四十回転目 運任せの罪と真実
「よくもまぁ、あんな無茶が通ったものじゃ。」
マナトリアは少しご立腹のようだった。腹を立てながらも俺の膝の上を離れようとしないのだが。
「トウヤ、見事でした。きっとあなたは本当の意味で試練を踏破したのです。」
タナトリシアは俺の前にカップを置き、テーブルへ着く。
俺たちは亡霊の少女を撃破した後、再びタナトリシアの居住スペースへと帰ってきた。魔障の洞窟と同様に本を撃破したことで海底の洞窟の魔気も浄化されたようだった。
「トウヤ、聞きたいことがあるのじゃろう。遠慮することはない。」
マナトリアがどのような表情でそれを言ったのか、彼女の後頭部しか見えない状況では伺い知ることはできなかった。
「言いにくいことなのか。」
「少しな。」
マナトリアが言葉を濁すのはひどく珍しいことに思えた。
「お察しの通り、私とマナトリアは姉妹です。共に七百を超える年月を生きてまいりました。」
彼女の説明に違和感を覚えた。
「七百年以上生きている魔女はマナトリア一人じゃなかったのか?」
確かアルルの説明では五百年前の魔大戦でマナトリア以外の魔女はみんな死んだはずだ。
「あなたの考えていることは嘘ではありません。五百年前の魔大戦で他の魔女はみな死にました。私も世の中では死んだことになっているでしょう。」
タナトリシアの言葉はどこか寂しそうだった。
「殺したのはわしじゃ。皆わしが殺したのじゃ。」
「なにか、理由があったんだろ?」
あるいはそうであって欲しいという願望か。
「今思えばない。しかしその時はそれが最善と思ったのじゃ。」
「私も、当時戦うことになんの違和感もありませんでした。マナトリアの事を責めることはできません。」
命の軽い世界だ。きっとこれがこの世界の日常なのだろう。
「人も国も魔女も亜人もたくさん殺した。言われるままなんの疑問も持たずにな。わしが自分の犯した罪に気付いたのは、実の妹を手に掛けたと気付いた時じゃった。」
どんな思いだったのだろう。
「私たちの力は世界中から求められました。特にマナトリアは当時光の主神アルスの加護を受けた光の魔女と呼ばれる存在でした。勇者マモルが彼女に目を付けたのは必然と言えるかもしれません。」
マモルという名前がまた出た。
「そのマモルって言うのは何者なんだ?名前の雰囲気からすると、俺と同じ日本人みたいだけど。」
「恐らくその通りなのでしょう。彼もあなたと同じく異世界からきた者です。彼も光の主神アルスの加護を持つ光の勇者と呼ばれていました。」
光の勇者、たしかアルルの話では。
「勇者は王国が召喚したって聞いたんだが。」
「その通りです。当時の王国は長く続いた魔大戦を終結させるため、最高神官たちを集め勇者マモルを召喚しました。おそらくあなたと同じ国から召喚されたのでしょう。結果は見事マモルは魔大戦を終結させ、人の世界を作り上げたのです。」
マモルはこの世界を作った英雄というわけか。
「わしは昔、マモルと旅をしておった。あやつに言われるまま村を焼き、国を滅ぼし、人や亜人を殺してきた。わしにも責任はある。」
重苦しい空気の中、マナトリアにどんな言葉を投げかけたらいいのか、俺はわからなかった。
「マナトリアは生まれついての聖女として育てられ、十歳を迎えるころには先代の光の魔女から直接力の継承を受け魔女となりました。それから約二百年はずっと王都の教会に居ましたから、私は姉妹でありながらマナトリアに会ったことは数えるほどしかありません。」
「少々、世間知らずに育ったのでな。わしももう少し世間に目を向けておれば奴の甘言に騙されることはなかったじゃろうな。何よりも悔やまれることはお前の事じゃ。タナトリシア。お前はわしを恨んだじゃろう。憎んだじゃろう。」
しかし、タナトリシアはゆっくりと首を振る。
「いいえ、マナトリア。確かに魔大戦ではあなたの事を恨みました。敵として憎んだことも事実です。しかし、あなたも私たちと同じ加害者である前に被害者です。本当に憎むべきはあなたを利用し、骨の髄までしゃぶりつくしたあの異世界人。それを教えてくれたのはここに居たフィッシュテイルたちです。」
静かに聞いていたマナトリアは、珍しくくるりと俺の方に向くと、胸に顔をうずめて静かに泣いた。その姿はいかにも彼女が見かけ相応の少女のようで俺はなるべく優しく彼女を抱きしめた。
「さて、わしらはそろそろ地上に戻ろうと思うがタナトリシア、お前はどうする?」
しばらく泣き続けたマナトリアはけろりと元の彼女に戻った。
「私の使命は終わりました。もうここに残り続ける理由もありません。トウヤ、あなたが許すのであれば、私も共に行ってもよろしいですか?」
「もちろんだ。是非力を貸してくれ。」
もちろん俺には断る理由なんてない。
「ではこの命尽きるまで、あなたに仕えます。」
タナトリシアは俺の前に膝を付く。
「そんな身構えないでくれ。せっかく自由になったんだ。楽しくいこう。」
「では参るぞ。」
マナトリアが転移陣を作り、港へ戻ると辺りは既に夜になっていた。
「うう、寒い。」
暖かかった洞窟とは違い、地上の空気は冷たかった。
「地上は今冬ですか。冷えますね。」
タナトリシアは自身の肩を抱き、少し震えながら岸辺に行くと手を叩く。
しばらくすると洞窟まで連れて行ってくれた巨大なタコが水面から顔を出す。そのタコに向かってタナトリシアが何やら呪文を唱えると巨大なタコは赤いマントへと姿を変えた。タナトリシアはそのマントに身をくるむ。
「これでよし。行きましょう。」
俺たちは組合の事務所に向かって歩き出す。
「二人ともどうしてそんなに離れているのです?」
「どうしてって。……それは。」
「……のう。」
「なんか臭そうだから。」
俺たちが事務所に戻るとすでにアルルたちは事務所に戻っていた。暗い表情を浮かべていたアルルが俺を見ると見る見るその目に涙を浮かべていく。
「トウヤー!よがっだー。じんじゃっだがどおぼったー。」
アルルが駆け寄ってくる。泣き声で何を言ってるのかよくわからないがこいつ意外に可愛いところがあるじゃないか。
「ってうぇぇぇ―!!マナトリア―!」
文字通り、目玉が飛び出しそうなほど見開いている。騒がしい奴。
「うるさい奴じゃのぉ。さっさと入れんか。外は寒いのじゃ。」
三人で事務所に入るとみんなに動揺が走った。
「トウヤ様、そちらのお方は?」
「へぇ、やるじゃないの。アタイたちが心配して待ってる間に女引っかけて帰ってくるなんざねぇ。」
「あ、兄貴だけズルいっス。」
どこから説明したものか。そう考えているとタナトリシアが前に進み出る。
「私の名前はタナトリシア。深奥の魔女。」
魔女と聞いた途端、ワンダとトリデンはにわかにざわつく。
「どういうことだい?魔女がどうしてこんなところに。」
慌てて凄むワンダとタナトリシアの間に入り経緯をかいつまんで説明する。
「なんてこった。ここに魔女が三人も。アルル、あんたも魔女だったんだね。なんにせよ海の魔物はもう出ないなら御の字さ。アンタよくやってくれたね。」
何もしてないくせにアルルは照れ臭そうに笑っている。
「そうだ。もう魔物はでない。それで工場の査察はどうなっている?」
「ええ、もう工場の責任者とは話がついておりますわ。明日にでも向かう手はずを整えております。」
この件はレティシアに任せて正解だったようだ。さすがフェリアの姉なだけある。
「でも魔女は査察には行かない方がいいだろうねぇ。ドテナロは工業国家だけど、工業化には魔女が深く関わってるってはなしさ。魔女の圧力で工場を停めたってなると話が拗れちまうよ。」
ワンダのいう事はもっともかもしれない。同じ魔女ならその痕跡を辿ることも容易いだろう。
「なんじゃ、ワシらは留守番か。つまらんのぉ。」
「だったらトリデン、明日査察に行ってる間にお嬢様方をドックにでも案内しな。」
「それはいいですね。稼働も再開しなくちゃいけないし、おもてなししますぜ。」
なるほど、港町だからドックがあるのか。いいなぁ、俺もみたい。
「では査察はわたくしとトウヤ様とワンダさんで向かう事に致しましょう。」
こうして、問題の工場は魔女抜きの査察を行う事となった。
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