四十九回転目 運任せの亡国の記憶

「また派手な事をしでかしたもんじゃのう。」


 轟音に町のみんなやマナトリアが魔導列車までやってきた。


「ただいま。」


 俺たちは魔導列車から降りると振り返ってみる。列車の三両目から先は引き千切れたようになくなっており、背中に冷たいものが流れるのを感じた。


「こほん、私は王都へ帰ります。レティシア様、お疲れのところ申し訳ございませんが、王城までご足労よろしいですか?」


 事情聴取があるのだろう。レティシアはがっくりと肩を落とす。


「俺たちはいかなくてもいいのか?」


「ええ、レティシア様だけで結構です。この中で一番階級も上ですし。」


「その、ラノラさん、少しゆっくりしてからではだめですか?」


 レティシアは心底億劫そうに休憩を請うが、この頑固な眼鏡の騎士は首を横に振る。


「ダメです。そもそも、私たちは皆お尋ね者になっている可能性もあります。早急に事情を説明し、弁明の機会を得なくては。私もあなた方の事は弁護いたします。」


 レティシアはラノラに引きずられるように貨車に乗せられ、行ってしまった。


 俺たちは家に戻り、マナトリアに事の顛末を説明した。


「ほぉ、それは大変な目に遭っておったのぉ。どれ。」


 そういうとマナトリアはリリアンに顔を近付け瞳を覗き込む。しばらくそうしてから顔を離してマナトリアは一息つく。


「まだ身体に魔気が残っておる。診療所で一度見てもらうといい。」


「でも、普通の医者なんて……。」


 リリアンは戸惑いの声を上げる。


「大丈夫だ。診療所に居るのもお前と同じ魔女だ。」


 リリアンは驚きに目を丸くする。


「ワシも魔女じゃ。ほれ、連れて行ってやろう。」


 マナトリアはリリアンを連れて出て行った。


「彼女、馴染めるかしら。」


「大丈夫だ。みんな似たようなもの抱えてるんだ。」


 フェリアの肩をそっと叩いて俺も家を出る。


「あ、トウヤ様。あの列車の残骸はどうしますか?」


 家を出たところでガンホさんが声を掛けてくる。


「そうだな、あのままにしておくのも邪魔だし……解体して再利用できないかな?」


 子供が出入りしても危ないだろうし、良いだろう。


「わかりました。ではそのように手配いたします。


 そう言って町はずれに向けて走って行く。


「トウヤ、少しお話ししたいことがあります。」


 次に声を掛けてきたのはタナトリシアだった。


「どうした?」


「ついてきてください。」


 そう言われるまま後を付いて行く。行き先は診療所だった。


「お邪魔します。」


 そう言って先に入ったタナトリシアに続いて診察室へと入る。そこにはアルル、マナトリア、そして、裸になったリリアンが居た。


「おわ!すまん。」


 慌てて部屋を出て、扉を閉める。しばらくするとマナトリアが扉を開けてくれた。


「まったく、せっかちな奴じゃ。」


 そう言われ中に足を踏み入れる。


「トウヤ、一つお耳に入れておきたいことがあります。」


 神妙な面持ちでタナトリシアが語りだす。


「ここに私たち四人の魔女が集まってしまいました。おそらく、ラノラにもそのことはバレてしまっている事でしょう。」


「それがどうかしたのか?」


「シシリテーヌ国という国に聞き覚えはないですか?」


 どこかで聞いた覚えのある名前だった。


「シシリテーヌ国の悲劇……。」


 アルルが少し震える声で呟いた。


「ええ、魔大戦で滅んだ国です。多くの自然に溢れ、人と亜人の暮らした国。」


 それがどうかしたのか?


「かつてのシシリテーヌ国は魔大戦の激化と共に人の国家との決別を付けるため、五人の魔女が結界を張り、王国の侵攻を拒んでいました。」


「そこに光の勇者と共に現れた光の魔女が大いなる雷を呼び、魔女もろともシシリテーヌ国を滅ぼしてしまった……。光の勇者は魔大戦を終結させた後、永い眠りへと着いた。そして光の魔女は人類と交わることなくどこかへと消えていった。」


 タナトリシアの言葉に続いてアルルが呟いた。


「それが表で伝えられている事でしょう。実際は……。」


「光の勇者は言葉巧みに人々の憎しみを亜人へと向け、光の魔女を利用してシシリテーヌ国を魔女もろとも消し飛ばし、どこかで復活の時を待ちながら眠り続けている。そして、自らの罪に気付いた光の魔女は人との関りを避けておったのじゃ。」


 それはマナトリア自身の事でもあるのだろう。


「それでシシリテーヌの悲劇っていうのは?」


「王国や各地で伝えられるようになった伝説よ。魔女が集うという事は凶兆と言われているわ。」


「本来私たちが同じ場所に留まることはありません。古から戦争に利用された事実もあります。私たちが交わるのは戦場でのみ。しかし、シシリテーヌは各地で魔女を説き、五人の魔女を集め、そして伝説通り滅んだ。それが……。」


「シシリテーヌの悲劇。」


 重たい空気が流れる。


「ウチの国でも魔女は不吉の前兆って言われてた。だから、どこに行ってもいい顔はされなかったよ。」


 リリアンの居たドテナロ国でも同じような伝承があったらしい。


「ここでも同じことが起こるというのか?」


「そうかもしれません、しかし王国は決して楽観視しないでしょう。」


 タナトリシアが何を一番に杞憂しているのか、俺には見当が付かなかった。


「王国がマモルを復活させるのか?」


 マナトリアの声が少し低くなる。


「その可能性があるという事です。」


 光の勇者マモルか。度々話に出てくるこいつがどれほどの男かはわからない。だけど、俺にはこいつがまともな人間とはどうしても思えなかった。


「大丈夫。何が来ても俺たちは無敵だ。関係ない。」


 俺はこの時、慢心していたのかもしれない。だけど、ここに皆が集まったことには必ず大きな意味がある。そう思いたかったんだ。

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