三十回転目 運任せのクルト村
「これは魔気中毒じゃな。」
倒れたフェリアを診たマナトリアはそう言った。
「魔気中毒?」
フェリアは眠るように気を失い、エリクシールを飲ませてみても、万能水を飲ませてみても、起き上がることはなかった。
「うむ、おぬし以外の人間が、大量の魔気を吸い込んだ時に起きる症状じゃ。眠るように気を失い、そのまま衰弱して行くのじゃ。魔気の元になっていたスライムに直接飛び込んだことで、大量の魔気を吸い込んでしまったのじゃろう。」
俺のせいで。俺が考え無しにスライムに飛び込んだばっかりに。
「あまり自分を責めるでない。あやつに対抗するにはああするほかなかったのも事実じゃ。」
いや、違う。俺が間抜けに袋を置き去りにしなければフェリアがスライムに飛び込む必要はなかった。
「どうすればいい?どうすればフェリアは治る?」
俺の言葉にマナトリアは難しい顔を見せる。
「ふむ。残念じゃが、魔気中毒から回復した人間を見たことがないのじゃ。前例がなければ治療のしようもない。」
今はどうすることも出来ないという事か。俺たちはフェリアを貨車に乗せ。このまま北のクルト村へ向かうことにした。
村に行けば医者にフェリアを診てもらえるかもしれない。
村に着いた俺たちは落胆した。
「ボロボロじゃな。」
村は荒廃し、道端では飢えた人々が倒れているような始末だ。
「これじゃ、医者を探すどころじゃないな。」
俺は早る気持ちを必死に抑え込む。こんなことしてる場合じゃない。こんなこと……それはわかってる。わかっているけど、だからこそ、最善を尽くさなくては。意識のないフェリアに報いることが出来ない。
「昔は絹の産地としても豊かな村だったのじゃが、ここまで荒れ果てておるとはの。工業国家ドテナロの綿産業の影響じゃろうな。」
「村の中心で飯を炊こう。」
俺たちは村の中心にある広場でご飯を炊くことにした。横でモリスさんに野菜と肉のスープを作ってもらう。
しばらくすると周辺に飯のいい匂いが充満してきた。その匂いにつられるようにふらふらと住人たちが集まってきた。
「さぁ、良い感じに炊けてきた。みんな、食って行ってくれ。」
しかし、村人たちは遠巻きに見ているだけで手を出そうとはしない。
「どうした?遠慮はいらない。」
すると村人の一人がおずおずと話し出す。
「しかし、私達には対価に支払うお金がありません。」
「もちろんお金はいらない。まずはみんな満腹になってからだ。」
そう言って村人にご飯にスープをかけた椀を手渡していく。
「トウヤ様!?それは!?」
俺の予定外の行動にモリスさんが困惑の声を上げる。
「良いんだよ。きっとフェリアも納得してくれる。」
そう言って次々に村人たちに椀を配っていく。
「ほら、手が足りない。マナも手伝ってくれ。」
「やれやれ、おぬしらしいの。」
飯とスープは瞬く間に売れていき、再び炊きなおさなくてはいけないほどだった。
「おかわりもいっぱいある。遠慮せずに食べてくれ。」
しばらく振る舞いをしていると年配の男性が近づいてきた。
「村人たちに食事を振舞っていただけたこと、感謝いたします。わたくしこの村の村長のコッパと申します。早速不躾で申し訳ないのだが、あなた方の目的を聞かせていただきたい。」
どうやら警戒されてしまっているようだ。
「俺たちはここから南に三日ほど行ったところにあるフェリスフィルドから来ました。元々はこの村に繊維製品の買い付けに来たのですが、このような状況でしたので、勝手ながらこちらの商品で振る舞いをさせていただきました。」
「そうですか。ではそちらの要求を単刀直入にお聞かせ願いたい。」
どうにもこのコッパさんの物言い、棘がある。
「要求なんてそんな。別にこのことに見返りを求めるつもりなんてありません。」
「信じられませんな。ただで施しをするような人、どこに居ましょう。それにあなたの言う場所に村などあるわけがありません。そこには何もない草原と魔障の洞窟があるのみ。」
わかった。コイツは。このコッパという人間は……頑固ジジイだ。
「違う。その草原に村を作った。魔障の洞窟のモンスターはもういない。」
「そんなこと、ますます信じられませんな。魔障の洞窟の魔物はそこらの魔物とは数も強さも桁違いだ。そもそも引っ掛かりましたね。その草原に三日で着くには湖畔の街道を通る必要があります。魔物だらけの街道をどう通ったというのです?」
いかん、イライラするな。イライラするな。イライラするな。
「湖畔のモンスターは来る途中に退治した。もうモンスターは出ない。」
「はっ、嘘も大概にしてください。洞窟どころか、湖の魔物まで。あなた、そんなに強そうには見えませんが。それにですね、失礼ながら貨車の中を遠巻きに拝見させていただきました。そこには大虎の亡骸が乗っているではありませんか。あれはどういう事でしょう。密猟でもしたのではないですか?」
トラゴローはフェリアを案じて一緒に包まっているだけだ。
「何を言っているんだ。トラゴローは死んでない!」
「生きた虎を連れているですって!?これはたまげた。そんなわけないでしょう。さぁ、目的はなんなんですか?」
全く話にならない。クソ。頑固ジジイめ。こんなことしている場合じゃないって言うのに。
「わかりました。では今炊けた分の食べ物がなくなったら俺たちは出ていきます。」
そう言って配膳を再開する。そして、全て配り終わった後、残った米や野菜を全て降ろすと、俺たちは帰り支度を始めた。
「トウヤ様、本当によろしいんですか?」
モリスさんが降ろした食料を見て言う。
「いいんだ。フェリスフィルドじゃ一日で育つ野菜だ。惜しくないだろ?」
「わしは納得しとらんがの。」
マナトリアはふんっと鼻息を鳴らした。
「マナも、よく我慢してくれたな。」
「あまりわしがでしゃばると、あやつが怒りよる。」
そう言って貨車に視線を向ける。
「そうだな。ありがとう。」
貨車で村の出口まで出てきたところで先ほどの村長に声を掛けられる。
「おい、荷を忘れているぞ。」
「それは置いていきます。皆さんで食べてください。」
俺はそう言って軽く頭を下げると、村を出たのであった。
数日前。場所は変わりテオロアよりさらに西。王都ライオット。高い城壁に囲まれた都市でありながら、王国の首都であり、活気に溢れている。そこには国中はおろか、諸外国からの交易品も数多く流通しており、ここで手に入らないものはないと言われるほどだ。
そんな活気ある王都を王城に向けて闊歩する少女が居た。十五六ほどに見える少女だが、その足取りは怒気を孕み、淀みなく王城に向けて歩いている。城を守るはずの兵士が思わず道を開けてしまうほど、その容姿に似合わぬ怒りを体中から発散させていた。
普通であるならば、そのようなものが王城に立ち入ることなど到底かなう事はない。しかし、兵士たちが彼女に制止を掛けることもまた、不可能であった。
彼女はさも当然のように広間へと足を踏み入れる。怒りに任せたまま、王へ問いかける。
「ライオット王!エリクシールの偽物が出回っているようですが、どういうことですか!?」
自身が発明したはずのエリクシールがどうやら出回っている。そしてそれを大商人ローベロッテが甚く気に入って探しているという。
彼女の問いかけにライオットは頭を抱えてしまう。
「どういう事と言われてもな。ローベロッテ氏の娘が床に臥せていたのをエリクシールを飲んで回復したとのことのようだが。」
「私は渡してない!偽物だ!」
少女は怒りのままに怒鳴りつける。
「しかし、ローベロッテ氏の娘はすっかり元気になったとのことだ。エリクシールの出どころはわからんが、偽物と断ずるのは早計ではないか?」
少女は思った。どうせ金にかまけた商人がエセ薬を高額で売りつけられたのだと。しかし、自分が苦労して発明したエリクシールの名が地に落ちることが耐えられなかったのだ。
「ローベロッテにはどこへ行けば会える。」
「ローベロッテ商会はテオロアが拠点だ。テオロアに行けば氏もいるだろう。」
それを聞くと少女は例も言わず、再び怒りの足取りで広間から立ち去って行った。
「はぁ。」
少女の立ち去った広間で、ライオットは大きく溜息を吐く。
「まったく、魔女の考えることはわからん。」
先日、南境の魔女から脅迫状を受け取ったばかりなのに、今度は最西の魔女が怒鳴り込んできた。これは王国としても異常事態だった。
「しかし、あの温厚な最西の魔女があそこまで怒り狂うとは王様、これは捨て置けませんぞ。」
ライオットの傍に立つ大臣が彼に進言をする。
「いたたたたた。胃が痛い。私はあまり関わりたくない。クソ。テオロットめ。大変なことをしでかしてくれおって。査察の準備をしておけ。」
ライオットの言葉に大臣は静かに頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます