第12話 「一緒に行こうぜ?」

『ぐぇぇえええええ!?』

黒い塊は悶えていた。

かつてない衝撃。

痛いんだか苦しんだか熱いんだか冷たいんだか、もうさっぱり訳が分からない。


精霊から変質した黒い塊は、今なおその本質は精霊に近い。

精霊というのは物理的な痛みを受けない。

唯一、『素』というモンスターでいう核にあたるその小さな小さな砂粒ほどの欠片が物理的な衝撃に恐ろしく脆いが、それ以外は斬ろうが殴ろうが焼こうが凍らせようがほとんどダメージはない。

特に黒い塊は『闇』なのでなおさらだ。


そして、黒い塊は臆病者だった。

これまでの戦いは、その特性を生かし、気配を隠し、死角から近付いて大きな口でばくりと一飲みにする、という戦い方だった。


つまりその強大な力に反して、ダメージへの耐性がなかった。

生まれてから初めてといっていいいダメージに混乱の極致にあった。


そのダメージを与えたのがリュウセイだった。

例えばこれが、普通のテイマーだったなら。

それは、基本的にぽけーっとした性質のモッファンが、器の大きさなどほとんど考えることなく、スキルを使われればぽてぽてついていくようなモッファンが、あまりの器の大きさに慌てて逃げ出さずにはいられないような存在でなければ。

あるいは、通常であれば間違って口に入れれば発狂するほどの魔力が込められた核をおやつ代わりに食べて、恐怖心を忘れ興奮する程度の症状で、その力を血肉に変えるような強靭な精神力の持ち主でなければ。


子どもが初めて見た火がライター程度なら、そこそこの衝撃で済んだかもしれない。もしかすれば手品を見たように喜ぶこともあっただろう。

しかし、それが街一つ焼き尽くしうる火炎放射器だったなら?


黒い塊は混乱の中、たった一つ、目の前の猿もどきに対する恐怖だけを明確に覚えていた。


黒い塊はその恐怖を振り払うように、爪をふるい、噛みつこうとした。


闇の特性は攻撃に転ずれば「消滅」。

全てをその深い闇に取り込んでしまう。


なりふり構わぬ攻撃の一つ一つがまさに必殺の一撃だ。


『当たれぇえええ!!』

黒い塊は必死だった。

敵はそこにいる。

向こうからこちらは見えないはずだ。


『当たれぇぇえ!!』

しかし当たらない。

なぜか躱される。

ひらりと。


『ぐえええ!?』

なのに躱すと同時に振るわれる槍は、必ず自分を捉える。

槍が身体の中を通り抜ける度、ミシミシと魂が軋む。


『消えろォおおお!!』

首を伸ばして噛みつく。

ひらり。

『ぐぇええ!?』


『避けるなぁあああ!!』

腕を伸ばしてひっかく。

ふわり。

『ぐほぉおお!?』


『なんだお前はぁああ!!』

猿もどきの正面から爪を振るい、当たる刹那、背後の闇へと瞬間移動し身を躱したそこに食らいつく。

はらり。

『どふぅっ!?』


何度攻撃しても、どう攻撃しても紙一重で躱され、カウンターを叩きこまれる。

槍が身体を通り抜ける度、魂はますます軋み、悲鳴を上げ、攻撃が鈍る。


そして、その時が訪れた。


「ノーサイド!!」

『むっ!?』

猿もどきが叫ぶなり、緑だった槍が赤くなる。


『ぐふぅっ!?』

そして、神速の一突き。

槍の変貌に一瞬気を取られたその隙を、槍が見事に貫いた。


『ぐふぉぉおおおおおお!?』

そして流れ込む、情報の奔流。


猿もどきの名前。

半生。

渇望。

絶望。

苦悩。

そして希望。憧れ。


そして黒い塊は知る。

『なんと……』

自分が命がけだったこの戦いが、実は力比べだったことを。


猿もどき…いや、リュウセイからの声が届く。

「一緒に行こうぜ?」


「……よかろう」

黒い塊は、そう答えていた。



☆☆☆



「こ、ここが外か……」

黒い塊は、初めて見る日の光に目を細めた。

「ふむぅ……」

洞窟の外でピコピコと尻尾を振ってみる。

パタパタと耳を動かしてみる。

草の匂い。

風の音。

鳥のさえずり。

全てが初めての経験だった。


ダンジョンに生まれたモンスターは、ダンジョンの外に出られない。

核がダンジョンに縛られているのだ。

そういう意味で鳥籠の鳥だ。


1つ違うのは、外の景色を求めていないことだ。

ダンジョンの外に世界があることを気にしたことがない。


「ここが外かぁ……」

リュウセイと契約したことで初めてダンジョンの楔が外れた。

契約主がダンジョンからリュウセイに書き換わったと考えるのが分かりやすいかもしれない。


「………」

「どうした?」

初めて見る広い草原を思い切り駆けてみたいという欲求を、矜恃で押さえ込んでいると、隣でリュウセイが微妙な顔をしていた。


正確には悲しんでいる。

リュウセイの感情を読むことができた。


「お前……モッファンじゃなかったんだな…」

リュウセイは凹んでいた。

契約が成立した時、この黒い塊の情報は入って来ていた。

〖闇の精魔しょうま〗という聞いたことのない種族だと知っていた。

しかし、洞窟の中は暗かったので、ちゃんと姿は見えなかった。

洞窟の足元を照らす光る石もなぜか、この黒い塊が近づくと光を失い、洞窟が闇に包まれる。


通り過ぎるとまた光るのだが。


しかし、洞窟の外に出て、日の光の下で見ると、この闇の精魔は、やはり、どう見てもモッファンではなかった。


黒い犬。

それは同じと言えなくもない。


しかし、こっちは、毛足が長く艶がない。

口先も長い。

耳は垂れている。

尻尾は長くモコモコしている。

それより何より、大きさが違った。


モッファンは大きな個体でも、せいぜい腰程の高さしかない。

しかし、この闇の精魔は背の高いリュウセイより大きい。


何よりあの愛嬌の塊のようなモッファンと違い、身体の各部位の殺意が高すぎる。


脚にはもれなく、ツルハシのような黒い爪が、口元にも大型ナイフのような黒い歯が生えている。


それに、声が低い。

可愛いらしくない。


アイドルにはアイドルらしい可愛らしさが必要だ。


「う、うむ……モッファンではないな」

新しい主人があからさまに落胆していて、居心地が悪い。


モッファンなるモンスターを見た事はないが、リュウセイの半生を見た中で、その脆弱で迂闊そうなモンスターに並々ならぬ夢を抱いていたのは知っている。


なんだか申し訳ないような気がする。


「いや、いいんだ……俺の力不足なんだ……」

そう言ってずーんと凹む。

さっきまでギラギラした目で嬉々として槍を振っていたのに。


感情の落差が激しい。


「う、うむ。我はモッファンではないが、まぁ、似たような見た目の部分もあるようだし、その、まぁ、モッファンと思って接しても構わぬが…?」

闇の精魔は控えめにそう提案した。

自分の格にこだわりはないタイプだった。

そういう意味では忠犬だった。


「ホントか!?」

そして、その提案にリュウセイの目がキラキラする。

まるで少年のようだ。


「う、うむ」

戸惑いながら答える。


「よし! じゃあ、お前は今日からコロポンだ!」

それは、リュウセイがモッファンを仲間にしたら付けようとしていた名前だった。

「う、うむ。我の名はコロポン」

腹に響くバスで、闇の精魔は名前を受け入れた。



リュウセイが、そして、世界がコロポンの真の実力を知ることになるのは、もう少し先の話だった。




ーーーーーーーーーーーー

リュウセイに仲間が見つかったよ記念!

で、褒めて下さい 笑

☆、フォロー、♡付けて頂けて欲しいです。

頑張りがいを下さいч(゜д゜ч)www

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