二十二回転目 運任せの帰還
そして今。
広間では凍矢とマナトリアが当主であるテオロット卿を追い詰めていた。
追い詰めてなお、凍矢はフェリアを待っていた。しかし、そうしているとどうしても殺気が揺らいで薄まる。その気配はテオロットや息子たちに気取られる。
それはある勘違いを思い起こさせる。どうにかできるんじゃないかと。
「お父様、この男は俺たちが取り押さえます。」
その言葉には忖度を求める下心が覗いていた。
「まて、トウヤ。散々腹が立っておったのじゃ。ワシにやらせてくれ。」
今まで見に徹していたマナトリアが業を煮やして凍矢の前に出る。
「絶対に殺すなよ。」
凍矢は釘を刺しておく。魔女である彼女の魔力は強すぎて簡単に人を殺めてしまう。
「こんな女の子がどうしようって言うんだ。お父様もほとほとヤキが回ったみたいですね。」
「これなら僕もやれる。」
「俺がやる!あいつにやられた分もこいつにお返ししてやる。」
三人の息子たちは我先にとマナトリアに斬りかかる。彼らも必死なのだ。つい先ほど失った父からの信頼を取り返し、次期当主としての地位を不動のものにしようとしているのだ。
「愚かじゃ。お主たちの所業は自殺行為じゃ。何者を相手にしておるかもわからんか。」
ここまでの過程を全て見ていたマナトリアには一切の加減もない。彼女の周りを氷の刃が回り始める。
「こいつ、妙な魔法を!」
三男のモリオンが剣で氷の刃を叩き落とそうとする。しかし、氷の刃は彼の剣に触れると飛散し飛び散った刃は容赦なくモリオンに刺さる。
「うわぁぁぁー!」
顔中を傷だらけにしてモリオンは床にうずくまる。
「これでは殺してしまうかもしれんの。」
マナトリアはそう言うと氷の刃は飛礫へと姿を変え、倒れたモリオンへと襲い掛かる。全身に飛礫を浴びたモリオンは血反吐を吐く。
「今だ!」
飛礫がなくなり手薄になったマナトリアへ長男のライアスが剣を振るう。
「無駄じゃ。ボンクラ共。」
マナトリアの周囲にたちまち火柱が上がりライアスを炎が包む。
全身を焼かれたライアスは大火傷を負って地面を転がりまわった。
「お主は時間切れじゃ。」
マナトリアがそう言うと次男のガロバロは悲鳴を上げて逃げ出そうとする。しかし、その足は床に凍ったまま張り付いて動けなかった。それでも無理に逃げようとした結果、彼の足は膝より下から砕けてしまった。
マナトリアは結局一歩も動かぬまま、あっという間に三人を御してしまった。
「ちょうど頃合いじゃな。」
「そうだな。」
その頃ちょうど広間に二つの気配が近づいてきた。
「お父様!」
広間にやってきたのは長女のレティシアとガンホに化けたフェリア。マナトリアはフェリアを見ると早速変化の術を解く。
テオロット卿はどんくさくておっとりした長女のレティシアには何も期待してこなかった。それはこの土壇場に至っても変わらない。寧ろこの自身が追い詰められた状況を見られることに、屈辱すら感じるほどだ。
「トウヤ様とマナトリア様ですね。どうかこの場はお納めください。父には必ず王国の裁判にて罪の清算をさせますので。」
レティシアは二人に向かって膝をつき許しを請う。
その姿に二人もいささか毒気を抜かれてしまう。
「お父様。フェリアから話は聞きました。全ての罪を認め、王国で裁判を受けてください。お父様は死罪になるかもしれません。領地も取り上げられてしまうかもしれません。それでも私はお父様に正当な裁きを受けて罪を償ってほしいのです。」
このレティシアの言葉にテオロット卿はこの上なく激昂した。今まで見下してきた娘が私の罪を断罪しようというのだ。ここまで味わった恐怖など呑み込まれてしまうほどの怒り。
テオロットはレティシアに歩み寄ると素早く剣を抜いた。
「動くな!」
レティシアの首筋に剣を当てがい凍矢とマナトリアをけん制する。
「愚鈍な娘が抜け抜けと……。」
レティシアの瞳から涙が零れる。その涙は父に対する諦めの涙だったのだろう。
「どこまでも、クズが……。もう喋るな。」
この場に居る皆が怒りで身を焦がしていた。とりわけ凍矢はこれまで感じたことのない程の怒りを思い出していた。
フェリアの事、村の皆の事、そして今、父を想ってこの場に現れたこの娘の事。
「リール!」
それは今まで使わなかった特殊な蛇のメダル。このメダルではスロットは現れない。しかし、凍矢にのみ見ることのできるヴィジョンでリールを回転させることが出来る。完全目押しのスロット。7図柄以外は全てブランクという特殊なリール。
第一停止。第二停止。第三停止。一コマの狂いもなくビタ押し。中段には7が揃う。
「何をするかと思えば、こけおどしめ……。」
毒づいたテオロット卿が自身に落とされた影に振り返ると、そこには巨大な大蛇が居た。大蛇はテオロットを有無も言わさず丸呑みにする。
レティシアはテオロットの剣から解放され膝を付く。
「こうするしか、なかったのでしょうか……。」
「すまない。もうこれ以上怒りを抑えることが出来なかった。」
レティシアの傍らには、大蛇に精神を呑まれ廃人と化したテオロット卿が、虚ろな目で立ちすくむ姿があった。
その後、なぜか満身創痍のレティシアにエリクシールを飲んでもらい、衛兵を呼んでテオロットと他の兄妹たちは捕縛されていった。夜通し大規模な捜索が行われ地下室や執務室から大量の不正や殺人の証拠が見つかった。
地下室でのびていたギルや他の荒くれ者たちも殺人の共謀として捕まっていった。彼らに対する取り調べはこれからも行われさらなる罪が明らかになっていくだろう。
レティシアはレティシアで王様に向けて父が犯していた罪の告白とどんな罰でも受ける旨、テオロット家の代替わりの許しを請う書状を綴っていた。その際、一緒に渡せとマナトリアが書いた書状をレティシアに渡していたが、中にどんなことが書いてあったのか知る由もない。
そして俺たちが集合場所にやって来れたのは集合時間の丸一日後だった。
「トウヤ様、フェリア様!良かったご無事で!ってあれ、マナトリアちゃん……。ガンホさんは?」
御者のモリスさんは居たはずのガンホさんが居らず、かわりにマナトリアが居たので混乱していた。
「話せば長いので、道中で。」
そう言って貨車に乗り込もうと中を見る。
「おお!すごい!大量!」
モリスさんは一人だったにも関わらず大量の買い付けを成し遂げていた。
「でもこれ、俺たちの乗る場所が……。」
結局俺たちは御者席に横並びで帰ることになった。
「そうですか。そんなことが……。皆さんさぞお疲れでしょう。」
「いやいや、今回ばかりはマナが居なけりゃどうにもならなかった。マナ様様だ。」
そう言って相変わらず膝の上に乗る魔女の頭を撫でてやる。本人はにゅふふと喉を鳴らしているところを見ると、なんだか猫のようだった。
「しかし、フェリアもなんであのお姉ちゃんあそこまでボコボコにしてたんだ。やりすぎだろ。」
「うるさいわね。頑固なのよ。……お姉様も、私も。」
フェリアはモリスさんの向こう側で頬を膨らませている。
「いやぁ、お嬢の見る目もなかなかのもんじゃ。ちょっと見直してしまったわ。」
そういいながらマナトリアは高笑いをする。実際レティシアはあの兄弟の中でよくああ真っ直ぐに育ったものだ。それを言うならフェリアもだが。
「マナ、あなたいつまでトウヤの上に居るのよ。降りなさいよ。」
「嫌じゃ、嫌じゃ。ここはワシだけの特等席じゃ。誰にも譲らぬぞ。」
こんな言い争いも、もう何度目だろうか。
「それに頑張ったのはトウヤじゃ。あの地下室で……。」
「ストップ。そこまでだ。」
フェリアには地下室での出来事は言っていない。どんなに怪我をしてもエリクシールを飲めば全回復だ。不要な負い目を感じる必要はない。
「おっと、口が滑ったわ。すまんな。忘れてくれ。」
マナトリアも事情を察してくれる。
草原に帰ると村のみんなが総出で迎えてくれた。
マナトリアの姿をしたガンホさんが畏まっている姿を見ると、ちょっと吹き出しそうになる自分が居た。
早速マナトリアが術を解くと、モティは腰を抜かしていた。
仕入れた品物をみんなで仕分けして、幸せそうな笑顔で。ああ、頑張ってよかったなぁ。って柄にもなく思ってしまった。
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