第20話 聖杯伝説
『
数千人に一人という低確率で生まれる彼等は、生まれながらに極めて高い治癒術の適性を持っている。
この授杯者の認定を行うのが『聖王教』という宗派である。
ミミの所属とはまた異なる。
『聖王教』は優秀な治癒術師を祭祀者として抱えており、現在、多国籍にわたり、無視し得ぬ勢力を持っている。
『聖王教』において授杯者は、授杯の言葉の通り『身体の中に杯がある者』と定めている。
実際に彼等の身体の中から杯が出てきたことはないのだが、『杯がある』と言う。
その謂れを少々説明しよう。
この杯は元々『聖杯』と呼ばれる神より授かった神器である。
これは、万病を治す『奇跡の雫』が湧き出る杯で、遥か太古の昔、疫病が猛威を振るった際に、天神の一柱が人々を救うために施した奇跡であった。
その神の名はランクセノン。慈愛の神である。
ランクセノンより杯を授けられた太古の王は、その奇跡の力で、疫病を沈め、人の世に平和が訪れた。
しかし、それより時が進むと、再び疫病が猛威を振るった。
その疫病は、かつてのそれよりも激烈であった。
奇跡の雫は間に合わず、多くの人命が奪われた。
『賜杯の王』と呼ばれていた当時の王は、万人の命を救うため、天に祈りを捧げた。
すると、聖杯は天高く浮かび上がり、粉々に砕け散った。
唖然とする王は、その時、一条の雨が降るのを見た。
ランクセノンは、王の願いを聞き届け、奇跡の雫を雨に変えて国中の民を救ったのだ。
この時、砕けた聖杯の欠片を雨とともに飲み込んだ者がおり、これが転生を遂げ『授杯者』として生を授かっている。
このランクセノンの奇跡と、賜杯の王・アピタルの偉業は、民草により信奉を集め現在『聖王教』となった。
……と、聖王教は言っている。
しかし、聖王教が喧伝する以前の伝承には少々趣が異なる話が残っている。
疫病から人を守るため聖杯を賜ったこと、それがランクセノンの奇跡であったことは同じ。
それにより、疫病より人を救ったのも同じ。
それ以降が少々違う。
聖杯を授かった賜杯の王の一族は、その神器の力を持って支配圏を拡大した。
その中でも、アピタルは奇跡の雫を独占し、私欲に溺れ、暴虐の限りを尽くした。
その結果、かつての疫病の比にならないほどの人死にが出た。
ランクセノンは嘆き悲しみ、己が下した奇跡を悔い、神の雷でもって、神器を粉みじんに砕いた。
最大の後ろ盾を失ったアピタルは焦った。
焦った結果、なんと悪神に縋った。
そして面白がった悪神は一つの策を授けた。
「奴隷たちの腹を開き神器の欠片を詰めろ。神器を受け入れた人間は神の力を体現する」
欠片とは言え、神器は神の依り代である。生身の人間に受け入れられようはずがない。ほとんどの奴隷は、発狂し、異形の姿となって朽ちた。
その中で、ほんの一摘まみが、神器を受け入れることが出来た。
アピタルはその奴隷を『神の使徒』と名付けた。
千に砕けた欠片を用いて、報われたのはわずかに4名。
この4名はアピタルの下で栄華を極めた。
ちなみにこの4人は、『密室の四煌』と呼ばれる聖王教の最高幹部と家名が同じだったりする。
陰謀臭い話はともかく、聖王教の抱える多くの治癒術師たちが、更に多くの人命を救っているのは事実である。
さて、話題は当時に遡る。
当時と言うのは、アピタルが悪神の助言を受け、1000人以上の奴隷の腹を掻っ捌いた時だ。
発狂し、異形となった奴隷の中に、一人、不完全ながら、奇跡の力を宿した者がいた。
奴隷であったので名前は無い。
その者は、アピタルの配下に無数の矢を浴びせられながらも死ぬことは出来ず、ただアピタルの下から逃げるという念に囚われ、ふらふらと彷徨い続けた。
そして、とある険しい山に辿り着いた。
そこには、人語に尽くせぬ怪物の巣窟で、その強さは神の奇跡を持って尚、抵抗できるものではなかった。
元より、心を失った彼には抵抗するという思念すらなかったのだが。
噛みつかれ、引きちぎられながら、元奴隷は、ようやっと斃れることが出来た。
深い深い草むらの中だった。
もし、彼がまだ人であったならそのまま屍は土に飲まれ、跡形もなく消え去っていたはずだった。
しかし、彼は神と交わり、異形となり、その屍はもはや人ではなかった。
人でなくなった彼が土に飲み込まれると、土は小さな欠片を吐き出した。
それはどこか、核に似ていた。
草むらに転がった小さな欠片。
立ち昇って見えるほどの力を発する小さな欠片。
それは随分なごちそうだった。
匂いに惹かれ、一匹の獣が近づいた。
そして、とびきりの核と思い、それを飲み込んだ。
純粋たる神の力ではなく、人の魂により、異形の理に半分変容した奇跡の力を。
神の力を宿した獣――
――『神獣』が生まれた。
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