんに塗れた種子を植え付けるのだ。

胎に埋め込まれた種を抱えた毒虫は、踊り狂いながらその種を遠くへ運ぶ。


そして、種は毒虫の身体に根を張り、毒を糧に芽を伸ばす。

それが殺し合いを勝ち抜いた勝者に与えられる栄誉。


この花には名前がある。それを『姫壷』という。

その昔、たった一輪で要塞都市ゲアルニカを毒虫の巣窟へと変えた狂乱の花である。


その日、珍しく雨が降った。

姫壷は驚いた。

その雨水がかつて啜ったことのないほどの甘露であったから。

身体が溶けるほどの甘露だった。



☆☆☆



――ぶーーん――

転移魔法陣の明かりが消える。

一瞬の確認。

荒れた庭の真ん中には薄紫の綺麗な花が咲いていた。

チューリップの花の部分だけが地面からにゅっと生えているような感じだ。

少々……いやかなり大きいが。

そこに夥しい数の虫が群がっている。

花に入りきれない虫が地面を埋め尽くし、そこでも殺し合いをしている。

うかつに踏み入れば、足を食われ、毒に塗れる地獄絵図だった。


「よし」

何が良いのか分かるのは、この三人組だけだろう。

「うむ」

コロポンが爪で魔法陣をひっかく。

「にゃ」

マイルズが光る。

すると庭を被さるように巨大な魔法陣が浮かぶ。


「ストリーム!!」

槍を構えたリュウセイが、スキルで一気に突き進む。

絨毯のごとき毒虫を跳ね飛ばしながら。


その一条の道をマイルズとコロポンが続く。

庭の半ばで魔法陣が結実する。


ぽつりぽつりと雫が落ちる。

その雫に触れた虫が溶ける。

じゅわじゅわと。


上級水魔法『ウィズミー独りは嫌』。

その雨に触れた命あるものを全て平等に溶かす。

当然、雫に触れたリュウセイも溶ける。

溶けるがリュウセイは気にも留めない。

ひたすらスキルで突き進む。


その後ろでマイルズが光り、溶けだしたリュウセイの傷口が塞がる。

溶けたはしから治す。


リュウセイ達が反対の扉をくぐる時には、雫は雨となり庭を濡らしていた。

じゅわじゅわと。


そのまま扉を蹴破り、次の場所へと移動する。


閉じられた扉がかき消えた時、その庭に命の息吹は残っていなかった。



☆☆☆



リュウセイ達の潜っている樹のダンジョンは外から見るとただの樹である。

樹齢を重ねた立派な樹であるが、それ以外は取り立てて特徴のない、普通の広葉樹だ。

普通の樹なので、普通に枝に鳥が止まったりしている。


外見はいたって平和な樹なのだ。


――普段は。


その日、その樹には、鳥も蝶も毛虫もいなかった。

普段、木の葉の陰に憩う鳥たちは、隣の樹に留まり、ぴくぴくと小首を傾げながら、ダンジョンの樹を見ていた。


樹が揺れる様を。


静謐な森の中にあって、その樹だけが、地震に見舞われているようにびりびりと。


また大きな振動が起こり、樹が揺れる。

大人4人でも抱えきれないほどに逞しい幹が揺れた。

葉が落ちる。

手のひらほどの大きさの広葉がはらはらと落ちる。


――めきぃ――

続いて、枝の一本が半ばからへし折れた。

いつも鳥が止まり木にしている枝だった。


――びしぃ――

今度は樹皮が剥がれ飛んだ。

出来たひび割れから炎が吹き出し、近くにいた鳥が慌てて飛び上がった。


――ばしぃ――

――げしぃ――

――じゃぎぃ――

――ぐしゃあ――

激しい音と共に、樹のあちこちが吹き飛び、消え、凍り、燃え、腐れ落ち、旋風が吹き荒れる。


その箇所は不規則。

右も左も前も後ろも、上も下も……。


休みなく響く異音に誘われて、森の獣たちも集まってくる。


その大樹を遠巻きに囲み、音がする度にビクリと身体を震わせて、それでも何が起こっているのかを固唾を飲んで見守っている。


日が暮れ、夜が更け、暁に染まる。

いつ終わるとも知れない異常。


ただもしそれを人が見れば気付いたかもしれない。


続く爆発が段々と隣り合わせになり始めていることを。


続く爆発が段々とその天辺に近付いていることを。


そして、それから丸一日。

再び朝日が昇る頃、大樹を巡る騒乱がピタリと止んだ。


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