二十七回転目 運任せの使い魔
「また無茶したんですって?」
北へ向かう貨車の中。フェリアが頬を膨らませながら詰め寄ってくる。なんだか、やたらと口の軽い魔女が居るな。
マナトリアを睨み付けるとあからさまに目を逸らして下手な口笛を吹いている。
「そもそも、あなたテオロアでも相当無茶したんでしょ!どうして言ってくれないの!?」
フェリアの詰問はまだまだ続く。どうやらこの魔女、俺の想像以上に口が軽いようだ。
「いや、ほらの、正直に話さないと風呂が長引くのじゃ。」
そうか、風呂嫌いのこの魔女は拷問に屈したというわけか。
「いや、何とかなってるし、そんなに無茶してるわけでも……。」
「言い訳しないの!!せめて何をするのか言ってからでも遅くないじゃない。」
何とかしてくれと、思いを込めて御者のモリスさんを見ても苦笑いをするだけで助けてはもらえないようだ。
「皆さんの身に何かあれば私たちの生活はたちまち立ち行かなくなりますからな。」
なんて追撃をしてくる始末だ。
「悪かったよ。もう無茶はあんまりしないよ。」
フェリアはまだまだ文句を言い足りなさそうだったが、とりあえず大人しくなってくれた。
「北のクルトの村までは一週間ほどかかるんですよね。」
「ええ、真っ直ぐ行った湖畔を通ればもう少し早いのでしょうが、魔物と野生動物が出ます。少し遠回りなのですが、迂回路を通るのが、私達の定石ですな。」
そう言えば、もう洞窟の魔気は晴らしてしまったのであの洞窟に魔物は出ない。
「湖畔のルートで行きましょう。なるべく魔物と出遭いたいです。」
「ええ!?トウヤ様勘弁してください。」
メダルも補給したいし、俺はあの洞窟以外の魔物を見たことがない。新しいメダルが手に入るかもしれない。
結局、嫌がるモリスさんを無理矢理説得して、湖畔を通るルートに向かってもらうことにした。
「古い街道になってるんだなぁ。」
「ええ、大昔の街道です。誰も管理していませんから道は多少荒れていますが、古い街道は造りが丈夫なので貨車を引くのに問題はないんです。」
湖畔を通る道は今は誰も使わない道になっているが、随分立派な街道だった。
「しかし、あんまり魔物が居そうな雰囲気はないなぁ。」
さっきから野生の動物は数頭見かけているが、魔物の反応はないように思えた。
「まだ湖畔までは距離がありますからなぁ。それにやはり魔物が活発になるのは夜です。ちょうどこのペースで行きますと湖畔に着く頃には日が沈むでしょう。」
平和な街道をしばらく進んでいくと、モリスさんは貨車を止めた。
「トウヤ様、野生の虎です。魔物ではないですが凶暴です。」
虎にしては角が生えているが、この世界では俺の知っている生き物と同じ名前でも少し違うなんてことは、以前草原を出た時に学習済みだ。
「危ない生き物なら退治してきます。」
そう告げて貨車を降りる。虎はこちらの姿に気が付くと姿勢を低くして狩りの姿勢を取る。こちらも剣を抜いて迎撃の構えを取る。しかし、虎はすぐに飛び掛かってくるわけではなく狩りの姿勢のままこちらの出方を伺っているようだった。
怯えているのか。
俺は構えを解いて一歩、また一歩虎に歩み寄る。虎は低い唸り声を上げるが、やはり飛び掛かってくる様子はない。
「なんだ。」
俺は剣を鞘にしまう。虎の間合いまであと一歩というところで立ち止まり様子を伺うとどうやら足に怪我をしているようだった。
「怪我してるのか。」
俺は袋からエリクシールを取り出して虎に近付く。唸りを上げていた虎も俺に敵意がないことを察してか、唸りを止め、大人しく頭を下げた。
猫をあやす要領で恐る恐る頭を撫で、顎下を撫でながらエリクシールを飲ませる。虎の傷はたちまち塞がって立ち上がり、俺の上に乗っかって顔を舐めだした。
「ひぃぃぃぃ!トウヤ様ぁぁ!」
モリスさんの悲鳴が聞こえる。
「大丈夫だ!」
俺は慌てて声を上げる。しかしいくら敵意がなくとも体高三メートル近い虎が上に乗ると流石に重い。
「まさか、野生の虎を手懐けてしまうとはの。」
「怪我してたんだ。流石に手負いの獣相手に切り付けるわけにはな。」
「ふむ、この大きさの獣が手傷を負うとは、近くに魔物が潜んでおるやもしれんな。」
マナトリアの一言で少し空気がひり付く。早速気配を探知してみる。
「お、いるな。結構いる。」
街道から少し逸れた獣道、その先に大小いろんな反応があった。
「ちょっと行ってくる。」
「あ、トウヤ!」
俺は居てもたってもいられず反応のあった場所へと駆け出した。
「ほうほう、結構な数がおるのぉ。どうじゃ、手助けは必要か?」
「誰に言ってんだって。あれくらい肩慣らしにもならねえよ。」
俺は茂みからモンスターの群れへと飛び出した。
俺流狩りの鉄則その一、まずはデカい奴から狩る!
熊のような大きなモンスターの胸に向かって一突き、振り返りざまに飛び掛かってくるウルフたちを一刀両断する。
あとは残りの小さめのモンスターたちを一匹ずつ退治するだけ。はい終了。
「あんまり、洞窟のモンスターと顔ぶれは変わんないな。」
どれもこれも洞窟で見たことあるような奴らばかりだ。落とすメダルにも差はない。
「この辺りはまだ草原からさほど離れていないからのぉ。洞窟から出た魔物の残党と言ったところじゃろ。」
メダルを拾い終えて戻ってみるとフェリアは先ほどの虎と遊んでいた。
「この子可愛い!ねぇ、連れて行けないかしら?」
虎は喉をゴロゴロ鳴らしてフェリアに懐いていた。
「連れて行くって、犬猫じゃないんだぞ。」
「ねぇダメ?お願い!お願い!」
まるで子供だ。しかしフェリアがここまで我儘を言うのは初めてのことだった。
「うーん、マナ、何かいい案はないか?」
「あるぞ。」
「やっぱりそんな都合のいい事ない……あるの?」
「あると言うておる。その虎をフェリアの使い魔にすればよいのじゃ。」
使い魔。そう言えば、マナトリアも使い魔として夢魔の燕を連れている。
「マナちゃん。」
フェリアの目がキラキラと光り、マナトリアを羨望の眼差しで見つめている。
「それで、どうすればいいんだ?」
「フェリアよ、虎に向かい手を伸ばせ。」
フェリアは言われた通り、虎に向かって手を伸ばす。
「集中せいよ。お主の魔力を虎と通わせるのじゃ。」
フェリアは目を閉じ集中力を高めると、彼女の周囲に風が巻き起こる。
「もっと集中せい。魔力を向けるのではなく通わせるのじゃ。」
フェリアの周囲に巻き起こる風が指向性を持って虎に向かうが、それは傷付けるような風ではなく優しく包み込むような優しい風となる。
「唱えよ。汝、頭を垂れて拝聴せよ。我が従魔としての生を全うし、その命尽きるまで我に奉公せよ。」
フェリアも同じく呪文を唱える。
「汝、頭を垂れて拝聴せよ。我が従魔としての生を全うし、その命尽きるまで我に奉公せよ。」
すると、虎はフェリアの掌に頭を下げる。そして額には紋章が浮かび上がる。
「終わりじゃ。初めてにしてはなかなか良いな。これでこ奴はお主に逆らえん。他にも感覚を共有したり、遠くでも命令を授けたり、お主が死ねばこ奴も死ぬことになる。」
マナトリアはさらりと物騒な事を言う。
「私が死ぬとこの子も死んじゃうの?ねぇ、どうにかならないの?」
「それは無理じゃ。そもそも従魔の契約とは、主人の魔力と従者の魔力を繋ぎ合わせるもの。しかしただ結びつけては命を共有するだけで不便しかない。そこで主従関係を契約に付け足し、根幹を支配という形で掌握するのがこの従魔契約じゃ。なので主人が死ねば根幹も枯れて死ぬ。根幹を掌握しておるから命令は絶対という寸法じゃ。」
なるほど。マナトリアの言う事はさっぱりわからん。
「マナ、俺にもそう言う事が出来るのか?気に入った獣とかモンスターを使い魔にとか。」
魔物使いなんてある意味異世界の、RPGの夢だ!
「さっきも言った通り、従魔の契約は自身の魔力によって相手の根幹を縛る術じゃ。魔力のないお主には無理じゃ。」
マナトリアはさらりと残酷な宣告をした。
「俺に魔力はないのか?魔法が使えないだけじゃないのか?」
「ない。しかもお主の根幹は鋼の外核で覆われておる。じゃから呪文もお主に効かぬ。」
俺はがくりと膝を折る。俺の夢が。異世界の、RPGの醍醐味が……。
「そ、それはそうとこの子に名前を付けてあげないと。ね、トウヤは何が良いと思う?」
フェリアがこの場を取り繕うように虎の名前を募る。
「なんでもいい……。トラゴローなんて良いんじゃないか。」
今は考えられない。
「トラゴロー良いじゃない。」
「ふむ、良い名じゃ。」
二人とも何言ってんだ。正気か?と思ったが、トラゴロー……この世界の言葉で“勇敢”。なるほど。
「な、なかなかだろ?」
しかし、こんな適当に名前を付けてしまったことを知られたら、俺はトラゴローに恨まれるかもしれない。
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