第31話 「ここは……?」
外から見れば、普通の大きな樹にしか見えないそのダンジョンは、中に入ると様々な部屋や庭が不規則に繋がるラビリンスになっていた。
そんなラビリンスの一部屋ががちゃりと開けられる。
「ここは……?」
中央には小さなプールがある。
ただしそこに張られているのは水ではない。
鬱金色のとろみのある液体。
甘いような臭いような匂いを醸すその液体には、カブトムシやクワガタ虫がわらわらと集まっている。
「にゃ!?」
驚いた顔の白猫。尻尾がピンと立っている。
「なぜだ?」
目を細める黒い巨大な犬。
リュウセイ達はその部屋、初期のころに何度も訪れた樹液のプールの部屋を見て唖然とした。
理由は単純だ。
「壊したのに……」
マイルズ発案の画期的なラビリンス攻略法『壊してしまえばここにはもう来ない』で突き進むこと2日目、以前、瓦礫すらも消し去ったはずの部屋が、元通りになっていたからだ。
「にゃあ? にゃあがにゃにゃにゃ?」
「ふむ。どう見てもあの部屋であろう」
「にゃあ……」
完璧な作戦が翻されて、ヘコむマイルズ。
「壊しても復活するんだな……」
リュウセイが驚愕の表情で呟いた。
実のところ、ダンジョンを破壊して進むという手法は、遥か昔から試されている。
ここまで複雑怪奇なラビリンスでなくても、たとえば迷路のような洞窟。俗に迷いの森と呼ばれる人を惑わす結解が張られている樹海。こういったダンジョンに足踏みされる時、人が考えることはよく似ている。
そして、これまでこの手法が成功した試しはなかった。
理由の一つは、ダンジョンを破壊することがとても困難であるため。
そしてもう一つの理由が、苦労して破壊してもすぐに再生してしまうため、である。
先人の試行錯誤の歴史は、ダンジョンを破壊して踏破することは不可能という結論を導き出し、今ではダンジョンを破壊して進もうとする人はいなくなったというわけである。
「にゃああ」
夢破れたマイルズはヘコんで不貞腐れて、プールの隣で仰向けになって、にゃあにゃあと転がり始めた。
「ふむ。進めず、帰れずだな……」
さしものコロポンもマイルズを窘める元気はなく、深いため息をついた。
作戦開始から丸2日、上手く行っている手応えがあっただけに、ショックもひとしおだった。
「……」
リュウセイも苦い顔で樹液のプールを睨みつけていたが、ゴロゴロと転がるマイルズのそばにどかっと胡坐をかく。
そして、腰の袋から赤い大きな核を取り出すと、ぽんとコロポンの方へ放り投げる。
放物線を描くそれをパクリと空中で消し去ると、パタパタと尻尾を振った。
それからマイルズの白く柔らかい腹を撫で始めた。
腹を撫で、肉球をくにくにして、喉を撫でる。
手が心地よいのか、マイルズもにゃごにゃごと喉を鳴らしている。
「そんな気落ちするな」
胡坐のまま膝を叩いて、力強い声でリュウセイが二匹を慰める。
「とりあえず飯にしよう。俺に考えがある」
リュウセイは不敵に笑った。
☆☆☆
先が見えないので制限していた干し肉を解放した食事。
集めていた核も躊躇なく振舞っている。
肉を削って口に運ぶリュウセイは、自信に満ちた顔をしている。
早々と食べ終えたコロポンは、言いたいことがあるようにソワソワとリュウセイの食事を見ている。
カリカリと核を食べ終えたマイルズが顔を上げ、その顔を撫でる。
手を舐める。
「にゃあ?」
お代わり、ではない。
『で、どうするの?』である。
リュウセイは削っていた肉の手を止める。
コロポンがマイルズを睨む。
マイルズは気にしない。
「ああ。難しく考え過ぎたんだ」
リュウセイが削り取った肉を口に放り込むと、残りを袋にしまった。
コロポンが少しアワアワする。
「このドアを潜ったらどこへ行くか? この転移魔法陣はどこに繋がってるのか? なぜ同じ道を戻ったのに、違う場所に着くのか?そして、いつ終わるのか?」
霊峰ダンシェルに来てからの一月程で、流石に傷みが目立ち始めた槍の穂先を撫でる。
「こういう風に雁字搦めになることが、このダンジョンの一番の罠なんだよ」
ニッと笑う。
「それでどうする?」
力強い主の言葉に期待が高まる。
コロポンは知っている。
リュウセイがどれほど大きな存在かを。
自分の積み上げてきた常識を叩き壊したのはリュウセイだ。
「今回で分かった」
「にゃ?」
マイルズも知っている。
リュウセイの洞察力を。
自分の魔法を尽く躱し切ったリュウセイの勘の鋭さを。
「壊した部屋は2日で元通りになる」
リュウセイが腕を組んだ。
「いいか?」
そして、ゆっくりと2匹を見渡すと、たっぷりとタメを作り――
「つまり、2日で壊しきれば、ボスに辿り着く!!」
――リュウセイは宣言した。
「「!!」」
ズガーンと衝撃を受ける使役獣。
「飯食ったり、寝たり、モンスターを全滅させたりと、この2日間は慎重になっていた」
らしい。
「それを全部無視して、全力で前進し、最速で破壊する!!」
両手をバッと広げた。
「2日後には、ボスを倒して帰れる!!」
「「!!」」
ズカガーーン!!と衝撃を受ける使役獣。
意気消沈していた瞳に力が戻り、炎が灯る。
「――俺たちなら、やれる!!」
「うむ!!」
「にゃー!!」
脳筋は加速する!
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