三十八回転目 運任せの海へ

 朝になり、俺とアルルは港へとやってきた。


「本当に、見事なものだわ。」


 海は透き通った青い海に変わっていた。


「実際どうなるか不安だったけど、うまくいくものなんだな。」


 海なんて途方のないものを浄化するなんて気休め程度に思っていたが、さすがは神々の恩恵と言ったところだった。


 しばらくすると岸伝いに一隻の船が近付いてきた。


「おーい!兄貴―!」


 船の上からトリデンが手を振る。


「なんというか。想像以上に小さいな。」


 トリデンが乗ってきた船、それは漁船ほどの大きさのボートのような代物だった。


「申し訳ねえ。今組合に残っている船でまともに動くのはこれくらいなんでさぁ。危うくなったら俺たちが死ぬ気で漕ぎますんで。」


 さらに驚くことにこの船は手漕ぎ式だった。


「マジか……。そういえば。」


 俺は袋から金槌のメダルを取り出す。


「リール!」


 スロット台のタッチパネルを操作して船のマークを選択する。工具の項目を見てみるとやはりあった。小型のエンジンだ。俺はリールを回し、子役を揃えると、スロットから小型のエンジンが現れた。


「へぇ、兄貴変わったことをしますね。手品か何かですかい?」


 もうめんどくさいので深くは説明せずに船体の後ろに取り付けるように言うと、トリデンと手下の男はあれこれ言いながらも船にエンジンを取り付けた。


「これを付けるとどうなるんです?」


 俺はアルルと船に飛び乗るとエンジンのカバーを開けチョークを引っ張る。しかしエンジンはかからない。


「ふーむ、えっと、ここがスロットルで……燃料は入ってるみたいだし、うーん。」


 エンジンと睨めっこすること約一〇分、ようやく俺はエンジンのキルスイッチがオフになっていることに気付いた。


 キルスイッチを回してもう一度チョークを引っ張る。


ドゥルルルル


 ようやくエンジンがかかった。あれこれ触ってみてようやくトリデンに使い方を教える。


「へぇ。魔法みたいなものですかい。すごいですね兄貴。」


 トリデンに言われてようやく気付く。そうだ、アルルの魔法で船を動かせたんじゃないか。と。


「ま、まぁいい。とにかく、魔物の出るポイントまで頼む。」


 若干出鼻をくじかれつつも何とか船を出してもらい、沖に出ることにした。


「オロロロロロ……。」


 アルルは船から頭を出し、海中に吐き続けている。それもそうだ。船が小さいだけあってかなりの揺れだ。横転しないのはやはりトリデンの腕がいいのもあるのかもしれない。


「俺は南東の漁村の出なんですよ。小さいときは親父と一緒に漁に出たもんだ。」


 トリデンは先ほどから何度目かになる昔話に花を咲かせていた。それを聞き流しつつ、海中に気配探知を張り巡らせる。先ほどから小さな反応はあるものの、騒動になっているほどの巨大な影は見当たらない。


「これといった影は見当たらないな。まだ先なのか?」


「もう少しです。兄貴、そろそろ気を引き締めてくだせぇ。」


 どの口が言うんだとツッコみたくなる気持ちをグッと堪えて海中を覗き込む。澄んだ海中には岩地の海底がうっすらと見えるが大きく変わったところはない。


「この辺りが一番被害の多い場所です。」


 トリデンは船を停めた。


「静かだな。アルル、魔気は感じるか?」


 アルルはぐったりしている。


「クソ、役に立たん奴!」


 アルルの首根っこを掴んで無理矢理立たせてエリクシールを飲ませる。


「楽になったか?」


 アルルは首を横に振る。今度は万能水を飲ませてみる。


「どうだ?」


「少し楽になってきたけど、私のこともっと大事にしてよ。」


 アルルは不満を口にする。可哀想だが今は魔物の懐の中だ。


「この辺りに魔気の気配はあるか?それとみんなに魔気避けの呪文を頼む。」


「はいはい。ったく、人使いが荒いわね。魔気はまだ見えないわ。」


 俺の指示に渋々と言った雰囲気でアルルはみんなを回り魔気避けの呪文を掛けていく。


「トウヤ、あなたは?」


「俺には必要ない。」


 俺には魔気は見えないが、その代わり魔気に侵されもしないようだ。そもそも、マナトリア曰く魔気避けをかけたとしても俺には掛からないらしい。


「……現れませんね。」


 トリデンは間の抜けた声を出す。確かに気配探知に魔物の姿は見えない。先ほどまで見えていた小さな反応さえここにはない。


「本当にここなのか?」


 そう言いながら海中に目を凝らす。先ほどと変わらず岩地の海底がうっすら見えるだけで魔物の姿は見えない。


「少し待ってみよう。」


 甲板に寝転んで考える。どうして魔物は出ないのか。万能水の効果で海中は澄み渡って見える。しかし魔物は気配はおろか影も形もない。


 考えられるのは万能水の効果で魔物の性質が変わったという事。湖のスライムは万能水の効果で他者に寄生する性質を失っていた。そもそもここの魔物はどこから来たんだ。凶暴化の理由は恐らく港の工場で間違いない。マナトリアは湖のスライムも誰かが毒を流したことで凶暴化したと言っていた。という事は凶暴な性質を失ったという事か。そして、魔物が来た場所、行きつく答えはここに他ならない。


 俺は起き上がり、もう一度海中に目を凝らす。


「トウヤ、どうしたの?」


「以前、洞窟に俺の気配探知にかからないモンスターが居た。もしそいつがそいつと同じ性質を持っているとしたら、探知にかからないのも理解できる。」


 そいつは必ずいる。そう思って海中を見るんだ。先入観は見えてる物を見えなくする。探すのは魔物の目!


「居た!」


 俺は見逃さなかった。岩肌の目が瞬きをするその瞬間を。


「リール!」


 透明な手を呼び出して剣を握らせる。海底に向けて剣を突き立てるが、間一髪で躱される。


「こいつはイカじゃない!巨大なタコだ!」


 遂にそいつは姿を現した。しかしその丸い頭、器用な触手、擬態能力、どう見てもこいつは巨大なタコだった。


 巨大なタコは水中からその触手を船上に伸ばしてくる。咄嗟に切り付けるが切れた足が船上をのたうつとそれだけでトリデンたちは竦み上がってしまう。


「トウヤ、すごい魔気だわ。斬った腕から噴き出してる。」


「回収しろ!なんかの瓶か樽にでも詰めとけ!」


 アルルに目的の魔気の回収を頼むが、こちらには全く余裕がない。次から次へと触手が襲い掛かってくる。


「しまった!」


 別の触手に気を取られていると剣を持つ手が触手に捕まる。


「トウヤ、今助けるわ!」


 アルルが魔法を唱えようと身構える。


「いや、待て!何か聞こえる!」


 それは音ではなく、頭の中に直接語りかけてくるような感覚。この感覚には覚えがあった。


「マモル・・・・・?いや、違う。」


「だれだ?俺はマモルじゃない。」


 声は続ける。


「だが似ている。主に会う気はあるか?」


 主?しかし、俺は確信を持った。こいつはただのモンスターじゃない。使い魔だ。


「会わせてくれるのか?」


「よかろう。」


 今まで船体を覆うように現れていた触手が消え、俺の前に巨大なタコがその姿をあらわにする。


「ひ、ひぇぇぇ!」


 トリデンが悲鳴を上げる。


 タコは俺の腕の触手を解くと体全体で俺を包んでいく。船の上に止まっていた夢魔の燕が俺の懐に潜り込む。


「トウヤ!」


「大丈夫だ。ちょっと行ってくる。二時間して戻らなかったら港に戻っていてくれ!」


 巨大なタコは俺を包み込むと海中へと姿を消した。


 巨大なタコに連れられて海の中を進む。タコは俺が窒息しないように触手の中に空気を溜めてくれていたので、苦しかったり寒かったりすることはなかった。


「どうして人を襲うんだ?」


 触手に手を当て、聞いてみる。


「すまなかった。襲う気はなかったのだが、毒気に当てられて正気を失っていたようだ。」


「やっぱり原因は港の工場の排水か?」


「恐らくそうだろう。さぁ、あとは主と直接話すがいい。」


 タコは触手を開く。そこには空気があったが、どうやら海底の洞窟のようだった。


 俺は振り返ると、タコの切れた触手が目に入った。


「悪かったな。」


 そう言ってタコにエリクシールを渡す。タコが器用に栓を開け飲むと、切れた触手が元通りに再生する。


 俺は海底の洞窟を進む。しばらく行くと、小部屋に出た。そこには背の大きな女性が立っていた。


「初めまして。私は深奥の魔女タナトリシア。海底に潜み亜人の言葉を守るもの。」

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