第16話 「次だな」
川の水をコップに入れ、碁石の白石みたいなのを入れる。
この石は
飲めそうな水が、飲めるかどうかを判別するための道具だ。
そのまま待つこと5分。
石の色は変わらなかった。
「これは大丈夫だ」
「うむ!」
許可が出るなり、コロポンが川に飛び込む。
流れは緩やかで、深さもない。
入っても、コロポンの膝下までだ。
「冷たいぞ!」
初めての大量の水にも全く恐れることなく、バッシャバッシャと跳ね回って遊んでいる。
ざぶっと水の中に顔を突っ込んでみたり、その顔をざばっと引き上げてブルブル振るわせたりもしている。
なんせ楽しそうだ。
リュウセイもそれを見ながら、焚火を起こしさっき手に入れたポキリンの肉をさっそく焼き始めている。
そこがSランクダンジョンの中であることと、コロポンのサイズさえ気にしなければ、とても牧歌的な一幕だった。
――スーーー――
そうここがSランクダンジョンの中でなければ。
跳ね回って水遊びに夢中なコロポンに音もなく近寄る謎の影。
コロポンの跳ね回る範囲を図るように、近づいては離れ、近づいては離れを繰り返している。
――ざぶん――
コロポンが顔を水の中に突っ込んだその時。
――ザバァッ――
川の水が大きく跳ねる。
そして、コロポンの首筋に向けて、黒く長い蛇のようなもの――巨大な鰻みたいだ――が一直線に飛び掛かる。
――ザシュッ!――
――ギエェェエ!!――
鋭い音に、奇妙な悲鳴が続いた。
――ざばぁっ――
コロポンが頭を上げる。
「ん? なんだこれは?」
そのすぐそばに槍に貫かれた鰻がうねうねとのたうち回っている。
「危ないぞ」
槍を投げた姿勢のままのリュウセイが、やれやれとばかりに首を振っている。
「すまぬ。少しはしゃぎ過ぎた…」
――バチィッ――
コロポンが謝るために身体の向きを変えた時、鰻の頭と思しきあたりに、紫色の魔法陣が一瞬で浮かぶ。
「うおっ!?」
魔法陣が浮かぶなり伏せるリュウセイ。
紫の魔法陣は雷魔法。
発動から効果までが極めて短く、さらに麻痺やスタンと言った追加効果があるものが多い。
起点から水平に広がる範囲を持つものが多いため、効果的な対処法が『その場で伏せる』となる。
直後、魔法陣が一気に爆ぜる。
そして、爆音が広がると同時にリュウセイは跳ね起きる。
爆発系の火魔法と違い、効果は一瞬で終わるので、追撃に備えるために、こういう動きになる。
鰻を見ると、皮の真ん中で槍に突き刺さりだらりと息絶えていた。
最後の悪あがきだったらしい。
いい迷惑だ。
その横で、目をぱちぱちさせているコロポン。
「なんだ今のは……!?」
何ともないようだった。
「平気か?」
「びっくりした……」
尻尾がピーンと伸びている。
……それだけだった。
直後、川底が盛り上がり、黒い蛇をうぞうぞと飲み込んだ。
代わりに川面に核と白いものがぷかりと浮かびあがる。
「ああ! 流れされる!!」
リュウセイは慌てて川に飛び込んだ。
☆☆☆
「この変な馬みたいなのの肉は旨いな」
焼けたポキリンの肉に塩をふって食べる。
旨いが拳程の大きさしかない。
「こっちの白い肉は……旨くないな」
川から拾い上げた白身魚のような肉を焼く。
鰻の白焼きなのだが、食べ慣れないリュウセイの口には合わなかったらしい。
焼けている間は隣にいたパタパタ尻尾を振ってヨダレが垂らして待っていたコロポンは、『旨くない』と聞いて、ショボりした。
「いるか?」
食べさしだが、ふっくら脂の乗った白焼きを差し出す。
「う、うむ」
顔には『旨くないのか〜』と書いてあるが、断らない。
恐る恐るパクッと食べる。
「どうだ?」
「……ふーむ……旨くはないな」
「……だよなぁ。これが旨いならここを狩場にしてもいいんだが……水もあるし……」
水があるというのはリュウセイにとって魅力的だった。
悩むリュウセイ。
「次だな」
そんなリュウセイの背中を押すように、厳かに頷いた。
☆☆☆
コロポンの強い意志に押されて、次の獲物を探す。
進むのは川沿い。
草が少なく歩きやすいから。
川下に向かって歩いていると、時々、川から例の鰻が襲いかかって来る。
襲いかかるなり、コロポンがパクパク食べている。
旨くはないらしいが、嫌いでは無いらしい。
「肉はともかく核が旨い」
聞くとそう答えた。
ちょっと言い訳っぽく聞こえるのは気のせいか。
変わり映えしない道を進めば、変わり映えしないモンスターが襲いかかる。
中天に入った日差しが、徐々に傾き始める。
ひょこひょこ歩く2人に長い影が伸びる。
「日が暮れるな」
「うむ」
難しげな声のリュウセイと、楽しげな声のコロポン。
「暗くな「やはり、暗い方が落ち着くな」
意見が合わなかったらしい。
「……そうなのか?」
普通では考えられない発言にリュウセイが変なものを見たような顔をする。
「うむ。我は明るい所に出たことがなかったからな」
「……」
「明るい所でも困りはしなかったが、やはり暗い方が動きやすいな」
「……そうか」
遠くに沈む夕日に眩しそうに目を細めるコロポン。
その横顔に『変わった犬だな』と思ったリュウセイだった。
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