第14話 「アイツらは肉が落ちそうだな」

草原。

そう言うと、地平線が見えるような広い大地をイメージするかもしれない。


しかし、そこは違った。

「草が高過ぎてよく見えねえな」

リュウセイが毒づく。


そこは草原には違いなかったが、とにかく草丈が高い。

ぐるりと囲まれているので、視界が悪かった。


と言っても、進みにくくはない。

前を進むコロポンが爪で薙げば草は簡単に消えてしまうので。

ただ先が見えにくいだけだ。


「来るぞ」

コロポンの尻尾がピンと上がり、顔が右を向く。

――カサッ――

コロポンの顔の先、右手側の草が静かに揺れると同時に、ライオンのようなモンスターが踊りかかる。

見た目はライオンだが、大きさは猫程度だ。


「うりゃ!」

リュウセイが槍を突き出す。

――グォア!――

鳴き声はライオン。

空中でクルリと身体を捻り、槍を躱す。


「せい!」

躱された槍を横薙ぎに振るい、追撃をかける。

――ガオッ!――

崩れたと思った体勢から、なんともう一度宙を蹴って飛び跳ね、更にもう一度、宙を蹴って、急降下する。


――バクッ――

ライオンの爪がリュウセイを貫くかというその時、横合いから現れた黒い顎がガブリとライオンを飲み込んだ。


「ふむ。草の中から不意打ちとは、質が悪いな」

今回もそうだが、闇の特性を使って気配を殺し、意識から外れ、死角からの丸飲み。

コロポンの必殺技である。


「臭いも紛れるんだな」

「ふむ。草の匂いに紛れるな。だいぶ近付いて来なければ分からん」

臆病者故か、はたまた犬っぽい見た目の故か、コロポンはあらゆる気配に敏感だった。

音にしろ、臭いにしろ。


そのコロポンが攻撃を仕掛けられるまで分からない。

更に動きがややこしい。

洞窟で会ったコウモリも不思議な軌道で飛んでいたが、ここのライオンはそれよりも難しい。


動きが読めないのではなく、動きを読まれ、避けられてしまう。


しかも、空中に足場があるように、飛び跳ねるのだ。

身体が小さく動きも速く、リュウセイの槍が思うように当たらなかった。


「……それよりも、だ」

「む?」

深刻な表情のリュウセイ。

「お前が食うと、何も残らねえんだな」



☆☆☆



「群れだ」

「うむ」

背の高い草むらの陰に隠れたリュウセイと、草むらから身体が出ているがリュウセイより気配のないコロポン。


「……なんだあれは? 牛か?馬か?」

その目線の先には、呑気に草を食む黄色に茶色い斑点のついた首の長い獣が群れていた。

数が多い。30はいる。

大きさはポニーほど。

頭には小さな角が2本生えている。


凶暴さは感じないが、ダンジョンの中にいるモンスターだ。

安全なはずはない。


「アイツらは肉が落ちそうだな」

「ほう?」

コロポンにはそういう経験値はない。


「とりあえず、静かに近付いて一撃食らわせてみるか」

「うむ」

「お前は攻撃するなよ?」

「……うむ」

尻尾が萎れた。




「なんだコイツは!?」

リュウセイが驚く。

「くっ!?」

慌てて飛び退く。

その場に火柱が吹き上がる。

飛び退いたその先にも、火柱が。

草原にあってそこだけ火口のようだ。


リュウセイは踊るように火柱を躱し続ける。


さっきまでここで呑気に草を食んでいたモンスターの群れは、少し離れた場所で変わらず草を食んでいる。


そのうちの数匹が気だるそうに首を持ち上げ、リュウセイを見ている。

その頭に生えた短い角がピカーピカーと赤く光り、その度に魔法陣が浮かび上がる。


「数が多い!」

角が光る度に火柱が上がる。

一匹の魔法の頻度はそれほどではないのだが、4、5匹が次々に放って来るので、隙がない。


それでもリュウセイは何とか火柱の間を掻い潜り、群れに近付く。

群れの大半は相変わらず呑気に草を食んでいる。


「ストリーム!」

火柱の影から飛び出すなり、スキルを発動。

一番近くで草を食べているモンスターに照準。


リュウセイが残像を残すほどの速さで突進する。

――が。

「これでもか!?」


槍の穂先がモンスターに吸い込まれるか否かというタイミングで、モンスターが幻のように消える。


そして、再び足元から吹き上がる火柱。


見ればまた少し離れた場所で変わらず群れがムシャムシャと草を食んでいる。


「無理だ!」

判断するなり、脱兎のごとく逃げ出した。



☆☆☆



ポニー程の大きさしかなく、キリンのようなモンスターには名前がない。

このモンスターだけでなく、霊峰ダンシェルのダンジョンに生息するモンスターのほとんどに名前がない。


この山でまともに生活したのが、マジェリカぐらいしかおらず、そのマジェリカすら記録を残さなかったので、当然と言える。


しかし名前が無いのも困るので、とりあえずポキリンとしておこう。


ポキリンの最大の能力は、群れ単位で発動するテレポートだ。

群れのどれかが気付いて発動すれば、群れ全体がテレポートする。


その移動距離はせいぜい100mほど。

移動距離や精度は低いが、恐るべきはその発動速度だ。


元々テレポートは発動までのタメが短い魔法だが、それでもタメは必要だ。

コロポンは闇から闇、かつ数メートル以内という限定条件でテレポートすることが可能だが、それでもわずかなタメは必要だ。


その瞬きほどのタメがなければ、闇の間でリュウセイは影すら残さず消えていただろう。


しかし、ポキリンのテレポートはそのタメが無い。

短いではなく。

無い。

ゼロ。


そして、安全圏に避難してからはカウンターとばかりに上級火魔法・デビルズラダーを打ちまくる。

数匹が順番に、更に疲れたら選手交代して。


草原で平和に草を食べられるのは、それだけの実力があるからだった。

平和そうな見かけによらず、危険で厄介なモンスター、それがポキリンだった。


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