第7話 お人好しライダーが手紙を受け取るまで
黒い毛に覆われた牛。
捩れた6本の角は、顔よりも長い。
プルブルという名のモンスターだ。
生息はDランクダンジョン、『牛の角』
その首に食らいつく灰色の狼。
鋭い牙が喉元を切り裂いている。
プルブルはドシドシと足踏みを繰り返し、暴れる。
その背に乗る人影が、短槍を振るい、牛の目を突く。
――モォ~~――
プルバフは悲鳴を上げると、やがて、どさりと倒れた。
そのままズブズブと森の地面に飲み込まれる。
巨大な牛は、核と角と肉塊を残して消えた。
「ペコ、ナイス!」
狼の背から、その首をポンポンと叩くように撫でる。
狼の背の人影は小さい。
栗色の髪をしたまだほんの少女にしか見えない。
名前をリノン。
年齢は26歳。
職業はウルフライダー。
相棒の名はペコ。アッシュウルフのメス。
コンプレックスは童顔と身長。
見た目が幼いリノンは、よく15、6に間違えられる。
しかし、
ウルフライダーは、その名の通り、狼に乗って戦う戦士だ。
狼の機動力を活かしたヒットアンドアウェイを得意とする。
「すげえな! プルブルを簡単に倒しちまった!!」
興奮しているのは、片手剣と盾を装備した典型的なソーディアン。
最近Dランクダンジョンの攻略に乗り出した若手の8人パーティー『
プルブルの名の由来は「ビビって怯む」。
新人を脱し、中堅になろうとする冒険者の最初の登竜門だ。
リノンとその相棒ペコを囲み、ワイワイと盛り上がるマックシェルのメンバー。
マックシェルの平均年齢は、19歳。
同世代と思われ声を掛けられたのがパーティー参加の始まりだ。
といっても、リノンは正式なパーティーメンバーではない。
初ダンジョンの攻略を手伝うためのヘルパーだ。
「プルブルに先制取れる人とか初めて見ました」
いかにも斥候らしい黒染めの軽装に身を包んだ、見た目通り斥候を務めるカテリーナが肉を拾いながら感心の声を上げる。
『牛の角』は森タイプのダンジョンで、隠れる場所と足元の不安定な場所が多い。
代表モンスターのプルブルは、暗がりにその黒い身体を隠し、近付く獲物に突進を仕掛け、その角で滅多刺しにする。
視覚に頼りがちな未熟な斥候は、気付かずプルブルの突進圏内に侵入してしまい、その角の餌食になることがある。
「プルブル程度じゃ、ペコの鼻は騙せないからね」
フフン!と胸を張る姿や、喋り方、声、どれをとってもカテリーナの方が年上に見える。
リノンが今回、ヘルパーになったのはカテリーナが理由だ。
初め、ドゥガに誘われた時、リノンは断った。
リノンの実力ではCランクダンジョンに挑む理由がない。
それだけの実力がある。
しかし、カテリーナを見て話が変わった。
10年を超えるキャリアとそれに相応しい実力を持つリノンから見て、カテリーナの実力は『牛の角』に挑む斥候として、不安があったからだ。
リノンは時々、こういう人助けをする。
そういう性格だ。
我ながらお節介な性格だと思っている。
「いやー、リノンさんがいて助かったわー」
ドゥガが言えば、メンバーもうなずく。
持ち上げられて、ちょっと嬉しくなるリノン。
そして、そんな自分に薄く苦笑いを浮かべるリノン。
「さ、奥に進もう」
ペコに跨り、ゴーゴーと腕を突き出す姿は、
☆☆☆
リノンがその男を見たのは、たまたまだった。
お気に入りの酒場でお気に入りの酒・マルコーを飲んでいた時、その男は後ろのテーブルで何やら自慢げに話していた。
「いいか?チッ。俺たちは次Bランクに挑む。チッ。狙いは『薔薇の棘』だ」
Bランクと聞いてクルリと後ろを向く。
リノンはかつて、Bランクダンジョンを主戦場にするパーティー『ウォルター』にいた。
メインタンクのチャックが、魔法使いのリタと、本人はパーティーメンバーではないが、リーダーの幼馴染で婚約者のクレアに二股をかけていたことが分かり、どろどろの修羅場を迎え解散となった。
チャックは過去に、ソーディアンのミユとか、トレジャーハンターのビビアンとかにも手を出していたらしい。
自分は誘われすらしなかったのに……。
結末は最悪だったが、そこまでの『ウォルター』はいいパーティーだった。
その頃通っていたのがBランクダンジョン『鼠の巣穴』だった。
CランクとBランクの間には大きな壁がある。
Bランクに挑むと聞いて、リノンのいつものお節介が、首をもたげたのだ。
「いや、無理だよ」
チッチ、チッチと舌打ちしながら、不機嫌そうな顔で人を見下したようにしゃべる、見るからに後衛職っぽいその男を見て、リノンは思わず吹き出してしまった。
見ただけでわかる。
明らかに実力不足だった。
Cランクがやっとという程度だ。
リノンの笑い声に、簡単にぶちギレた背の低い不機嫌そうな男は、すごい勢いでリノンに突っかかってきた。
リノンとしては、この程度の小物にいちいち腹を立てる理由もないので、軽くいなしていたのだが、いつもの癖で、気が付けば助っ人に入ることになっていた。
「とりあえず、Cランクで実力を見せてよ。実力があるなら入ったげる」
自分が助ける側でも、相手に悪い気分をさせない。
リノンはそういう会話術の人だった。
こうして、『アルディフォン』に参加することになった。
☆☆☆
『なんだコイツ!?』
おどろおどろしい雰囲気の廃城・『骸骨の骨髄』。
アルディフォンの実力を見るためにいつもの狩場に来たリノンは、その実力に驚いた。
いや、背の低い男――ジェラルド――の実力は見込み通りだったのだが、まだまだ駆け出し程度の歳であろう背の高いとんでもない美形の実力にだ。
ウルフライダーたる自分は、索敵の範囲、機動力、地形踏破力に自信がある。
自信だけでなく、実績もある。
しかし、その男はものが違った。
リュウセイと名乗った男は、まず、速い。
ペコよりも足が速い。
持久走になれば話は別だが、3歩目までで言えばペコよりも速かった。
更に目がいい。
勘もいい。
それよりなによりこれでテイマーだというのだ。
一般論として、ライダーとテイマーは仲が悪い。
リノンもテイマーにいい感情は持っていない。
だからケンカを売る程子どもではないが、テイマーは好きではない。
一匹のモンスターと心を交わし、モンスターに騎乗して一体となって戦う誇り高き戦士がライダー。
適当に無理やり何匹もモンスターを仲間にし、仲間になったモンスターだけに危険を任せ、自分は安全圏で好き勝手言うだけの卑怯者がテイマー。
リノンは先輩にそう習い、自分もそうだと思っている。
そんなテイマーが自ら槍を振るって戦うのだ。
しかも、ものすごく強い。
ペコをけしかけたくなるような実力の前衛と、ペコに蹴り飛ばさせたくなるような実力の後衛――特に偉そうだった舌打ちバカは手づから槍で貫いてやりたくなる――に挟まれているにも関わらず、リュウセイは完璧な仕事をする。
それどころか……
「あっちだ!」
「ガウ!」
目まぐるしく変わる戦況――原因は前衛のせいだが――の中、なんとペコにまで指示を出すのだ。
しかもその指示にペコが素直に従う。
アッシュウルフが、リュウセイの実力を認めた証拠だった。
リノンは敗北感に塗れた。
そして、そのまま去った。
コイツとは組めない。
組んだらウルフライダーとしての矜恃が全て崩れ去ってしまう。
悔しさと情けなさに塗れた。
ただその一方でリノンは思うのだ。
『もし、リュウセイが制限なく戦ったら、どれだけのことができるのだろうか?』と。
自分では絶対に辿り着けない強者の真の実力を見てみたい。
10歳近く年下の青年に抱いた感情には、憧れもあった。
『私が引退したら、いい関係になれるかもね』
歳下とも大して変わらなく見えるリノンは、自分の容姿を少し好きになった。
☆☆☆
手伝いを終えて帰ったリノンの元に届いた手紙に、丁重なお断りの返事をしたのは言うまでもない。
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