第10話 「行くぞ!!」

つるんとした黒く短い毛。

三角にぴょこんと立った耳。

黒い鼻はツヤツヤと輝き、まん丸な目がキラキラとしている。

口からチロっと覗いた下は赤く、はっはっと短く息を吐いている。

よく見えるのはそのフサフサした尻尾。

柔らかそうな尻尾は左右にフラフラと揺れている。


見た目は完全に犬だ。黒い中型犬。

しかし、犬ではない。

モッファンというモンスターである。


モッファンは、ダンジョンではない場所に現れるモンスター……俗に言うノラである。


ノラは基本的に危険がない。

危険がないと言っても、犬でも噛まれれば怪我をするわけで、扱いによるのだが。


ただ積極的に襲ってこないし、気を付ければ撫でるぐらいは出来る程度には温厚な生き物だ。


そんなモッファンの前に立つのはリュウセイ。

しかし、今より少し若い。

若いというか、幼い。

アルディフォンに加入して間もない15歳の頃だ。


緊張で引き締まった顔をして、槍を構えている。


モッファンは、『なに?なに?』とばかりにリュウセイの前をチョロチョロしている。


「ヨシ!」

リュウセイが気合いを入れる。

「キックオフ!!」

リュウセイの叫びにモッファンがビクッとなる。

同時に槍がぼやーっと緑に光る。


そして、叫び声にびっくりしたモッファンに向けて、緑に光る槍の石突を突き出す。


――キャウンッ!?――


槍の一撃を受けたモッファンがびゅーんと吹き飛び、草原の上で、ポテッポテッと2回ほど跳ねる。


「行くぞ!」

もう一度気合いを入れ、モッファンに非情な追撃を加えるべく、走り出す。


ポテっとひっくり返ったモッファンは、幸い怪我など無かったようで、ピョコっと起き上がると、一目散に逃げ出した。


ぴゅーっという効果音が付くほど、見事に逃げ去るモッファン。


「ああ……」

リュウセイは槍を構えて走るのを止め、遠ざかるモッファンを悲しそうな目で見つめた。


「はっ、逃げられてんじゃん」

モッファンを悲しそうに見送るリュウセイを鼻で笑うのは、青いくせっ毛をした少女。

最近、同世代の女の子だけのパーティーを立ち上げた駆け出しの冒険者、リンダ。

〖男嫌い〗リンダだ。


その後ろにはパーティーメンバーの少女たちが不安そうに2人を見ている。


「なんだよ?」

「別に?」

テイミングを失敗し、機嫌が悪いリュウセイが鼻に皺を寄せてリンダを睨む。

しかし、リンダは柳に風と受け流す。


ここはFランクダンジョン〖虎の肉球〗へと続く道なので、リンダ達はそこへ向かう途中だった。


その途中で、先日、初対面にして、大喧嘩に発展したリュウセイがモッファンのテイムに失敗していたので、嫌味を言うために立ち止まったのだった。


そう、テイミングだ。

先程のリュウセイのモッファンに対する仕打ちは、虐待ではない。

あくまでテイミングである。


テイミングは2つの手順がある。

一つは『キックオフ』を使い、モンスターに対し、テイミングする意志を見せる。

そのまま、モンスターと戦闘し、自分の実力をモンスターに示す。

そして、『ノーサイド』を使い、実力を示す時間の終わりを伝え、モンスターに自分に従うかを決めさせる。


モンスターが従うに足る実力を認めれば、テイミング成功となり、使役獣として契約できる。


失敗すると、逃げ出したり、逆に襲いかかられたりし、決別となる。


これまで何度も試しているが、全く上手く行かない。

どれくらい上手く行かないかと言えば、ノーサイドを使ったことが無い程だ。


今回のモッファンのように、キックオフを使った段階でモンスターが一目散に逃げてしまう。


「リーダー? 行こうよー」

「あ、ごめーん、すぐ行くー」

後ろから掛けられる声に応えたリンダが、強がっているリュウセイをチラッと見る。

「とっととやめた方がいいよ」

「うるせえよ!!」

余計なお世話に怒鳴り返す。


「やー、怖い怖い」

怒鳴られたリンダはさも楽しそうにヘラヘラ笑いながら仲間の元へ戻った。


「くそ…」

そのリュウセイは悔しそうにその背中を見送った。



☆☆☆



「………」

洞窟の最奥。

足元にあったぼんやりと光る石のない、真っ暗な闇の間。

リュウセイは広さも高さも何も見えないそこで一点を見ている。



『あれぇ?』

黒い塊は困惑していた。

理由は一つ。

リュウセイと目が合っているからだ。


黒い塊、その本質は生まれた頃と変わらず、『闇』である。


音も気配も匂いも、全てを隠す闇。

黒い塊は自分の直感を信じ、明かりのないこの真っ暗な場所で、姿を隠していた。


簡単に言えば居留守を使って、場を凌ごうとしたのだ。


闇に溶け込んだ闇たる自分を感じる術はないはずである。

それは視覚的な問題では無い。存在を感知する術がないのだ。

明かりを灯したところで、見えるわけではない。

光は闇を濃くするだけだ。


なので、「何も無いか……」とか言って踵を返すか、「何かあるんじゃないのか?」とか言ってウロウロするかの二択のはずである。


ウロウロしたところで、ここは自分がいるだけなので、「何も無いな」と結論付けて去ることになる。


しかし、目の前の猿もどきは、堂々とこちらを睨んでいる。

明らかに、こっちを、しかも目が合っている。


『バレてるよね? あれ? これ、バレてるよね? やっぱり?』

聞きたいが、聞く相手はいない。


その時、槍が動いた。

「行くぞ!!」

同時に叫ぶ。


『うえっ!?』

きっかけも何も無い突然の宣言だった。

隙など無かったはずだ。


「キックオフ!!」

一筋の光すらない空間に、幽鬼のように緑の光を纏う槍が浮かび上がる。


黒い塊は思わず身を翻した。

しかし、何をどう捉えているのか、槍の石突が、目に見えない黒い塊の頭の部分に振り下ろされた。


『痛っ!?なんで痛っ!?……って、ぐえええええ!!』

黒い塊は思わず悲鳴を上げた。

槍を通じて放たれた緑の光は、黒い塊の内側に侵入し、その魂に迫る。


『なんだぁこれぇえええ!?』

黒い塊が次に選んだのは逃走だった。

まだ小精だった頃、たまたま洞窟の崩落を見たときのような、圧倒的な圧力に思わず逃げ道を探す。


しかし……

『逃げ道がない!!』

ここは、洞窟最奥の部屋なので、入口と出口が一緒になっており、それが1つしかない。


この穴蔵に住み着いてから長い。

そんなことは百も承知だが、叫ばずにはいられなかった。


当然、そっち側には、この訳の分からない猿もどきが立っている。


「行くぞ!!」

『何がだよ!?』

やる気に満ちた宣言に突っ込み返すが、聞いちゃいない。

聞こえないからだが。


真っ暗な中、全く迷いなく槍が一直線に迫った。


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