二十三回転目 運任せの手紙
テオロアから帰ってきて二週間が経った頃、レティシアがフェリスフィルドを訪ねてきた。ガンホさんを見つけた彼女は走り寄って抱き着いて初めて他人と気付いたらしく大慌てで何度も誤っているところをフェリアが見つけて家に連れてきたらしい。
「この節はどうもお世話になりました。あの時はろくに挨拶も出来ないままで。改めましてフェリアの姉のレティシアと申します。妹がいつもお世話になっております。」
そう言って頭を下げた彼女は慎ましやかで上品で、御伽噺に出てくるお姫様が本当に居るとしたらこういった人なんだろうと思わせる優雅さがあった。
そう言えば屋敷で会った時は顔中ボコボコの傷まみれだったから、本当に改めましてだな。
「俺たちの方こそ、やるだけやったら逃げるように帰っちゃって。あの後大変だったんじゃないですか?」
実際、王国の調査や衛兵の取り調べが嫌でその場から逃げ帰ったわけなのだが。
「ええ、ですが今回の件は王国が直接調査してくださったのでわたくしには簡単な取り調べがあっただけですわ。それにテオロット家そのものには大したお咎めもなく、領地やお屋敷の没収などといった事もなかったので。」
テオロット卿がどれほどの事をしていたのかはわからない。しかし異世界人の俺からしても、領地没収や貴族地位の剝奪などがあったとしてもなんの不思議もない。ましてや彼の直接の血筋であるレティシアが跡を継ぐなんて寛大すぎる気もする。
「きっとマナトリア様のおかげですわ。」
そう言えば、あの時王様に向けてマナトリアが何か書いていた。背筋にうすら寒いものを感じて、いつもの如く膝の上に座るマナトリアを見る。
「マナ、あの時、王様に向けてなんて書いたんだ?」
マナトリアが王様に向けて書いた書簡はこうだった。
ライオット王国国王殿下 拝
此度のテオロット家の争乱その原因の全ては現テオロット領主テオロット卿が稀代の魔女マナトリアへの干渉によるものである。
よって候は我の手に依って直接粛正したものである。テオロアが都市の形を留め置く事我の温情と知るべし。
候の後継にはテオロットが長姉レティシア候を推挙致す故相応の爵位を与えられたし。
またテオロット領内フェリスフィルド村は我の住処にて無用の干渉は敵害行為と見做し王国に災いをもたらす事相違なく。
以上行文が叶えられぬ場合速やかに王国の終焉を報せる鐘を鳴らすべし。
南領の魔女 マナトリア
マナトリアが書いて見せた文章を眺めて恐怖する。要するにこいつは王国を丸ごと脅しに掛けたのだ。
「フフン。」
「フフンじゃない!」
マナトリアにゲンコツを落としておく。
「まあまあ、トウヤ様、おかげさまですべて丸く収まった訳ですし。ありがとうございます。マナトリア様。」
そしてレティシアは紋章の入った書簡をフェリアに手渡した。
「これ、王家の紋章……。」
それは王様からの公式な発布文書だった。
「なんて書いてあるんだ?」
文書を読みながらフェリアは目を丸くする。
「私が公爵位に?これは何かの間違いではないの?」
そこにはフェリアに公爵位を授与する旨、フェリスフィルドを特別な自治区として制定し統治することの許可が書かれていた。
「私には大公位を頂けることになりましたし、これでテオロアの貴族も私の政治に口出しは出来ませんわ。」
聞けばレティシアに与えられた大公位とは前領主であった父親よりも高い地位で王国内でも王族に次ぐ地位であるらしい。
「要はそれだけ国王はワシとの繋がりを保っておきたいようじゃな。感心な事じゃ。かっかっか。」
マナトリアは高笑いしている。魔女がここまでの影響力を持っているなんて。
「その通りですわ。マナトリア様。」
レティシアは両手を合わせて一緒に笑っている。おっとりした人だと思ってはいたが、なかなかの大物だ。
マナトリアはレティシアのことが大層気に入ったようで、今度はレティシアの膝の上に座って手土産のお菓子を頬張っていた。
「おいマナ、村には子供たちも居るんだ。少しは遠慮しろ。」
「お優しいですのですね。トウヤ様。いっぱい持ってきましたのでご安心ください。」
そう言うとレティシアは、わざわざマナトリアの為にお菓子の包みを解いて手渡していた。
彼女は散々マナトリアを甘やかしたり、フェリアと積もる話をして、日が欠ける前頃には帰っていった。
その後も彼女は何かと理由を付けては度々草原を訪れるようになっていた。
そして、そろそろ肌寒い日が多くなり、冬の支度を考えていたころ、事件は静かに始まっていた。
「へぇ、大商人の娘がねぇ。」
この日も例の如く草原を訪ねて来ていたレティシアは深刻な顔である相談を持ち掛けてきた。どうやら、テオロアの中でも一、二を争う大商人ローベロッテの娘が大病を患って床に伏してしまったらしい。
「ええ。そうなのです。それでマナちゃん、いえ、マナトリア様ならどうにかできないかと思いまして。」
最近ではレティシアもマナトリアのことを愛称で呼ぶようになっていたが、名前で言い直すほど事態は深刻なのだろう。
「ふむぅ、ワシは病気のことはあまり詳しくないでな。それにな、金持ちがなんでも金で解決しようというのはどうにも気に食わん。死ぬのは人間にとって自然の営みじゃ。」
確かにマナトリアの言う事も一理ある。金持ちが金で命を買えるなんて俺もあまり気に食わない。
「そこをなんとか出来ませんか?彼女は、リリーちゃんは私の学友なのです。」
必死に訴えるレティシアの頼みを断るのは少し気が引ける。
「じゃ、これを飲ませてあげてください。」
俺は机の上にエリクシールと万能水を置いた。
「エリクシールと万能水です。これを飲ませてあげればきっと元気になりますよ。」
「トウヤ様……。本当に、ありがとうございます!」
何度もお礼を言いながら、その日の彼女は早めに帰っていった。
「お主、良かったのかの?」
マナトリアが珍しく心配そうな声を上げる。
「そうよ。いくらお姉様だからって、こんな高級品を簡単に渡しちゃって。」
確かに知らない相手ならそんなことしなかったのかもしれない。しかし、俺でもマナトリアやフェリア、村のみんなが同じような状況になればなりふり構わず心当たりを当たっただろう。
それに薬瓶のメダルはまだまだたくさんある。毎日飲んでも余るほどあるなら一本ずつくらいどうってことはない。
「大丈夫だろ。それに困った時はお互い様だからな。」
そう。これがきっかけだった。このことがこの後の大事件の引き金になるとはこの時の俺は知る由もなかった。
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