第28話 「まあ、行ってみれば分かるか」

霊峰ダンシェルの麓に建てられた不思議な小屋。

この小屋から伸びる幾本もの小道はダンジョンへと続いている。

それは霊峰ダンシェルへと人を導く棺の入口と同じく、長く人の手が入っていないにも関わらず、自然に飲み込まれることなく細く存在を保っている。


その内の一本。

小屋の裏手から右に大きく曲がる道を進んだその先に、それはあった。


「これもダンジョンか?」

「ふむ?」

首をひねるリュウセイとコロポン。

退屈そうに道端の草に猫パンチを繰り出すマイルズ。

光る爪で草を刈り取れば、その次の瞬間には、草は元通りに生えている。


一行の前には一本の巨大な樹が生えていた。

巨大と言っても、象もどきが食べていた樹に比べれば、ずいぶんと小ぶりだ。

しかし、その樹に向かって道はまっすぐ伸びている。


「まあ、行ってみれば分かるか」

「……ふむ」

「コロポン、どうした?」

「ふむ……いや、何でもない……いや何でもなくはないが…」

歯切れが悪い。

尻尾も垂れ下がっている。


「なんだ?」

怪訝な顔になるリュウセイ。

その足元に尻尾をこすりつけながらあくびをするマイルズ。


「うむ……言葉にし辛いのだが……危険…とは違うんだが……ふむ…」

そう言ってうつむく。

「うーん、嫌な感じ…か?」

「ふむ…嫌な感じ…そうであるな。うむ。嫌な感じがする。怖くはないが、近寄りたくないような、そんな感じだ」

「そうか……どうするかな?」

顎を揉むリュウセイ。

リュウセイから見るとコロポンは慎重に過ぎると思うところがある。

あるが、嫌がるのであれば無理に入らなくてもいいとも思う。

他にもまだ行ってない場所はあるのだ。


マイルズはトンボにしてはひどく巨大で顎がたくましい虫の上に雨を降らせて遊んでいる。


「ふむ…。いや、気にしなくていい」

コロポンは言った。

「危険な感じがするわけではないのだ」

自分に言い聞かせるように、強く言い直した。

「……そうか?」

「にゃ」

『じゃあ行くか』とリュウセイが言おうとした時には、マイルズは既にとことことダンジョンに入るところだった。

「「おい!」」

声をハモらせて追いかける。


一本の樹にしか見えなかったそれは、やはり一本の樹でしかなかったが、一歩、近づくごとに大きさが狂っていく。


そして、その根元に辿り着いたとき、その樹はその天辺が見えないほどの巨木へと変わっていた。

そして、コロポンさえも入れるほどの大きなうろがその口を開けている。


「大樹のダンジョンか」

「……」

「にゃ?」

高すぎて霞む天辺を見上げるリュウセイと、洞の奥に目を凝らすコロポン。

マイルズが一匹、『早く行こう』と首を傾げていた。


コロポンの不安が感染ったのか、リュウセイも妙に慎重だった。

今更ながら槍を改めると、『よし』と気合を入れて洞に潜った。



☆☆☆



「……ここは、あれか?」

目の前には、樹液がトロトロと溜まったプールがある。

その樹液に、カブトムシがわらわらと集まっている。


「にゃ」

「まただな」

げんなりとした表情のマイルズとコロポン。

この『樹液プールの部屋』に来るのは、これが5度目だった。


「どこを間違えたんだ?」

イライラを隠せないリュウセイ。

巨木の中は迷宮だった。

出てくるモンスターは大したことなかった。

羽の生えた小人――妖精みたいなのか、昆虫や多足類か、どれも多少数がまとまっているものの、リュウセイ達の敵ではなかった。


問題は単純に道順だ。

迷宮のようになっているだけあって、道やら部屋やらが用意されているのだが、至る所に転移魔法陣があり、これに乗って場所を変える必要がある。

あるいは一方通行。落ちたり登ったり。

ガスが噴き出す、毒の水が湧きだす、部屋が突然潰れる、槍が降ってきて、地面から剣が生えるなどなど、罠も多い。


壁に描かれた紋様には方向感覚を狂わせる効果があるらしく、自分たちがどっちに進んでいるのかが分からなくなる。

それどころか重力すら狂っている箇所があり、降りているのか、登っているのかも訳が分からなくなる。


「この花畑もさっき見たな」

コロポンが呻く。

「にゃあっ」

腹立ちまぎれにマイルズが花畑で咲き誇る可憐な花を燃やす。

「なんで、樹液のプール部屋とこの花畑の庭が繋がってんだ?」


樹液に、花に、虫のフェロモンに、毒ガスにと臭いも複雑に混ざっており、コロポンの鼻を頼りに進むのも難しい。

しかもご丁寧に、リュウセイ達が通った後の匂いも消えてしまい、自分たちがどこをどう通ってきたのかも分からない。


「にゃがっ!?」

花畑に雨が降り始める。

「やばい! 毒の雨だ!」

「溶けるぞ!」

慌てて来た道を戻り、さっき通った樹液のプールの部屋へと戻る。

「なんだこの部屋は?」

するとそこは樹液のプールの部屋ではなく、炭が積んである炭小屋だった。


このように来た道を戻っても、同じ場所には帰れない。


「――めんどくせえっ!!」

リュウセイが吠える。


「にゃあ?」

「うむ。我も賛成だ」

珍しく意見の一致を見るマイルズとコロポン。


「……どうやって?」

その二匹を苦い顔で見るリュウセイ。

「どうやったら帰れるんだよ!?」

実はさっきからずっと帰ろうとしていたリュウセイだった。



人外のフィジカルお化けと、一撃必殺の前衛と、不死身の魔法使い。

攻撃力に特化した脳筋三人組は、ダンジョンの中で迷子になっていた。

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