四十一回転目 運任せの工場査察
「お待ちしておりました、レティシア様、ワンダ様。はてそちらの御仁は?」
工場に着くといかにも胡散臭そうな支配人が出迎えてきた。
「トウヤです。今日は二人のボディガードとしてきました。」
まずは下手に出て相手の出方を見る。
「ここは何を作っている工場ですの?」
流れてくる真っ赤な鉄の塊を眺めてレティシアが問いかける。
「これはレールですな。列車が走る道になります。」
なんとも近代的なものが出来ていた。
「レール?ドテナロには列車があるんですか?」
「ええ、ここで作られたレールは船でドテナロへ運ばれます。とはいえ、最近は船も止まってしまっていますがね。」
そう言って支配人の男は嫌味を込めた目をワンダに向けた。
「そのことだが、支配人、俺たちはその船を出せなくなった原因はこの工場だと思っているんだ。」
俺の言葉に支配人はわざとらしく目をぱちくりとさせる。
「なにを根拠にそのような事を。失礼な男ですね。レティシア様はこんな男のいう事など信じておりませんよね。」
しかし、レティシアも支配人に対し冷ややかな視線を送る。
「トウヤ様はわたくしの恩人ですわ。わたくしが誰よりも信を置いている方の一人です。」
「……ッチ。ま、まあまあ、続きましては成型の終わった鉄の冷却室をどうぞ。」
聞こえないほどの声で舌打ちをした支配人は俺たちを冷却室へ誘う。
冷却室はむせ返りそうになるほどの蒸気で満たされていて、湿気と温度でまるでサウナのようだった。
「ここでは成型後の鉄に海水を掛けて温度を一定まで冷ますのです。」
「でもそれじゃ鉄が錆びるんじゃないか?」
俺の質問に支配人は明らかに嫌な顔をする。
「いえいえ、あなた方が鉄鋼の知識がないのは仕方ありませんからね。鉄には被膜が形成されますから錆びることはありません。」
そう言われて冷却後の鉄を見る。それは黒錆でもなく赤錆でもない、紫色の被膜に覆われていた。
「なんだこれは?こんなの鉄の生成過程で生まれない。何かを吹き付けているだろう。」
俺の指摘に支配人は明らかに肩を震わせる。
「まったく、知識も何もない奴はこれだから……できるんです。何も知らないで言わないでいただきたい。」
確かにこの世界なら鍛冶屋でもない限り鉄細工の事は疎いかもしれないが、俺にしらばっくれるとはこの男良い度胸だ。
「なら、この部屋はなんだ?」
それは成型室と冷却室の間にある部屋だった。
「そ、それは用具入れみたいなもんですよ。大したものは何も……。」
あくまでも平静を装う支配人だが、その姿には明らかな動揺が浮かんでいた。
「見せなさい。」
レティシアが冷たく言い放つ。
「い、いやぁ。これは……。」
しかし、支配人も食い下がり、ドアを開けようとしない。
「だぁぁ、まだるっこしいんだよぉ!」
静かに見ていたワンダが支配人の首を締め上げる。小柄な彼の身体が宙に浮きあがる。
「……わ、わかりました。開けます。……開けますよ。」
支配人の手はドアノブにかかるがこの期に及んでもなかなか開けようとしない。
「おめぇ、もう一回シメられたいのか?」
ワンダがもう一度脅しをかける。しかし、支配人はドアノブを掴む手をいつまでも押そうとはしなかった。
「ワンダ、レティシアと離れてろ。」
二人が部屋から十分に距離を取ったのを見計らって剣を抜き、ドアを切り刻む。
部屋から黒い煙が立ち込める。
「なんだこれは?」
部屋の中では未だに赤い鉄に紫の液体を吹きかけていた。液体は蒸気になり、黒い煙として工場の煙突から排出されているのだろう。そして、垂れた液体は排水部を通って海に流される。これがすべての元凶のようだ。
「これはなんだ?」
支配人を掴み問いただす。
「これはー。えー、鉄の-強度がー。」
ごまかそうとしていることは明らかだった。剣を支配人の首筋に当てる。
「正直に言え。殺すぞ?」
「だ、だから、これは生成の過程に必要で……。」
剣の切っ先を首にめり込ませる。薄皮が切れて鮮血が流れる。
「無知と思って舐めるなよ。この液体はなんだ?何をしている?」
「ひ、ひいぃ。レティシア様!ライオット王国ではこのような横暴がまかり通るのですか?」
「横暴ですか?あなた方のしている事が国民に害を成していた場合、もっと苛烈な尋問に遭うことになります。この査察に嘘偽りが許されないことは昨日お伝えしておりました。」
レティシアは冷たい目で淡々と告げる。人は背負うものがあればどこまでも強くなれるものだ。
「次嘘を吐いたら殺す。これはなんだ?」
剣を持つ手にぐっと力を込める。
「……ぐ、わ、わかった。これは濃縮魔障液だ。これに浸すと魔法で動く列車の影響をレールが受けなくなるんだ。ただし、物の熱が千度を下回っていると上手く蒸着出来ないんだ。」
「それだけじゃないだろ!開けるのを渋った理由は!言え!」
支配人をさらに締め上げ脅しをかけていく。
「ぐっ……。この濃縮魔障液は人体には有害で大量に吸い込むとめまいや幻覚を見ることがある。正直に言ったんだ!離してくれ!」
「なんてものを……。」
レティシアは思わず言葉に詰まってしまう。
「即刻工場を停止させてください。以後ここの工場で生産されたもの全てのテオロット領内での流通を禁止します。また、このことを王国に報告し、ドテナロには正式な抗議文を送らせていただきます。」
すぐさまレティシアは工場の停止命令を出す。
「そ、そんなことになったら俺の人生はおしまいだ……。おい!!」
支配人の声と共に屈強な男達が俺たちを取り囲む。
「ケンカかい!?腕が鳴るねぇ。」
「ワンダ、レティシアを守っていてくれ。こいつらは俺がやる。」
いきり立つワンダを抑えて前に出る。
「おい、アンタが強いのはわかってるけど、この人数に無茶だよ。」
小声でワンダが警告してくる。
「大丈夫だ。なんの問題もない。こいつらは知らなきゃならない。圧倒的な力を。理不尽に健康を、命を削られる痛みを。俺が教えてやる!」
「お、おいレティシア様、アンタからも言ってやっておくれよ。」
しかし、レティシアは首を横に振る。
「トウヤ様なら大丈夫です。それよりもワンダさん、わたくしのエスコートお願いいたしますわ。」
そう言ってレティシアはワンダの影に身を隠す。
「どこまでも舐め切った連中だ。おい、領主様を絶対に逃がすんじゃねえぞ。こんなことが王国にしれたら俺たちの首はねえ。命がけでやれ!!」
支配人の声と共に男たちが襲い掛かってくる。
左右から武器を持った男が振りかぶってくるのを剣で流すと峰打ちで仕留める。すぐさま振り返り剣を収めると、レティシアたちに近い男たちの急所目がけて正拳突きをお見舞いする。
「そうだ、良いこと思いついたぜ。今ならできるだろ。」
俺の正拳突きを受け、悶絶している男たちを掴み持ち上げる。
「おらぁぁ!人間ヌンチャクだぁー!!」
掴んだ男たちを振り回し、取り囲んでいる男たちをなぎ倒していく。
「一度やってみたかったんだよなぁコレェー!!」
最後には腰を抜かした男二人に目がけボールの様に男を投げた。
十数人いた男たちはものの数分もしないうちにみな悶絶するか、意識を失っていった。
「お前にはしっかりと罪を償ってもらう。」
支配人に向き直る。
「いいな、レティシア。」
レティシアは無言で頷く。
「ひ、ひぃぃぃ!お、俺が悪いんじゃない。」
「お前は物言わぬ者の心を酌んだのか?リール!」
蛇のメダルを投げて7を揃える。
「無間の地獄で懺悔しろ!」
巨大な大蛇に支配人の精神は飲まれ、男は物言わぬ人形のようになった。
「圧倒的だね。アタシが敵わないわけだよ。」
ワンダが間の抜けた声をだす。
「こういう奴らには恐怖を抱かせるんだ。二度と変な真似できないように徹底的に。じゃないと、またどこかで同じような事をする。」
それが俺の守りたい人たちの幸せに繋がると信じている。
その後、レティシアの指示で工場で働いていた人たちが集められ、順番に万能水を飲んでもらった。やはり身体に異変があった人も多く、万能水を飲むことでたちまち彼らの体調は良くなっていった。
工場はレティシアが責任を持って閉鎖させるという事で解体はワンダの組合で行われる手筈となった。職を失った人たちはみなワンダの組合のドックで面倒を見るらしい。
「せっかく海に出られるようになったんだ。人手なんていくらあっても困らないさね。」
だそうだ。
そうして、俺たちはドック見学に出ていたマナトリア達と合流した。
「すごいのじゃ。あんな大きな船が水に浮くのに何の魔法も使わんとは人間の知恵が魔法を超える日は来るのぉ。」
とマナトリアはじめ、アルルやタナトリシアにもいい刺激だったらしく、三人とも目を輝かせていた。
そして翌朝。
「もう行くのかい?もっとゆっくりしていけばいいのにさ。」
フェリスフィルドへ帰ることを伝えるとワンダたちは総出で見送りに来てくれた。
「ああ、次来るときには元の街並みが戻ってるって信じてるよ。」
俺の言葉にワンダが胸を叩く。
「当り前だよ!元の街並み以上の街にしてやるさね。助けられてばっかりじゃ海の女が廃るってもんだ!」
頼もしい限りだ。
「あ、兄貴、本当に行っちまうんですかい?俺たち、兄貴にも魔女の姉さんたちにももっとこの街を見て欲しいっス。」
トリデンが涙を流している。こいつ、ワンダが一緒に居ると途端に女々しくなる。
「さぁ、行こうか。」
貨車に乗って気付く。そこには恨めしそうな顔をしたトラゴロー。
「そうだ、その子だけどね、やっぱり街に出ると騒ぎになっちまうから、貨車の見張りをしてもらってたんだよ。」
ワンダが頭を掻きながら言う。元々フェリアがついてこれない代わりに感覚を
共有しているトラゴローを連れて行くという約束だったのだ。これは帰ってからも一波乱ありそうだ。思わずこめかみを押さえてしまう。
「さ、さぁ、トウヤ様、行きましょう。」
レティシアが引きつった笑顔で促すと、貨車は動き出す。皆に手を振りながら俺たちはプリマヴェルを後にしたのだった。
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