第15話 「無理だ!」

ボンボンと上がる火柱。

その中をヒラヒラと躱す人影。

その様を草の陰からじーっと見ている黒い影。

身体が大きすぎて全然隠れていないが、そもそも隠れる必要もない。


コロポンは、ジリジリしながらそれを見ていた。

心配はしていない。

ただここでじっとしているのが耐え難い。

でも、リュウセイの命令なので仕方ない。


草原に群れる黄色くて首が長いモンスターは変なモンスターだった。


リュウセイの槍が刺さるかと思うと幻のように消える。

それも群れが全部。

いなくなる訳ではなく、近くにいて、何事もないかのように草を食べ続けている。


しかし、敵は認識しており、何匹かが魔法を使っている。


「無理だ!」

リュウセイの声が聞こえる。

それと同時にこっちに駆け戻って来た。

ちょっと嬉しい。



「どうする?」

パタパタしそうになる尻尾をキュッと押さえて、難しそうな声を出す。

「逃げ足が速すぎて無理だ」

渋い顔でリュウセイは断言した。

あんなマヌケそうなモンスターに遅れを取ったのが悔しい。

群れているのに一匹も狩れないとは思わなかった。

草食系の群れというのは一匹が食われている間に他が逃げるためにある。

だから一匹ぐらいは狩れるだろうと睨んでいたのだが。


「まだ諦めんぞ」

しかし、気を取り直す。

「ふむ」

鼻がピクピクっと動く。

「二人で追い掛け回せば一匹ぐらいは狩れるはずだ」

「ほう」

耳がパタパタっと動く。

「しつこくいけば群れからはぐれるヤツも出てくるはずだ」

「分かった」

厳かに頷いた。



☆☆☆



「肉の感じは鹿っぽいな」

落ちた肉塊を手にしげしげと眺める。

ついにポキリンのドロップを獲得した。


見込み通り、ポキリンは肉を落とした。


「ただ割りに合わんな」

コロポンとリュウセイが追いかけ回して3時間強。

ハードワークなくせに肉は小さかった。


「タフだったな」

うむ、と頷くコロポン。

コロポンの爪や噛みつきはポキリンを一撃で葬ったのだが、リュウセイの槍は思いの外手こずった。

一撃では仕留めきれず、この肉を手に入れるのに3発かかった。

あの近づくと消えるモンスターに3発入れるのは相当な手間だった。

一撃で決められるコロポンも、3時間追い掛け回してやっと3匹だった。


「コイツを食料源にするのは非効率だ」

「ふむ。味は旨いが、確かに小さいしな」

「違うヤツを探そう」

「うむ」

3時間以上走り回って後、休憩もそこそこに次のモンスターを探す2人だった。


ちなみに、草原のダンジョンとただの草原の違いというのは、大きく2つある。

1つは倒したモンスターが地面に飲み込まれるかどうか。

もう1つは、見た目通りの広さかどうか。

外から見るとそんなに広くないのに、中に入るととてつもなく広い不思議空間になっているのがダンジョンだ。


この特徴は、森、川、砂漠、洞窟などにも言える。

デビューしたてで気が大きくなっている冒険者が外から見た感じで大した広さはないと思い込み、準備不足でひどい目に合うというのは良くある話だ。


冒険者にとっては常識であるが、この草原はそれでも広かった。

しかも人が入っていないので、道も何もない。

草丈が高く群生しているので進むだけでも一苦労だ。

本来は。


更にモンスターの襲撃がある。

先に出てきた猫ぐらいのライオンは縄張りがあるらしく、一度に一匹しか出てこないのがせめてもの救いか。


他にも、ウサギほどの大きさのハイエナみたいなモンスターが数匹の群れで追いかけても来た。

姿がかすむほどの速さで襲いかかる羽の生えた蛇のようなモンスターもいた。

空から透明になって襲い掛かって来る鳥のモンスターもいた。


どいつもこいつもとにかく動きが速く、クセが強い。

「洞窟と違い広さに制限がないからか」

「ふむ。単純な一撃の威力は低いが、手間のかかるものが多いな」


不定期に襲い掛かるびっくりモンスターを返り討ちにしながら進むこと暫く、二人はそれを見つけた。

「川だ」

「おお! 水がこんなに!」

コロポンが尻尾を振りながらわしわしと進む。

その先には、ゆったりと川が流れていた。


「川が珍しいのか?」

川原をドタバタと走り回り、川の水に手を付けようとしてひっこめたり、鼻を近づけてはひっこめたりするコロポン。

明らかにはしゃいでいた。


「うむ。洞窟にはこんなに水がなかった」

ぽたぽたと水が滴る場所はあったし、ちょろちょろと湧いている場所はあったがどれもせせらぎになるほどの水量はない。


「水がなくとも困らんが、こうして見ると面白い」

他のモンスターの核が食べられれば水や食事を必要としない、と説明する。

核を食べられない場合、水や食事が必要になるので、水の湧く場所には弱いモンスターが集まりやすい。そして、そういう弱いモンスターを狙う中途半端なのも集まるので、便利な場所だという認識、とも。


「ここのモンスターの身体が小さいのも核の問題であろうな」

腹に響くバスボイスで考察を披露すると、信憑性が高く聞こえる。


「あの洞窟はモンスターの数が多く、獲物を探すのに苦労はしなかった」

モンスターを探して歩き回るから分かる。

自分の育った洞窟のモンスターの密度の高さを。


「しかし、ここは思うより遭遇しない。しかも隠れる場所も逃げる場所も多く、狩りが難しい」

コウモリやネズミ、蛇でよければ壁や天井に密集していたので、適当に爪を振るえば何匹でも狩ることが出来た。

しかしここではポキリン一匹狩るのも時間がかかる。


「身体が大きいと、必要な核の数が増える。だから身体の大きなモンスターがいないのだろうな」

「なるほど……俺は核を食っても腹は膨れねえんだがな」

ほんのり甘くて美味しいが、これで生きていけることはないだろう。

腹は減る。


「ふむ。生き物としての理が違うのだろうな」

コロポンは重々しく頷いた。


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