第17話 あるアパルトメントに落ちた雷
ダンジョンに囲まれた街・マルシェーヌ。
そのマルシェーヌの南区画。
いわゆる住宅区と呼ばれるエリアにある、新しくはないアパルトメント。
建物の名前を『グリジニーヌ』。
童話にある、夜になると人知れず現れて、その人がほんの少し幸せになるいたずらを仕掛けて帰る妖精たちの住む隠れ家の名前が由来になっている。
3階建ての建物は、階ごとに4部屋ある。
横並びではなく、真ん中に十字の廊下があり、4つの角に面するように4つの部屋がある。
マルシェーヌを含めるグロレンセ地方に多い建築様式だ。
グロレンセ地方では、木造建築が多い。
湿度が高いからだ。
そして、高い湿度を風の通りにより逃がす工夫が施された建物は、部屋の音が外へと漏れやすい。
そのため、こういうアパルトメントでは真ん中に廊下を作ることで、隣室からの騒音に対応している。
そんなありふれたアパルトメント『グリジニーヌ』の2階の東の部屋。
その部屋に、雷が落ちた。
「アンタらの部屋から異臭がするって苦情が来てんだよ!!」
雷神ゴルシェが耳をふさぎたくなるほどの大音声で怒鳴っているのは、グリジニーヌの大家・ミネルバ婦人。48歳だ。
貫禄のある腰回りと、人生経験の豊かさを蓄えた顎を持つ。
茶色がかった金髪をパイナップルのヘタのように頭の上で括り、お気に入りのモコビットの描かれたエプロンを付けている。
婦人に叱られているのは、濃い髭の生えたカバみたいな顔の男。
『アルディフォン』がリーダー・レイチェルだ。
スパイクベアーの咆哮にも怯まない彼の顔には、大きな字で「タジタジ」と書いてある。
「なんだい!! このきったない部屋は!!」
腰に手を当てて怒鳴り続ける婦人。
事実、足の踏み場もない、という有様だった。
「どうなってんだい!!」
女性であれば尻込みする汚部屋にも婦人は躊躇しない。
風が通るということは、風に乗って臭いも通る。
そのため、騒音と並んで異臭のクレームは多い。
異臭に怯んでいるようでは大家は務まらない。
床に落ちている黒っぽいものを摘まみ上げる。
「腐ってんじゃないか!!」
それは脱ぎ散らかした靴下だった。
湿度の高い部屋に、汚れた靴下を放置していたのだ。
黒いのはカビである。
元は水色だった。
「アンタ何してんだ! いい歳して!! ええっ!?」
「いや、そりゃシャインの「やかましいよ!!」
腐臭を発する元靴下を叩きつけると、ずかずかと台所へ足を運ぶ。
「見てごらんよ!! この有様を!!」
流しには、脂の浮いたり、確認するのに勇気が必要な何かがこびりついたりした鍋がごちゃあっと積みあがっている。
「いいね!! とっとと片付けるんだよ!! 明後日までに片付いてなかったら出てってもらうからね!!」
中一日猶予を与える心優しい婦人だった。
「すんませーん……」
ぷりぷりと肩を怒らせて帰る婦人を、へらへらと頭を下げて見送ったレイチェルが改めて部屋の中を見る。
「確かにちょっと汚えか……? アイツら掃除しねえからな」
パーティールームだけでなく、自室の中も似たようなリーダーはメンバーのせいにした。
「前は、キレイだったんだがなぁ?」
半年ほど前に、あるお嬢さんが吐き気を催したのだが、これは件の見習いヒーラーが潔癖症というわけではない。
元からアルディフォンのパーティールームは決してキレイではなかった。
ただ今ほど散らかってはいなかっただけだ。
なぜならリュウセイがポイポイ捨てていたから。
リュウセイという男は、とかく物欲とか、モノに対する執着が低かった。
ついでにモノが多いのも好きではなかった。
ゴミと思ったものは遠慮なく捨てていたので、比較的片付いていただけだ。
別に清潔ではなかった。
「あの婆さん、ホントに追い出すからな……」
実績は十分ある。
リーダーは頭を抱えた。
「とりあえずアイツらを呼ん……でもムダか……」
再び部屋を見渡す。
「しゃあねえ、掃除屋に頼むか……」
純粋に掃除代行サービスを頼むという意味だ。
「高けんだよなぁ」
言うほど高くはない。
ただ、自分の興味のないことに金を払うのが嫌なだけだ。
「まあでも、エミリーが帰って来た時に、部屋が片付いている方が都合がいいか」
もしゃもしゃと指毛の絡まった太い指が、怪しげにぐねぐねと動く。
無意識だ。
「ったく、リュウセイのヤツも、もうちっと役に立ちゃあなあ」
ぼさぼさの髪をガシガシと搔きむしる。
苛立っているのではなく、単に痒いだけだ。
「テイマーのくせに、手ぶらだからな。使えねえ。もうちっと見どころあるヤツかと思ったんだが」
今度はガシガシと髭面を掻く。
「まあ?どっかで、強えモンスターでも捕まえて、ちったあ役に立つようになったら戻してやってもいいんだがなあ」
独り言が続く。
「つっても、俺たちの仲間だからな。半端なヤツじゃだめだ。それこそガブラムの神兵を飲み込んじまうようなヤツだな」
『
「しっかし、あー、めんどくせえ……」
ぶちぶち言いながら、レイチェルは部屋を後にした。
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