第23話 「ぐ! ぬぐ! やるしかないのか!?」
テイマー界の二大派閥。
それがモッファン派とニャルフィッシュ派だ。
この二大派閥は、きのことたけのこ戦争のごとく長い歴史の間、骨肉の争いを続けてきた。
現在では、過去の苦い経験から『敢えて口にしないように』という不文律がある。
それでも、使役獣は連れているため、隠すのが難しく、また同業者のため、隔離も難しい。
そのため、あちこちでバチバチと争いが絶えることなく発生しているのが現状だ。
ニャルフィッシュ派は、自分たちを『ニャールズ』と呼んでいる。
52年前に、ニャルフィッシュ派の結束を高めるために、使われ始めた呼び方で、53年前から『モフィー』を自称しているモッファン派は、後追いの猿真似と鼻で笑っている。
黒い中型犬のようなモッファンに対して、猫のようなニャルフィッシュには様々な見た目がある。
白猫のようなのも、三毛猫っぽいのも、黒猫にしか見えないのも、アメリカンショートヘアーと見えなくもないのもいる。
この見た目の豊富さも、ニャールズには堪らないポイントだ。
その性格はまさしく『気まぐれ』。
指示を出せば愚直に従う――つもりで失敗する――モッファンと異なり、ニャルフィッシュはそもそも指示を聞くつもりがない。
契約しても戦わせるのが忍びない使役獣第一位がモッファンならば、契約しても戦わせることが出来ない使役獣第一位がニャルフィッシュだ。
気まぐれに遊び、気まぐれに餌をねだり、気まぐれに怒り、そして、気まぐれにテイマーに甘える。
この絶妙な気まぐれ加減に、多くのテイマー達は魅了され、今日もご機嫌取りに奔走している。
さて、テイマーの歴史と業の話はこの辺りにしておこう。
リュウセイはテイマーである。
そして、大体テイマーを志す人間は動物好きが多い。
リュウセイも例に漏れず、動物が好きだ。
犬も猫もハムスターもウサギも馬も羊も牛も好きだ。
しかし、テイマーである以上、モッファン派か、ニャルフィッシュ派か、そのどちらでもないのかは決めなければならない。
リュウセイがテイマーになるにあたり、真っ先にぶち当たった壁はこの選択だった。
リュウセイはモッファンを選んだ。
実家に犬を飼っていたからだ。
結局、モッファンがテイム出来ず、ニャルフィッシュに挑んだこともあった。
――どっちにしろテイム出来ずに終わっていたわけだが。
しかし、今のリュウセイは違う。
コロポンがいる。
明らかにモッファンではないが、本人がモッファンと思っていい、と言っているので、リュウセイの中ではモッファンだ。
コロポンがモッファンである以上、ニャルフィッシュをテイムすることは禁忌を犯す。
打ち込まれた楔は固く、深い。
絡み付いた鎖。
襲いかかる罪悪感。
目に映える白い毛並み。
「ぐ! ぬぐ! やるしかないのか!?」
しかし、リュウセイは遂にその楔を引っこ抜いた。
ピンと伸びた美しい尻尾。
「……やってやる!!」
鎖を引きちぎった。
自我の強い金色の瞳。
「行くぞ!」
罪悪感を置き去りにした。
「キックオフ!!」
槍が緑色に光る。
「おおっ!? 我もか?」
コロポンの牙と爪も緑色の光に包まれる。
ブン!と槍が唸る。
「始まりだっ!」
槍の穂先が白猫を捉える。
白猫の身体が光る。
浮かび上がる魔法陣。
並の魔法使いならば一月に使うであろう量の魔法を放ってなお、白猫は平然としている。
「うおおおぉぉぉおっ!!」
睨む白猫に向けて吶喊する。
リュウセイを捉えるべく浮き上がる無数の魔法陣を置き去りにする。
ただ一直線。
最短距離を駆け抜け、最短距離を貫く槍が白猫を捉える。
――カッ!!――
緑の光が破裂する。
――ニャグァ!?――
「うおっ!?」
そこから始まるのは、命の奪い合いではなく、魂の強さのぶつけ合い。
「これはっ!?」
リュウセイの中に白猫の怨嗟がなだれ込む。
それは白猫の物では無い。
白猫が飲み込んだ聖杯の欠片を埋め込まれた奴隷の記憶。
首に鎖を付けられ、無理やり四肢を押さえつけられ、台座に縛り付けられた。
ギラリと光るのは血塗れの刃物。
悲鳴を上げれば首が締まる。
痛みに身を捩れば四肢が締まる。
しかし、それはほんの序章。
激痛と共に開かれる腹。
そして、焼けた石より熱いそれが詰め込まれる。
身体の苦痛がいかほどにも思えない、魂を変容させられる激痛。
ただ恨む。
ただ憎む。
俺が何をした!
コイツらはなんだ!
神との交わりにより、原始の形に戻った魂に刻まれる怨嗟。
そして、身体が変化する。
怨嗟を体現する、異形へと。
魂を変容させて身にまとった怨嗟は、聖杯の欠片を通じて白猫の怨嗟へとなる。
二本足のひょろ影への怨み辛み。
それがリュウセイへ押し寄せる。
「ぐっ」
人の姿を変えるほどの怨嗟にリュウセイの顔が歪む。
「ふぬっ!」
横からコロポンの爪が走る。
――ニ゛ャッ!?――
コロポンの攻撃により、白猫にコロポンの思念が叩き込まれる。
それは、洞窟の外に出て発見した楽しみであり、喜び、そして、リュウセイと一緒にいる嬉しさ。
怨嗟と正反対の思念が、白猫の魂を揺さぶり、白猫が怯む。
しかし、魂に刻まれた怨嗟はすぐに溢れ出し、コロポンを押し返す。
「ぬうぅ」
リュウセイしか知らないコロポンにとっては初めて見る、人の醜悪さ。
そのわずかな隙にリュウセイが槍を突きこむ。
リュウセイの魂も、コロポンの信頼もまた白猫の知らない人の姿。
押されて、押し返して、押され返して。
白猫の力はすさまじく、2対1でも押し切れない。
「我は! リュウセイを信じておる!!」
コロポンが雄たけびを上げ、白猫に噛みつく。
――ニ゛ャア゛ア!?――
白猫を苛むソーセージの味。
その僅かな隙を、リュウセイの槍が貫く。
「お前の苦しみは分かった! だが、俺は退かん!」
突いた槍を引き抜き、反転。石突きが白猫を叩く。
「俺は決めた! 俺はもう惑わん!! 迷わん!! 退かん!!」
地面に落ちた白猫に鋒が向く。
「モッファンも、ニャルフィッシュも、どっちもモフるんだあ!!」
魂の深層から轟いた叫びが、白猫を穿つ。
「俺に応えろ! ノーサイドぉ!!」
赤い光が弾ける。
それはまるで草原改め、焼け野原に落ちた赤い
――ニャアアアァ!!――
響き渡る悲鳴。
あるいは歓声。
――リュウセイの覚悟が白猫の怨嗟を塗り替えた。
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