三十七回転目 運任せの港町

 港町プリマヴェル。交易産業が盛んで他国の貿易船の来航も多く、異文化を多く取り入れた街並みは風光明媚で国内からの観光名所としても知られていた。


「しかし、今となってはこのありさまか。」


 町に人通りは少なく、ところどころの路地から覗く視線はおおよそ歓迎されている物とは思えない。港のすぐそばにある工場だけが黒い煙を上げ、それを見るとなおの事気分が沈んだ。


「本当はもっと早くにどうにかするべきだったのですけど。」


 プリマヴェルの海に魔物が出て半年、町はすっかり寂れ、人々の心も荒れ果ててしまっている。


「どうにかって言っても、普通の人間じゃ魔物に対してどうしようもないわよね。」


 アルルの言葉にレティシアは苦笑い。まぁ、事実なのだろう。


「正直、いくらトウヤが人より強くても魔物を倒す姿が想像できないわ。」


 そういえばアルルは俺が魔物を倒すところを見ていない。


「とりあえず港へ行こう。この寒さだ。泳ぐなんて遠慮したい。」


 俺たちは港に向けて貨車を走らせた。


「うーん、囲まれたな。」


 港に着いた俺たちが船を出せそうな場所を探して見回っていると、どうやらならず者に囲まれてしまったようだ。


「へへへ。」


 俺たちが貨車を止めると物陰からぞろぞろとムキムキの男たちが出てくる。


「観光かい?ご一行さん。俺たちが案内してやるよ。案内料はチーッとばかし高めだけどな。」


 男の一人がそう言うと、周りの男達も下品な笑いをあげる。


「面倒ね。私が消し去ってあげるわ。」


 アルルがそう言って立ち上がろうとするのを制止する。


「お前は殺すからダメだ。俺がやる。」


 貨車から降りる。


「おい!観光案内してくれるんだろ?俺たちは海の上に行きたい。」


 しばし沈黙。


「あっはははー!この兄ちゃんとんだ世間知らずだぜー!今海がどんなに危険かも知らないのかよ!」


 男たちは口々に笑い声をあげ、俺を罵倒する。


「おい!ヒョロイ兄ちゃんが海に出て出来ることなんてなんもねえんだ。大人しく有り金と食い物置いて田舎へ帰んなー!」


 男たちが襲い掛かってくる。


バキ!ボコ!


「す、すみません、兄貴。こんなに強いお方だとは露知らず。どうか命だけはご勘弁を。」


 俺に叩きのめされた男たちは顔を腫らして正座で整列している。意外に素直な奴たちだ。この手のひらを返す速度。嫌いじゃない。


「俺たちはここの魔物を退治しに来た。詳しく話も聞きたい。船はどこに行けば出せる?」


 屈んでリーダー格の男に問いかける。


「兄貴、本気で海へ出る気で?それだったらウチの組合長に会ってください。きっと船もそこで出してもらえます。」


 男たちはニコニコ愛想笑いを浮かべながら俺たちをとある建物へと案内した。


「この中に組合長が居ます。」


 そう促され、建物のドアを押し開ける。


「こんにちはー。」


「なんだい!?あいつらの飲み代の回収かい!?金ならないんだよ!帰んな!」


 奥から声がする。


「いや、俺たちは船を出してもらいたくて……。」


「船を寄越せっててのかい!いい度胸だよアンタ、生きて帰れると思わないこったね。」


 奥から指を鳴らしながら、筋骨隆々な……女の人が現れた。


「いや、違う。船を出して欲しいんだ。」


「船を出せって言ってんじゃないか!?力づくで奪ってみるんだねぇ!」


 女の人は俺に掴み掛る。ひょいと避けるが、なお掴み掛ってくる。


「すばしっこいねぇ!逃げんじゃないよ!」


 くそ、キリがない。俺は避けるのを諦めて女の人の手を掴み返す。


「ふふふ、捕まえたよ!その細指、全部反対方向に折り曲げてやるからね。」


 女の人が手に力を込める。が、毎日力肉を食べて鍛えた力を侮らないで欲しい。俺も手に力を込める。


バキバキバキ!


「いでてててて!」


 女の人は悲鳴を上げるが手は離さずそのまま話しかける。


「話を聞いてくれ。俺たちは海に出る魔物を退治しに来たんだ。海に船を出して欲しいだけなんだ。」


 そう伝えると手の力を抜き、解放してやる。


「なぁんだ、そういう事だったのかい!いやぁ、わざわざ領主様まですまないねぇ。こういう育ちなもんだ。無礼は許しておくれよ。あたしゃはプリマヴェル船団組合、組合長のワンダってんだ。」


 そう言ってワンダと名乗る組合長は笑い飛ばす。


「いえいえ、こちらももっと早く来るべきでしたのに、申し訳ございません。」


 レティシアもワンダに頭を下げる。


「まぁ、相手は魔物だからね。簡単な事じゃないのはわかってるさ。」


「で、どういう状況なんだ?」


 ワンダに現状確認を促す。


「どうもこうもねぇ……。魔物自体は昔から居たんだよ。でも被害が出るのはごくたまにさ。それも漁網が破られたりとか、少し怪我をするくらいで、そこまで大きな被害はなかったんだ。」


 昔から魔物自体は居たのか。


「大きな被害が出だしたのは半年ほど前だねぇ。船ほどの大きさのイカが出るようになってね。通る船はみんな沈められちまった。三か月ほどすると、もうここに船をつけようって連中も居なくなっちまってさ。男たちが失礼しただろ?でもあいつらにも生活がある。だからあたしには到底あいつらを止める権利はないのさ。」


 ワンダはワンダなりの苦悩を抱えているようだった。


「半年前ってことはその辺りに何か変わったことはなかったですの?」


 レティシアが問いかける。


「半年前ねぇ。港に工場が見えただろ?あれはドテナロの鉄工場なのさ。あれが出来たのが、半年と少し前だったね。おかげで海は黒くなっちまうし……でも、あれがあったから未だに餓死者を出してないのも事実さ。」


 普通に聞けばその工場が魔物の出現に関わっていることは明白だ。


「とりあえず、その工場止められないか?」


「それは難しいですね。ドテナロはライオット王国と隣国の工業国家。下手すると国際問題になりかねません。」


 レティシアは難色を示す。


「いくら他国の工場でも領地内で好き勝手されて黙ってることないだろう。一度査察だけでもするべきだ。王都のあいつらだって急に査察に来ただろ?」


 俺の強い口調に圧されたのか、レティシアはしばし考えこむと顔を上げた。


「通常の査察があそこまで強硬なわけではないのですが……。ですが、わかりました。では査察の段取りを致しましょう。」


「じゃ、そっちの方はアタシと領主様でやっとくから船はこのトリデンが出すよ。」


 そう言うと先ほどのリーダー格の男が一歩前に進み出る。


「さっきはすまなかったな。兄貴!船の事は俺に任せてくれ!」


「じゃ、私も査察の方に一緒に……。」


 さりげなく残ろうとするアルルを睨み付ける。


「……嘘です。一緒に海に行きます。」


「ま、今日はもう遅いんだ。海への出発も明日にして、今日はみんな休んでおくれ。」


 トラゴローもボディガードとして陸に残ることとなり、俺たちは二手に分かれることとなった。


 その夜。港にて。


「トウヤ、どうするの?こんな夜に海に来て。」


 アルルが眠そうに瞼を擦る。


「いい機会だから、お前にも見せておく。リール。」


 俺は薬瓶のメダルを投げる。光と共にスロット台が現れる。


「魔法!?いえ、似てるようだけど、少し違うみたいね。」


 アルルは突如現れたスロット台に釘付けになる。どうやら目は覚めたようだ。


「少し見ててくれるか?」


 俺はリールを回し、図柄を止める。青の薬瓶が揃った。


「ちぇ、はずれだ。」


 出てきたエリクシールをアルルに渡す。


「これ……エリクシール。こんな簡単に。」


 アルルにとってこのことは、やはりショックだったようだ。


「今欲しいのはそれじゃないんだ。」


 俺は出たままのスロット台に直接メダルを投入し、再度リールを回す。何度か青の薬瓶が揃った後、ようやく緑の薬瓶が揃う。


「結構偏ったな。やっと出た。万能水だ。」


 出てきた緑の薬瓶をアルルに見せる。


「万能水!?はぁ、つくづくトウヤは無茶苦茶だわ。」


 アルルは手渡した万能水とスロットの説明画面を交互に見て溜息を吐く。


「なぁ、この港の湾内だけでも明日までに浄化しとこうと思ったら、あと何本万能水が必要だ?」


 俺の質問の意図を理解するまでアルルは考え込む、そして、やがて理解できたのか、表情をころころと変えたのち、嫌そうな顔を浮かべて言った。


「ゆっくりなら一本でも十分でしょうけど、明日の朝までってことなら、百本もあれば……。」


「わかった。」


 俺は黙々とスロットを回しだす。幸いなことに巨大スライムから超大量の薬瓶のメダルは手に入れていた。


「ちょ、ちょっと。そんな大量の万能水を……。正気なの?」


 確かにアルルがこれまでしてきたことを思えば、俺の行動は狂気じみているかもしれない。


「必要な事は何でもやるんだよ。」


 その夜、俺はひたすらにリールを回し続けた。

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