第29話 「しかし、これでいいのか?」

薄暗いそこは、人の頭程の大きさがある木の実が屋根からぶら下がった部屋。

その木の実の影から、キシキシと不気味な音が鳴る。

音の主はそこを根城にするムカデの顎が鳴る音だ。


ムカデと言っても勿論ただのムカデではない。モンスターだ。

一つ目に大きさが違う。ムカデのくせに象の鼻ほどの大きさがある。

更にその節。尻尾の節が大きく膨らみ、その節が空中に浮かんでいる。

空を飛ぶムカデ。


このモンスターにはそういう特性があった。

身体の節に特殊なガスを溜めることでその節が浮かぶ。

木の実の上から餌を急襲するのだが、ここはSランクダンジョン。

空から襲うだけでは返り討ちに会ってしまう。


そこでこの特性だ。

頭上から襲い掛かりつつ、餌からの反撃があれば、節を浮かせることで、不規則な機動を行い、攻撃を躱すことが出来る。

そして、その顎から分泌される毒液を注入し、餌の体内をどろどろに溶かして、ちゅうちゅうと啜る。


更に、虫にしても異常なタフさも兼ね備えている。

頭を潰した程度では死なない。潰れた頭を切り離すことで、すぐさま次の節が頭となる。

そして、切り離された頭を尻尾から取り込むと、尻尾の節として蘇る。

つまり不死身。


もしこのモンスターが人里に現れたならば、たった一匹で1つの村を食らいつくすことが出来るだろう。


そんな恐ろしい捕食者が潜む部屋に、新しい獲物が現れた。


舌なめずりをするムカデ。

顎を鳴らすのを控え、その三つのデコボコの影が自分の下に着くのを待つ。


「お! ここは新しい部屋だ!」

「にゃあ!」

中くらいのが小さいのを捕まえて振り回している。

餌は不用心で、頭上などまるで警戒することもなく喜んでいる。


食いごたえのありそうな餌を見下ろし、ほくそ笑む。

――シャッ――

ムカデは飛び降りた。



☆☆☆



「うむ。虫はもういいな。核もさほど旨くない」

ボトっと落ちてきたムカデを無造作に振り払ったコロポンは、ゲンナリと感想を述べた。ここに出る虫は数は多いが一匹の強さはさほどでもないので倒すのは苦にならない。

数が無ければ更に問題にならない。

ただ、得られるものが嬉しくない。

毒針や、虫の爪は美味しくもない。

妖精の羽など食べても味も旨味も何もないのだから。


「少しは貴様も戦え」

そして、リュウセイの肩の上で丸まるマイルズに文句を垂れる。

迷子になってから早2日。

マイルズは完全に飽きていた。

戦うのも考えるのも歩くのも人任せにして、ゴロゴロと転がったり、リュウセイに甘えたりして過ごしている。

マイルズが足元や肩の上にいると流石のリュウセイも戦い辛く、結果、コロポンが一人で奮闘することになっている。


コロポンからのクレームを聞こえないふりで聞き流し、かしかしと耳の裏をかいている。


「飯にするか」

「にゃ」

すたっと肩から降りて、足元をくるくると回り始めるマイルズ。

幸いにも屋根があり、トラップもこちらから近付かなければ発動することはないので、休憩や寝泊りには困らない。

そういう意味では、立つだけでやっとの足場しかなかった岩山や、気づけば溶岩が迫って来る洞窟に比べれば、快適ではあった。


「飯も調達しないとな」

「にゃがにゃあにゃっがにゃ」

『誰かが全部消しちゃうから』とちらっと視線を送るマイルズ。

「貴様が戦わんからだろうが!」

「いちいち騒ぐな。コロポンのお陰でずいぶん助かってるんだ。ありがとよ」

「ふむ」

尻尾がぶんぶん揺れるコロポン。

「マイルズ、お前も礼を言っとけ」


「……にゃ」

「ふん」


不器用な二匹をほほえましく見ながら、リュウセイが飯の支度をする。

支度と言っても、荷物から出すだけだが。


「やっぱりあのデカいのの肉が一番うまいな」

「にゃ」

3本の鼻がある象もどきは、樹のある場所にいるので探しやすく、慣れてしまえば倒しやすく、倒した後の実入りもデカく、とてもいい獲物だった。

マイルズが入って倒す苦労はほぼなくなった。


その巨大な肉を切り分けて、岩山のツル植物が落とす黒い種をすり潰してまぶし、マイルズの魔法で一気に干し肉にする。

これがなかなか旨かった。


もう一つは、ここで手に入れた食料。

うねうねと動いているのはハチノコだ。

黄色と黒の警戒色がグルグルパカパカと光る親指ほどの蜂が、煙に見えるほどの数で襲いかかってくる。

派手な煙だ。

千匹いたところでマイルズの魔法か、リュウセイのスピアーズレイで一掃されるだけなのだが。


その蜂を倒すと落とすのがこのハチノコだ。

地面いっぱいにうぞうぞ~とハチノコがうごめく姿は背筋に寒いものが走る。


しかし、味は良い。

全部は無理なので、適当に瓶に詰めて持ち歩いている。


それらを核と一緒に並べる。


「しかし、これでいいのか?」

相変わらずリュウセイは自分たちがどこにいるのか、どっちに向かっているのか把握できていない。

「にゃ」

問題ないと自信たっぷりに核をカリカリするマイルズ。


「うむ。正解が分からぬ以上、できるやり方で進む以外やり方がなかろう」

ぺろっと干し肉を消し去るコロポンも頷く。


「そうだな」

リュウセイもハチノコを飲み込む。


本来であれば、斥候、シーフ、学者といった職業が、道を調べ、トラップを解除し、移動の規則性を割り出して、慎重に進むのだが、生憎とそんなことが出来る人はいない。


戦闘職が一人で残りは犬と猫だし。


「よし、行くか」

手早く食事を済ませると、入ってきたのとは反対側のドアを開ける。

そこには、ツタがびっしり絡みついた庭だった。

「ここは来たな」

「にゃ」

「よし、じゃあやるか」

「にゃ」


マイルズに目をやる。

マイルズは分かってるとばかりにぽわっと光る。


――どかーん!!――

直後、出たばかりの部屋のドアを魔法陣が包み込み、爆炎を上げる。


「ふむ」

爆炎が晴れた後、残った瓦礫をコロポンが爪でつついて消していく。


「さ、すすむぞ」

「ふむ」

「にゃ」

マイルズ発案の斬新な踏破方法。

『壊してしまえばここにはもう来ない』である。

一行は前へと進む。


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