第5話 ソードダンサーに届いた手紙

「ふうむ……」

一通の手紙を前に難しい顔をした女性がいる。


褐色の肌に濃い茶色の髪を編み込んでいる。

厳しさを感じさせる目鼻立ち。

細身だが豊かな胸と長い手足。


名前をマリア。

職業はソードダンサー。

年齢は21。


手紙の差出人は、少し前に組んでいたパーティー・アルディフォンから。


「それで? 結局何が書いてあるんだ?」

女性にしては、低くドスの効いた声で、目の前のひょろっこい男に尋ねる。


「うーん……??」

ひょろっこい男が首を捻っている。


名前をバズ。

職業は魔弓士。

年齢は23。


「「うーん??」」

2人で首を捻る。


マリアは字が苦手だった。

ギルドが出す、簡素なお知らせ程度ならば何とか読めるが、これだけ字が崩れていると読めない。


というわけで、目の前の今の相棒たるバズに読んでくれと頼んだ。


しかし、バズもそこまでリテラシーに通じてはいない。

主題のはっきりしない、後、変な表現が多い文章を前に困っていた。


しかし、マリアに分からないとは言いたくない。


というわけで、自分なりの解釈を与えてみた。


「……ここには、レメテェルがBランクのダンジョンを攻略するのはとても簡単だと書いてある」


レメテェルというのは、あの毛深い男の名前だったか?マリアは思い出す。

何か違う気がするが、まあいっか、と聞き流した。


「ルヨ?違うな……リョウヘイ?というのがいなくなった」

「リュウセイが!?」

ガタっとマリアが立ち上がる。

そのマリアの慌てように『リュウセイって誰だよ!?』バズはそう思ったが、男の名前で動揺するのはかっこ悪いと思ったので、クールを装って解読を進めた。


「それで、マリアに戻って来いと書いてあるな」

「??」

「なるほど! そうだな。そういうことだ!」

口に出すことでバズの中で手紙の内容が繋がった。


「このレメテェルとかいうヤツは、Bランクダンジョンを攻略する自信がある」

「ふむ」

「そのタイミングで、リョウヘイ……」

「リュウセイだ!」

「あ、ああ、すまん。そのリュウセイがいなくなった。それで、パーティーメンバーに枠が空いたから、マリアが戻って来ないか?という誘いだな。Bランクダンジョンの攻略にただ乗りさせてやるぞって話だ」

うんうんと納得して頷くバズ。


「何を言ってるんだ?」

改めて内容を聞いた結果、マリアはオレンジのつもりで食べたらグレープフルーツだったみたいな顔をした。



☆☆☆



アルディフォンのメンバー募集に応募したのはたまたまだった。

しかし、自分を確認に来たリュウセイを見た時、マリアは息をするのを忘れた。


『いい男』だったからではない。

『こんなに美しい生き物がいるのか』という衝撃だった。


マリアは色恋と縁のない生活を送ってきた。

兄弟は兄が3人に弟が4人。

その中で育った結果か、そもそもそういう性格だったのか、かなりガサツで男勝りに育った。


考えるより先に手が出るタイプで、腕っ節も強く、周りから女扱いされることもなかった。


実は、この辺は、周りの男友達の盛大な照れ隠しだったワケだが、マリアはアグロカンカン皮膚が岩のようなトカゲ並に鈍かった。


とにかく、マリアはリュウセイを初めて見た時、息をするのを忘れた。



立ち居振る舞いの隙のなさ、鍛え上げられた身体のバランス、何気ない足運びのあまりの滑らかさ。


舞踊と武闘を交えて戦うソードダンサーとして鍛えられた感性から見て、リュウセイは美の極致にあった。


アルディフォンのパーティールームは汚かったが、男の部屋などこんなもんだし、自分の性別を基本的に忘れているマリアは、男に囲まれても全く気にしない。


男の目線が胸や尻に向いても気付かない。

肩や腰に手を回されても特に気にしない。

マリアにとって男の距離感はこんなもんだったから。

アグロカンカンが不満に思う鈍さだった。



マリアが加入して初めてのダンジョン探索。

アルディフォンの主戦場であるCランクダンジョン・〖骸骨の骨髄〗の探索をした際、マリアは再び衝撃を受ける。


リュウセイが自分の想像を遥かに超える実力者だったからだ。


4人の足でまといを引き連れながら、難敵を的確に貫く槍裁き。

それも、敢えて針の穴を通すような繊細さを持って、モンスターを弱らせる。


いちいち無駄で大仰な仕草をして隙だらけになる毛むくじゃらが危機に陥らないよう、モンスターを怯ませる。

それだけでなく、意味の分からない口上の末の一撃でトドメが刺せるようダメージを計算した援護をする。


敵に飛び込んで大剣を子どものように振り回すしか出来ない自称大剣使いの大振りな一撃が確実に当たるようにモンスターの足を貫く。

特にこの男は、手数で隙を塞ぎ、詰将棋のような理知的な剣技でモンスターを倒すことを信条とするソードダンサーから見て、技も何も無い、ただ発情した猿がキーキー叫んでいるだけのようで、見るに堪えない、唾棄すべきものだった。


後衛も酷かった。

タイミングも何も無く、自分の放てるタイミングだけでバカの一つ覚えのように、最大威力で火魔法を放つ魔法使い。

その威力だけはある魔法の通り道を作り、魔法がモンスターに当たるように誘導するのがリュウセイの役目だった。

リュウセイがいなければ、背後から飛んで来た火の玉に殺されていたかもしれない場面も少なからずあった。


そして、少し劣勢になればすぐに逃げようとする逃げ腰で、舌打ちがやたらうるさい支援魔法使い。

自分の魔法の効果範囲すら分かっていない口だけ野郎が、必要以上に距離を取り過ぎ、魔法が届かないなどという素人以下のミスを起こさないのは、リュウセイがメンバーとモンスターの位置を常にコントロールしていたからだ。


Cランクモンスターは手強く、マリアも何度も判断ミスがあった。

しかし、そのことごとくを、まるで何もなかったかのように完璧にリカバリーしてくれた。


マリアはこの男と肩を並べるのだとその背中を追うことにした。


しかし、回を重ねれば重ねるごとにその背中の遠さに気付く。


リュウセイにとって自分は守られるだけの存在でしかないと、突き付けられる日々。


そして、2ヶ月ほど経ったとき、マリアは、リュウセイにとって負担にしかならない自分に嫌気が刺し、パーティーを抜け、自分を鍛え直すことにした。



☆☆☆



「よく分からんが、私の実力ではBランクに挑むのは早すぎる。この話は断る」

ダンジョン攻略のタダ乗りの誘いなんて、上昇志向が強く、自分に厳しいマリアからすれば侮辱でしかない。


Bランクダンジョンに挑むのであれば、相応しい実力を身に着け、自分の力で胸を張って攻略に臨む。


そのための新しい相棒・バズ。


この未熟な魔弓士を活かせる程の実力を得ること。

それが今の自分の課題と定め、マリアは断りの手紙を書いた。


結果、返事の手紙はたった一言。

『いやだ』



ちなみに、バズが必死に貯めたお金で買った指輪を差し出し『結婚して欲しい』とプロポーズし、『冗談にしても止めてくれ』と断られ、そのままコンビを解散されることになるのは、この一年後の話である。


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