第30話 美女と野獣と野獣と野獣と野獣。後、イケおじ

ヒソヒソとした空気は変わらず。

ただその中心は大きくなっていた。


「シフォンてのか」

毛むくじゃらの短い指で、無精髭にまみれた分厚い顎を揉む。


ここは冒険者ギルドマルシェーヌ支部。

そこに設えられた簡素な椅子とテーブル。

そして、座る4人のムサイ男と、そもそもギルド支部に場違いな絶世の美女。

帽子を取って露わになった金髪が肩から胸元へ流れている。


「18でパーティーが全滅ってのはなかなか辛えだろうな」

レイチェルという人物は、肝が座っており、物怖じしない。

『蒼月のレイチェル』なんて華やかな名前を自負するだけあって自己肯定感も極めて高い。


どこかの男嫌いの女性だけで構成されたパーティーメンバーからは、『空気読めない不潔ナルシスト』と辛辣な評価をされているが、本人の預かり知らぬことなので、世界は平和だ。

もし、知れていたら、11人に取り囲まれてボコボコにされる事件が発生していたところだった。


それはともかく、冒険者という立場にしてみると、こういう厚かましさというのは必要とされる部分が多い。

そういう意味では、とても冒険者向きの性格をしている。


そんなレイチェルは自分の真価を余すことなく発揮して、誰もがソワソワと遠巻きに見るしかなかった絶世の美女の前に悠々と座り、遠慮なく、名前や年齢、なぜこんな所にいるのかなどを聞き出していた。


「いい人達だったから……」

そう言ってシフォンは目を伏せる。

それだけで、遠巻きに見ていた冒険者が1人胸を押さえて倒れた。


「17で冒険者になって、それから一年、お世話になったからね」

その声には魅了チャームの魔法効果があるのではと思うほど、耳に心地よい。

どこか甘く、されど爽やかに。


「それでなんで今更?」

レイチェルは自慢の長髪をかき上げる。

何かがモワッと舞った。

「二年経って、区切りをつけようかなって、思ったのよ」

シフォンも頬に触れる一房の髪を耳にかける。

花のような甘い香りがした。


「なるほどな。それで、ギルドに顔を出したと」

「そうね。一人じゃ無理だから、どなたかと思ったんだけど……」

そう言って、困ったような顔で辺りを見渡す。

視線に晒された少年冒険者が、顔を真っ赤にして慌てて目を逸らした。


「避けられてるみたいで」

レイチェルに向き直り、苦笑を浮かべる。

「今日は全く、アジラヒに感謝だな」

シャーベルの粉気付け薬すら甘くなりそうな苦笑に、レイチェルは片眉を上げて応える。


そして、大仰に両手を広げる。

ワイルドな腕毛にハエが止まった。


「寂しい時間は無駄じゃなかったぜ?」

口の前に手を持ってくると、親指と中指をぱちりと鳴らし、その音を消すようにふっと息を吐きかける。

爪の先が黒い。


「この『蒼月のレイチェル』と出会うための、スパイスだったのさ」

シフォンに向けてパチリとウインクを決める。

シフォンの後ろの方で成り行きを見守っていた、片手剣士の女性がうわっと頬を引き攣らせた。



☆☆☆



マルシェーヌ東区画……いわゆる商業区にひっそりと佇む店がある。

店の名前は『コリアンヌ』。

10年ほど前に引退したが、当時グロレンシェで最も美しいと評された踊り子の名前を冠したこの店は、その華やかな名前に似合わぬ武具屋である。


佇まいはひっそりしているが、寂れてはおらず、充実した品揃えを誇り、常連客をがっしりと掴んだお店である。


その『コリアンヌ』の奥の部屋、常連客の中でも限られた者しか入れない個室に彼らはいた。


『アルディフォン』の四人と、ギルドから連れ出されたシフォン嬢である。

連れ出したと言えば、人攫いのように聞こえるかもしれないが、ちゃんとシフォンは自分の意志でアルディフォンに付いて来たのだ。

ただ、傍目に見ると、どう見えるかは別の問題である。


「これはどうです?」

どういう組み合わせだ?という疑問を心の奥に押し込めて、いつも通りのダンディな雰囲気で弓を選ぶのはコリアンヌの店主・エディ。42歳。

アッシュグレイの髪を左流しのオールバックに、顎髭を赤に染めた瀟洒なイケオジだ。


「ふわあ……綺麗な弓ですね」

白い木に微細な装飾の施されたその弓は、武具というより芸術品に見える。

目を丸くして、恐る恐るその弓を手に取るシフォン。


シフォンの白魚のような指が装飾を撫でる。

そこに男5人の視線が集まる。

芸術だった。


「ほう。ウルジオスか」

レイチェルが目ヤニのついた目を細めて、感嘆したように呟く。


「いえ、メトルボルチェです」

エディがサラッと訂正した。

『うぇっ!?』と変な声を出したのはジェラルドだった。


どちらも白い材木を落とす樹木のモンスターだ。メトルボルチェの方がお値段は張る。

その違いは、木目の美しさで、強度や材質的にはほとんど変わらない。


「いい弓だな」

レイチェルは凹まない。

「どうだ?」

ほけーっと綺麗な顔を愛嬌丸出しの表情にして弓を改めるシフォンに尋ねる。


「綺麗な弓ですね。使うのが申し訳ないぐらい」

「お気持ちは分かりますがね。ウチのは見た目だけじゃなく、実用にも耐えられるものしか取り扱いませんよ」

エディがニっとヤンチャな笑みを浮かべる。

「引いてみて下さい」


「えっと、じゃあお言葉に甘えて」

弓に弦を張り、素引きを数回。

エディが自信を持つだけあって、木のしなりは柔らかく、表面は手に吸い付くように馴染む。

「……すごい。って、あんまり弓のことは分かりませんけど」

思わず感心のため息が漏れる。


「そいつを貰おう」

レイチェルが鷹揚に頷く。

「かしこまりました」

「えっ!? でも!?」

驚くシフォン。だって剣士だし。


「半端な腕で前線に出て、怪我でもしたら美人が台無しになっちまうからな。お前は今日から弓術士だ。頼むぜ?」

チュッと投げキッス。

「……はい!頑張ります!」

一瞬、キョトンとした後、輝く笑顔で頷くシフォン。


「次は防具だ」

レイチェルがエディを促した。

「レディが着飾るに相応しいヤツを頼むぜ?」



ちなみに矢は量産品の安いヤツにした。


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