二十九回転目 運任せの変異種
「ほお、すごいことになったもんじゃのぉ。」
朝、大きく盛り上がった湖の水面を見てマナトリアが感嘆の声を上げる。
「こ、これってどういうことなの?」
フェリアはトラゴローに縋りついて怯えている。それもそうだ。
「どうって……これは。こんなに……。」
恐らく洞窟でよく見たスライム。しかし、コイツは今までに見たスライムとは大きく違っていた。
「こんなデカい奴見たことねぇ!!」
そう、そのサイズは規格外に大きすぎたのだ。
「この湖が丸ごとスライムとはの。ワシもこんな奴は初めて見る。昨日のウルフはこやつに寄生されておったのじゃろう。」
いろんなことに合点がいったが、こいつをそのままというわけにはいかないだろう。
「しかし、こいつを退治するとなると骨が折れそうだな。」
スライムの退治は簡単だ。スライムの中心にある赤い核の部分。そこを突けばいい。至って簡単だ。しかし、このサイズとなれば話は違う。まず核に届かない。
「そうじゃの。そしてこやつを見ていてわかったことじゃが、この辺りの魔気の出どころはどうやらこやつじゃ。」
「という事は洞窟のあの本みたいなものか。」
ここに来る前、洞窟を浄化した際、洞窟の魔気は一冊の本が放っていたことが分かった。
「というより、あの本から出てきた竜の方が近いやもしれん。」
それを聞いて俺は溜息を吐く。本から出てきた竜と対峙した時、俺は死にかけたのだ。そして、どう倒したのかも覚えていない。
「さて、どうしたものかな。いっそ飛び込んでみるのはどうだ?それなら核に届くかも。」
もしかしたら中でおぼれる可能性もあったが、なかなか名案だと思う。
「あまりお勧めできんな。昨日のウルフを見たじゃろ?スライムは寄生して相手を乗っ取ることで数を増やすのじゃ。飛び込んだとたんに昨日のウルフみたいになりたくはなかろう。」
それは嫌だ。俺の名案はマナトリアにあっさり却下されてしまった。
「ちょっとずつ切り崩すか。」
試しにスライムに近付き切り付けてみる。葛餅のようなスライムの体はスパッと切れた……が、すぐに切れた部分はくっつき元通りになってしまった。
「やっぱりだめか。スライムが好戦的じゃない事だけが救いだな。」
そう言えば、洞窟の中でもスライムの方から襲ってくることはなく、間違えて踏んづけた時などに襲われた覚えがある程度だった。
「ん、という事は……。」
「その通りじゃ、昨日わしらが湖に触れておれば、わしらも昨日のウルフの仲間入りじゃったろうな。」
恐ろしい話だ。濁っていて触る気もしなかったのが幸いした。
「まてよ。スライムの体は透明だ。なんで濁るんだ?」
今まで見たスライムは、みんな水溜まりと間違うほど透き通った色をしていた。コイツは昨日俺が万能水を流し込むまで、濁って茶色くなっていた。
「だれぞやが毒を流し込んだのかもしれんな。それでこやつは変質しておったのじゃろう。」
変質。色違いのモンスターのようなものか。という事は……。
俺は一つ賭けに出ることにした。スライムに剣を突き立てると、その一部を切り取る。やはり核を破壊しない限り切り取った部分もメダルになることはない。
「すぅー。はぁー。」
「ちょっと、また無茶するつもりじゃないんでしょうね。」
フェリアの制止を押しのけて、スライムに近付いていく。
息を整えて心の準備をすると、切り取ったスライムに腕をくっつけてみた。スライムは粘菌状になって俺の腕に絡みつく。が、それだけだった。
「な?俺は何度もスライム踏んだけど、寄生されたことなんてなかったぜ?」
「なんと大胆な事をする奴じゃ。色が浄化されていたとしても性質を失っておらなんだらおぬしは寄生されておったぞ。」
マナトリアが焦った声を出す。しかし、まだまだこれからだ。
「もっと大胆な事をする。第一作戦で行こう。」
「おぬし、まさか本気であれに飛び込む気か?寄生されなかったにしても、時間をかけて溶かされてしまうぞ?」
マナトリアの言う事はもっともだ。しかし、俺はこんな奴に、こんなところで、足踏みなんてしていられない!
「マナ、核に近いところに飛び込む。援護しろ!」
俺の言葉に合わせてマナは氷で階段を作り、核までの道を作る。それを駆けあがりながら、狙いを定めていく。
「今だ!」
マナトリアは冷気をぶつけ、スライムを一部凍らせる。それを斬って払うと核に向けて剣を伸ばし、そのまま飛び込んだ。
とぷん
俺は全身をスライムに飲み込まれた。
しまった。まったく届かない。試しに核に向かって泳いでみるが、全く進まない。一度外に出ようとしても全く出られない。それに俺はそんなに長く息を止めている自信がない。早く何とかしなければ。
焦れば焦るほど、急げば急ぐほど、苦しさは増し、核が遠ざかっている気がした。
考えろ。考えろ。この状況を打開する策。どうすればいい。何が最善だ。
しかし、この状況を打開する案は思い浮かばないまま、だんだん息も苦しくなってきた。
「必要なものは全て君にあげる。考えて。何を使えばいいか。どう使えばいいか。」
頭の中でアイツに言われた言葉がリフレインする。そうだ。やり方は絶対ある。俺はいつものようにメダル袋に手を伸ばし、使えるメダルがないか探る。
ない。いつも腰に下げているメダル袋がない。
俺は慌てて周りを見渡してみる。しかしスライムの体内からはよく見えない。ここは潔く諦めて気配探知を最大限に効かせて探してみると、あった。昨日した焚火の脇。そこに置いたままにしてあった。
剣を振ってフェリアを呼ぶ。声が出せないので剣でフェリアと袋を交互に差す。頼む!上手く伝わってくれ!
すると何かを感じ取ったフェリアが袋に気付いて走る。そのまま袋を拾い上げて俺に向けて投げた。
よくやった!フェリア。心の中でそう言うと袋に向かって手を伸ばす。だが届かない。手を伸ばしても、剣を伸ばしても、あと少し届かない。ダメだ。もう息も続かない。視界が徐々に暗くなるのを感じる。
「トウヤ―!!」
違う。視界が暗くなったのは酸欠のせいじゃない。気付けば、フェリアがスライムに向かって飛び込んでいた。
投げた袋を掴んでそのまま俺に手渡す。それを受け取ると袋に手を入れる。だが、手探りではどれがどのメダルかわからない。いや、大丈夫。集中しろ。絶対に手はある。集中して、指先に神経を張り巡らせるんだ。必要なものは必ずあるんだ。
指先に集中して袋を探ってみると、メダルの冷たい質感の中、ほんのりと熱を感じる。これだ。手のメダル。一枚、二枚、三枚。
「ゴボボ!(リール!)」
メダルが光を放ってヴィジョンが現れる。ヴィジョンリールは目を瞑っていても見える。そして蛇のメダルと同じ完全目押しで7を揃えればいい。
もう時間もない。スロッカス秘奥義その二!高速ビタ押し!
流れるような指の動きでリールを止める。777。余裕だぜ。
これは!?
透明な手が見える。それは俺の意のままに動く透明な手。これなら届く。核に届く。
俺は目を開け核を睨み付ける。透明の手で核を掴み強く握る。
握りつぶせぇ!!
巨大スライムの核はぐしゃりとへしゃげ、その中身を撒き散らして砕けた。その瞬間。巨大スライムは光を放ってメダルへと変わった。
「ヤバい!落ちる。リール!」
咄嗟に羽のメダルを投げる。ヴィジョンが発動してリールが現れる。よし、高速ビタ押し!
77羽。外した!?しかし、その瞬間、リールが逆回転する。
「これは!?」
リールが逆回転するとともに、俺たちの落ちるスピードが緩やかになり、ふわりと羽が舞い落ちるように着地する。
「やったな!フェリア!」
俺の呼びかけにフェリアは答えない。
「フェリア?」
それどころか、フェリアはピクリとも動かない。
「おい、フェリア!……フェリア!!」
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