五十回転目 運任せの最後の魔女

 それは町に春が到来し、このフェリスフィルドにも活気が戻ってきた頃だった。町はにわかに活気づき、多くの旅人や商人が訪れ、町の規模はもはや街といっても差し支えないほどになっていた。


 その要因の一つがドテナロ国の崩壊にある。


 俺たちがドテナロ国を訪れたあと、別のリーダーが国家首長となったようだが、それがなかなかの悪政で亡命してくる人たちが後を絶たなかった。さらにはリリアンが居なくなったことで鋼鉄産業は衰退の一途をたどり、国の中はボロボロの状態だった。そこで人々は壁に空いた大穴を通り、ここフェリスフィルドへとやってくるようになっていた。


 結局俺たちに対するお咎めどころか、受け入れにおいて感謝までされる始末だ。


 俺たちの乗ってきた魔導列車は輪切りにして鋳直して再利用されることとなった。鉄鋼技術に関してはリリアンが詳しかったので、彼女に任せることとなった。


「どうだ?ウチが特別に作った盾だ。こんな感じでいいのか?」


「う、うぉぉぉ。」


 思わず心の叫びが漏れる。男の憧れ。RPGと言えば剣と盾だ。それが今実現したのだ。


「よ、よくやった。リリアン。これだよ。」


 腕に盾を通してみる。リクエスト通り、裏側にメダルを留めるストッカーも付いていてとてもいい。


 上機嫌でリリアンの工房を出て、その後アルルの診療所へと向かう。魔気の研究の進捗を確かめるためだ。


 タナトリシアのタコとリリアンの血のおかげで研究は順調なようでリリアンの血から魔気の成分を取り除くことに成功していた。


「どうだ?順調か?」


「あ、トウヤ、今はあんまりだなぁ。最近王都で流行り病が出てるようでそっちの研究もしないといけないし。エリクシールで対応できるんだから少し使ってもいいかな?」


 これまで、アルルの治療には極力エリクシールは使わせないでいた。しかし、この流行り病は王都で結構な数の死者を出していた。


「仕方ないな。どれくらいいる?」


 アルルは指を三本立てる。


「三十か?」


「たぶん、三千……。」


 それはかなりの量だった。今貯めている薬瓶のメダルをほとんど使うことになりそうだ。


「わかった。用意する。」


 その後、俺は家から全ての薬瓶のメダルを持ち出し、診療所でひたすらスロットを回し続けることとなった。


「結局全部使うことになったな……。」


 今まで置いていた薬瓶のメダルは使い果たしてしまい、残るは緊急用に備えていた数本を残すのみとなってしまった。


「こっちの万能水はどうするの?」


「半分ほど分けてくれると助かるかな。」


 万能水もキッチリ半分置いて診療所を出る。


 診療所を出るとフェリアが走ってくる。


「トウヤ、お客さんみたいなんだけど。」


 俺たちは家へと向かう。家の前には真っ赤な髪色に無表情を浮かべた少女が立っていた。


「……。」


 少女はこちらを一瞥しても何も言わない。フェリアは少女に話しかける。


「どうしたの?何か御用?」


「……。」


 しかし、少女は何も答えない。フェリアはこちらに向かってお手上げのポーズをする。


「おい、何か用か?」


 仕方なく少女に近付いて声を掛ける。すると、少女は無言のまま俺の服をキュッと掴んだ。


 どうしたらいいのかわからず俺はフェリアを見る。


「その子は聖女じゃな。」


 帰ってきたマナトリアが少女を見て呟いた。


「聖女?」


 昔のマナトリアがそうだったと聞いたことがある。


「そうじゃ、まあ魔女の卵じゃな。この子は魔女になるべくして育てられたのじゃ。」


 そう言ってマナトリアは少女の頭を撫でる。少女は何も言わずされるがままになっている。


「その聖女が何でここにいるんだ?」


「わからんの。」


 マナトリアは少女の前に瞳を覗き込む。小さなマナトリアだが、少女はもっと幼く見える。


「なんと、この子はもう五百年も生きておる。」


 マナトリアが珍しく驚きに満ちた声を出す。


「という事は魔女なのか?」


 魔女というにはその少女はあまりにも虚無だった。


「そうでなければここまで長生きは出来ん。さらにこの子は……。」


 マナトリアは少女の髪をかき上げる。少女の耳は物語のエルフの様に尖っていた。


「亜人じゃ。」


 亜人で魔女の少女を連れて家の中へ入る。


「しかし、変じゃの。トウヤの服を掴んで離さんなんてな。」


 亜人の少女は俺の服を掴んだまま離さなかった。しかし、それだけで他は俺が歩けばついてくるし、頭を触ろうが、顔を軽くつねろうが、全く嫌がる素振りを見せなかった。


「おい、お前はどこから来たんだ?俺に何か用か?」


 しかし少女は答えない。


「困ったのう。タナトリシアなら何かわかるやもしれん。」


 マナトリアはタナトリシアの居る学校へと走って行った。


「でも困ったわね。普通の魔女ならともかく、亜人の魔女なんて。」


「亜人はやっぱり特別なのか?」


 魔大戦でほとんどの亜人が迫害され滅んでいった事はなんとなく察しがついた。やはこの世界での亜人は畏怖の対象なのだろうか。


「そうね。私も実際に見るのは初めてだけど、亜人を恐れる人は多いわ。」


 俺は少女を見る。無表情に俺の服を掴んで離さない少女が、俺の視線に気付き見上げてくる。


 俺は少女を抱きかかえる。赤いクリっとした目で見つめ返してくる。


「でも、よく見てみると本当に可愛いわね。」


 フェリアが俺の手から少女を抱え上げる。少女は俺を見つめたままフェリアに抱きかかえられた。


「本当に大人しい子ね。聖女ってどういう育てられ方するのかしらね。」


「たしかマナトリアも昔聖女だったんだ。それで光の魔女ってのから直接力を受け継いだって聞いたけど……。」


 そうこう話しているとマナトリアがタナトリシアを連れて帰ってきた。


「まぁ、この子は……。」


「亜人の子じゃ。しかもこの子は聖女として育てられて、町ごとその教会が消滅し、以来ずっと人の居ないそこで暮らしていたようじゃ。」


 なんとも言いようのない話だ。五百年もこんな少女が誰にも見つかることなく一人で暮らしていたとは。


 俺は少女をそっと抱きしめてみた。少女は戸惑うように腕を伸ばし、恐る恐るのように俺を抱き返してきた。


「それで、なんでそんな子が俺を訪ねてくるんだ。」


「そこがわからんのよ。そこで亜人と暮らしておったタナトリシアなら何かわかるかと思っての。」


 タナトリシアは少女の瞳をまっすぐ覗き込んだ。


「この子の名前は煉獄の魔女オリビア。この子は亜人の希望の光。ここへ来たのは、この子が最後の魔女だからです。」


 しばらく少女の瞳を覗き込んだタナトリシア、は立ち上がるとそう告げた。


「亜人の光?最後の魔女?どういうことだ」


 俺の質問にタナトリシアはマナトリアの顔をじっと見つめる。


「マナトリア、もう正直に話すときです。」


 マナトリアは静かにフェリアを見る。


「この子は六人目の魔女。聖女の魔女。この町に魔女はこの子を含めて六人じゃ。」


 その言葉に俺は違和感を覚えた。元々この町に居る魔女はマナトリア、アルル、タナトリシア、リリアンの四人だ。この子を入れても五人のはず。


「自覚はいつからですか?」


 タナトリシアはフェリアの目をしっかり見つめて問いかけた。

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