第6話 「よし! 進むか!」
視界を埋め尽くす魔法陣。
怯みかけたリュウセイは、膝をたわめ、一気に駆ける。
槍を振るい、道を開け、魔法陣の中に突っ込む。
「ぐうっ」
魔法陣に編まれた、まだ実態を持たない闇の魔力が肌を焼く。
しかし、その苦痛を小さなうめき声一つで飲み込むと、足を踏ん張り、身体を反転する。
槍を構え、魔力を込めながら、鋒で円を描く。
魔力の籠った鋒が白い軌跡を残す。
「スピアーズレイ!!」
リュウセイが言霊を紡ぐと、白い円の内側に複雑な魔法陣が浮かぶ。
――スゴオッ――
その直後、円と同じ太さの白い光線が洞窟を突き抜ける。
すぐに反転。
背後に迫るモンスターの一撃を躱す。
入れ違いに槍を叩きこむ。
来た道に向かって放たれた光線の通り道には、バラバラと核と素材だけが残っている。
鋒で貫き、柄で叩き伏せ、石突きで吹き飛ばす。
足蹴にし、飛び跳ね、しゃがむ。
槍の猛威を潜り抜け、迫るハリネズミのようなカエル。
――メキィ――
鋭く振りぬいた肘が、カエルの頭を叩き潰す。
「うおぉぉぉぉお!!」
知らず叫んでいた。
その声に怯んだように、モンスターが一匹、また一匹と後退る。
そして、モンスターが一匹、また一匹と倒されるごとに、一匹、また一匹とリュウセイを恐れるように逃げ出す。
どれだけ、槍を振るったか。
一日中暴れまわったほどに疲れているが、実は数分かもしれない。
「セイッ!!」
バッタのような脚の生えた巨大なヒルを貫いたとき、リュウセイの他に生き物の気配は失われていた。
リュウセイはその場に座り込んだ。
☆☆☆
パチパチと火花が爆ぜる。
上がる煙に混じる香ばしい香り。
焚火に刺された木の枝についた塊から、脂が落ちる度、ジュウといい音がなる。
この洞窟の中に危険な香りを撒き散らしているのは、リュウセイお手製の保存食だ。
ファングボア、スパイクベア、ホーンディア、ラッシュルースター……モンスターの売れない部分の肉を叩いてミンチにし、雑穀と香草を混ぜて腸に詰め、燻製にしたソーセージのような保存食だ。
これを、火に強いアカサケの枝に差して焼く。
食べ応えがあり、腹持ちが良いのでリュウセイは気に入っている。
引き取ってもらえず廃棄されるモンスターの肉を返してもらい、休みを使ってチマチマと、美味しい配合を調べる。
リュウセイの趣味である。
大暴れして腹が減ったリュウセイは、休憩と食事を取ることにしたのだった。
アルディフォンのメンバーは『屑肉なんて貧乏くさい』と口にすることがなかったので、大量の試作品が死蔵されていた。
「焼けたか?」
アカサケの串を一本引き抜く。
「お! よさそうだぞ!…熱っ!!」
ガブっとかぶりつくと、脂が零れた。
ジュワーっと暴力的な旨味が広がる。
スパイスの風味が舌を刺激する。
少し強めにつけた塩味が空腹に染みる。
隠し味のハチミツのほのかな甘みが、味の角を取っている。
「旨いなあ」
自画自賛しながら、次々と腹に納める。
一本が、20㎝ほどもある大きなソーセージが次々と無くなる。
茶に混ぜる酒を取ろうとして袋から中身が零れた。
ここまで拾っていたモンスターの核だ。
本人は気づいていなかった。むしろ大暴れしてすっきりしたぐらいに思っていた。
しかし、リュウセイはSランクダンジョンに満ちた瘴気に酔っていた。
「なんか……旨そうだな?」
ころりとこぼれ落ちた、濁った紫色の小石のような核。
リュウセイは抱いた感想のまま、その怪しい小石を口に入れた。
――カリッ――
意外と軽い歯ごたえ。
ほのかに甘い。
「お! これ、ソーセージと合うぞ!」
焼けたソーセージを頬張る。
核を口に入れる。
「ふう…食ったな」
リュウセイが満足したときには、袋に詰まっていたモンスターの核は全てなくなっていた。
「よし! 進むか!」
槍を手に、奥へと進む。
☆☆☆
洞窟は奥へ進むほど広くなる。
分かれ道もたくさんある。
一度退いたモンスターの群れも帰って来た。
帰って来たと言っても、同じではない。
奥へ進むほど、モンスターの数は減ったが、代わりに大きくなっていく。
――がぉぉおお!――
全身を黒い鱗に覆われた巨大なトカゲが吠える。
ドラゴンと見紛うような顔は恐ろしいが、その声はどこか愛嬌がある。
「しっ!」
槍を突き立てる。
――ガイン――
金属質な音がして、槍が弾かれる。
弾かれた腕を鋭い牙がズラリと並んだ顎が襲う。
バックステップ。
着地と同時に転がる。
――ヒュン!――
背中のあった位置を黒い影が走る。
リュウセイの背後を襲ったのは、長い棒を構えた猿。
長い手足。
朱い毛。
白目のない真っ黒な目。
ぬるりと上下に伸びた牙。
棒を振るう。
その先端は目に追えないほどに速い。
――がぉぉおお!!――
トカゲが吠える。
洞窟が震える程の轟音に猿の気配が隠れる。
死角から飛ぶ棒を紙一重で躱す。
逸れた棒が洞窟の壁に当たれば、棒1つ分の穴を開ける。
ドタドタと四足をバタつかせて近づくトカゲ。
表面が固く槍が通らない。
音もなく気配もなく死角から死角へと消える猿。
動きが素早いため、狙いを定めようとすれば、トカゲが襲いかかる。
トカゲの一撃に体勢が崩れ、猿の棒が鎧を掠める。
じわじわと追い詰められるリュウセイ。
――ガシッ――
トカゲの噛みつきが空を切ったその瞬間、地面スレスレを滑るような動きで、槍をトカゲの顎の下に滑り込ませる。
「バースト!」
魔力を込めて叫ぶと槍の鋒で魔力が弾ける。
――ぎゃおーん!――
トカゲの巨体がふわりと浮く。
地面にへばりついたような姿勢のまま、振り下ろされた猿の棒を首を捻るだけでギリギリ躱すと、僅かに浮いて見えた腹に向けて槍を振るう。
――ぎゅお!?――
腹に槍が刺さる。
「うおっ!?」
追撃を狙うリュウセイに猿の棒が雨のように降り注ぎ、慌てて跳ね起きる。
槍を振るって間合いを作る。
猿とトカゲが再びリュウセイの前後を挟む。
張り詰めた緊張感。
「ふぅ……」
その瞬間、リュウセイが込めていた力をふっと抜いた。
「!?」
――ヒュン!――
その突然の空気の緩和に思わず猿が棒を突き出す。
――ウギュッ!?――
その棒を滑らせるように弾き、石突を猿の腹に叩き込む。
腹を叩かれた猿に訪れる一瞬の硬直。
――ギュウ!?――
腹を叩いた柄を跳ね上げ、顎をかち上げる。
槍を反転。
「せいっ!!」
無防備に晒された猿の喉に白い鋒が飲み込まれた。
背を向けられたトカゲが飛びかかる。
見えているかのように、余韻なく猿から槍を引き抜き、宙を舞うトカゲの下に滑り込む。
「ストリーム!!」
しゃがんだ姿勢で魔力を込めると、晒されたトカゲの腹を閃光となって突き上げる。
鋒が腹に吸い込まれ、背から出てくる。
勢いは止まらず、トカゲの身体を分断しながら、リュウセイが飛び上がる。
巨大なトカゲが真ん中から真っ二つにちぎれ飛ぶ。
空中でくるりと廻ると、静かに着地する。
猿とトカゲ。
亡骸となった強敵がダンジョンに飲み込まれる。
――がぉぉおお!!――
洞窟が震える。
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