三十一回転目 運任せのロングフリーズ!?

 村に帰ってから三日が経った。フェリアの意識は依然として戻らない。


 結局彼女を治療する方法について、何の糸口も見当たらないままだ。


「おい、トウヤよ。最近寝ておらんようじゃな。」


 フェリアに代わり村の様子を見に来た俺にマナトリアが語りかける。


「大丈夫だ。エリクシールはたくさんある。」


「いくら万能の薬でもそれだけで眠らずに済むわけがなかろう。薬とは本来健やかな生活あっての物じゃ。」


 マナトリアの言葉が痛い。


「ほれ、見てみろ。」


 まっすぐ引いたと思っていた区画の線が随分曲がっている。


「いけね……。」


 そう言って線を引きなおす。


「トウヤ様、今日はもうこれくらいにしましょう。」


 ガンホさんは俺を見かねたのか、そう言って引き上げていく。ダメだ。俺だけじゃフェリアの代わりは務まらない。実は昨日も一昨日も、こんな風で全く仕事が進んでいない。


 モティとは帰ってきた日に詰め寄られてから、口も利いてもらえない。


 クソ、うまくいかない!何もかも!俺一人じゃ!


 家に帰り、フェリアの様子を見に部屋を開ける。


 彼女は眠ったまま、起きることはない。


 その頬にそっと触れてみる。冷たい感触にほんのりと熱を感じる。ただそれだけが彼女の生を確かめる術だった。


「そこで何をしている!?」


 声の主はモティだった。


「お前がお嬢様をこんなにしたんだ。お嬢様に近づくな。」


 何かを言い返すことも出来ず、俺は立ち上がる。


「すまなかった。」


 そう言い、部屋を出る。


 ああ、足元もおぼつかないのが自分でもわかる。でもゆっくりなんてしていられない。俺は俺の倉庫へと向かう。


 ドアを開けるとエリクシールや万能薬の瓶が雪崩こぼれてくる。溜息を吐きながらそれらを拾い上げると、部屋に置いてある箱へしまう。この箱はアイテムだ。以前、ガンホさんが作ってくれたもので、いくら入れてもいっぱいになることはない。


「リール。」


 薬瓶のメダルを投げていつもの定位置にスロットを召喚する。


ティーン、デン!デン!デン!


ティーン、デン!デン!デン!


ティーン、デン!デン!デン!


「いつまでそうしているつもりじゃ。」


 マナトリアが部屋に入ってきていたことに、声を掛けられて初めて気付く。


「まったく、足の踏み場もないのお。エリクシールも万能水も、フェリアには効果なかったじゃろ。」


 その通りだ。しかし、それはあくまでもエリクシールや、万能水が通常子役だからこそ効果がないのかもしてない。もしも7が揃えば。フェリアを治すことの出来る薬が出てくるかもしれない。


「7が揃えば……きっと。」


「7が揃えば、薬が出てくるかもしれない。出てこんかもしれない。運任せじゃな。じゃが、事実として出て来ておらんじゃろう。おぬし、何回そのリールを回しておるのじゃ。」


 すでにリールは二万回以上回している。これまでの分も含めれば五万回近く回しているだろう。しかし、一度たりともこのスロットで7が揃う事はなかった。


「よいか。がむしゃらになることは悪いことではない。じゃがな、考えるのじゃ。本当にお主が回すべきなのはそのリールなのか?」


 そんなこと言っても、わからねえ。


「おぬしが必要とするものは必ずその手の中にあるのじゃろう。なら正解が出ないなら方法が間違っておるのじゃろう。」


「そんなこと言ったって、わかんねえんだよ!俺はアイツを治してやれない!だったら運でもなんでも縋るしかねえんだよ!俺は……俺は、無力だ。」


 こんなはずじゃない。これじゃ、昔の俺と同じだ。こんな自分はもう嫌だったのに。


「……出てけ。……出てけ!」


 あふれ出した言葉を止めることも出来ない。


 マナトリアは静かに倉庫を後にした。


バシャ!


 外に出て、水で顔を洗う。


「ハハッ。ひでえ顔だ。」


 月明かりに水面に移った顔に思わず吹き出す。苔むしてやつれた頬。酷く滑稽だ。


「マナ。」


 彼女は屋根の上に居た。


「なんじゃ。」


 そう言って彼女は顔を背ける。


「さっきはすまなかった。ちょっといろんなことが上手くいかなくて。」


 彼女は溜息を吐く。


「今までが上手くいきすぎておったのじゃ。人生上手くいかない事がほとんどじゃ。」


 マナトリアの言う事がもっとも過ぎてぐうの音も出ない。


「それでも、お前には悪いことを言った。ただの八つ当たりだった。すまない。」


「なんでも一人で抱え込み過ぎなのじゃ。おぬしは。」


「いや、みんなにはいつも助けられてるよ。その事を忘れてただけだ。聞いてくれるか?俺がこの世界に来る前のことだ。」


 マナトリアは無言で頷いた。


 俺は大学卒業後、企画会社に就職した。そこそこ大きな会社で何件ものプロジェクトを抱えているような会社だった。仕事は楽しくて、そこそこに評価もされた。二年も経てばプロジェクトも任されるようになった。そして五年も経ったころ、会社の中でも特に大きなプロジェクトを任された。それはもう寝る間も惜しんで働いたさ。そんなある日。


「なんだこれは?俺の用意した資料じゃない!?どうなってる。」


「ここの設計部分は俺の指示と違う!?どうしてこうなってるんだ。」


「手配した人員が来ていない!?キャンセルがあった!?ありえないぞ。」


 仲間と思っていた同僚に裏切られた。


 一度瓦解した信頼関係は取り戻せず、俺はプロジェクトから外されて、そのまま坂道を転がるように、退職した。


 それからは毎日、スロットを打って過ごす毎日。来る日も来る日も。そしてある日、刺されてこの世界に来た。


「そんなところさ。人に感謝を忘れた男の成れの果てだったんだ。聞いてくれてありがとな。」


「おぬしはよくやっておるよ。なすべきことをなしておっただけじゃ。今も昔も、本質は変わっておらん。」


「そうかもな。今でもたまに思うよ。時を戻してあの時に戻れたなら、また違った未来があったかもって思うことがさ。信頼関係を損なわずにいられたんじゃ…ない……か……って。」


 そうか。


「なんじゃ。どうした。」


 そうだったんだ。


「フ……フフフ。そう言う事か。」


「ト、トウヤ……。」


「マナ、お前の言うとおりだった。俺は方法を間違えていたんだ。必要なのは薬じゃない。だから7は揃わなかったんだ。俺が本気で求めるのであれば、正解であれば!……一回転で十分だ!!」


「リール!!」


 空に向かってメダルを投げる。


「ほら、お前も。」


 マナと手を繋ぐ。そうすることで彼女とヴィジョンを共有することが……いや、それが正解だと思ったんだ。


「なんじゃ。これがおぬしの言うヴィジョンリール……。しかし、回っておらんが。」


「いや、これでいい。これが本筋。これこそが全てのスロッターの夢。」


 ヴィジョンリールがガタガタと震えだし、それは順回転することなく、逆回転。


「そう!ロングフリーズだ!!」


 俺が投げたメダルは羽のメダル。俺の認識は間違っていた。羽のメダルは空を飛ぶメダルじゃない。時のメダルだ。外れても逆回転することで時間の流れを緩やかにしていたんだ。なら最初から逆回転することで時を戻すことが出来る。


「な、なんじゃこれわぁー!?」


「行こう。あの時、あの場所へ。フェリアがまだ元気にしていたあそこへ。」


 俺とマナトリアを取り巻く景色は瞬く間に流れていった。


「そうここだ。……今だ。」


 高速で逆回転していたリールが止まり、順回転を始める。狙うのはBARだ。


 俺は正確に慎重にBARを狙う。BAR、BAR、BAR!


キュイィィーン!キュイィィーン!


 リールが揃うとともにけたたましいフラッシュ音が鳴り響く。


「なんじゃ、この音は!?」


「これだよ。これ。この音を聞くと脳が溶ける。……最高だ。」


 そして、俺たちはあの湖畔に立っていた。


「ちょっと、また無茶するつもりじゃないんでしょうね。」


 巨大なスライムを前にして、フェリアが俺の前に立ち制止している。


「よかった。」


 おもわず彼女を抱きしめる。


「ちょちょ、ちょっと!いきなりなにすんのよ。こんな時に!」


 彼女は俺を押し返した。その顔は真っ赤だ。そうだ。冷たい頬じゃない。生きてる。


「大丈夫だ。無茶はしない。」


 そう言って焚火の後へ向かう。置きっぱなしにしていた袋を拾い上げ、手のリールを取り出すと、空に向かって投げる。


「リール!」


 慣れた手つきで777を揃える。透明な手を操り、スライムの核を握りつぶす。


 巨大スライムは大量のメダルとなって消滅した。


「さすがに二回目となると、簡単じゃの。」


 マナトリアはかっかと笑う。


「ああ、ありがとう。マナ。……しかし、これをもう一度拾うのか。」


 目の前にある大量のメダルを前に思わず頭を抱えた。

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