二十一回転目 運任せのクーデター

「後はアンタだけだ。」


そう言って凍矢はテオロットに向けて歩を進める。テオロットは感じていた。恐怖を。今まで圧倒的な地位と力で人々を圧倒し、蹂躙してきた。しかし目の前のこの男は一切手を抜かず今までの罪の清算を強いてくる。


 急ぎ階段を上り、重たい石扉を閉める。


 しかし次の瞬間には石扉は細切れにされ、その役目を果たさなくなった。難なく地下室から出てくる凍矢とマナトリア。


「誰か!誰かおらんか!賊じゃ!賊がおるぞ!」


 恥も外聞もなく騒ぎ立てる。


「お父様!いかがされましたか!?」


 やってきたのはテオロット家の次男ガロバロだった。


「おお、ガロバロか!急ぎ衛兵を呼べ!賊じゃ!」


 テオロットの言葉にガロバロは外へと走り出す。しかし、外への扉は開かない。


「お父様、外に出られません!」


 ガロバロがいくら押そうが引こうが入り口のドアはビクともしない。


「くっ、なにをやっとるか!ならば貴様があの賊を殺せ!」


 テオロットの言葉にガロバロが腰の剣を抜く。


「そのまま向かってくるなら殺す。」


 凍矢の言葉一つでもうその足は凍り付いたように動かなくなる。彼はテオロットの息子たちの中でも一際臆病だった。


「どうした?自慢の息子は動けないみたいだぞ?」


 凍矢はテオロットに向かってまた一歩また一歩足を踏み出していく。


「うおりゃぁぁぁ!」


 突然三男のモリオンが凍矢に向かって剣を抜いて襲い掛かる。しかし、いともたやすく剣は往なされ、その鳩尾に凍矢の膝蹴りを受け地面をのた打ち回る。


「どいつもこいつも役に立たん!」


 テオロットは息子たちの醜態に悪態を吐く。


「テメーにとって家族ってのはその程度の物なのかよ。」


 凍矢の言葉はテオロットには理解できない。彼にとっての家族とは道具であり、テオロット家の威光をただ継いでいくだけの存在なのだ。


「お前も出てこい。」


 凍矢に指摘され現れたのはテオロット家の長男ライアス。


「くくく、僕は止めは致しません。お好きにどうぞ。」


 彼はテオロット家の次期党首として有力視されていた。なのでここで父親が死ねば自分にその地位が回ってくる。そう思い成り行きを見守っていたのだ。


「ライアス、貴様ァ!」


 テオロットは長男に毒づくが彼こそがその性質を最も忠実に受け継いでいると言えた。


「どいつもこいつもクズばかりじゃ。反吐が出るわ。」


 マナトリアにも嫌気が差す。なんの制約もなければ彼女はこのテオロアごと灰にしてしまっていたかもしれない。


 凍矢は時間を稼いでいた。ここに至って足りていない役者。それを待っていた。しかし、彼女は一向に現れない。しかし、彼は待った。彼女、フェリアは必ず来る。次期当主になるべき人を連れて。




 前日、夜。テオロット家、長女レティシアの自室。


「だ、誰です!?」


 床に就こうとしていたレティシアの前に見知らぬ男が立っていた。


「レティシアお姉様。私です。フェリアです。」


「えぇ……。あ……。え……?」


 レティシアは昔からおっとりしていた。成績もさほど優秀ではなく何に興味があるのか、わからぬほどぼんやりした人だった。


「訳あって別人の姿を借りています。私の話を聞いてください。」


 フェリアは自身が草原に行っていたこと、テオロットがこれまで行ってきた事。その全てをつぶさに話した。


「そんな……。お父様がそんなことを。ではあなたは本当にフェリアなのですか。」


 レティシアはフェリアの手を取って聞く。その姿形は他人の物とはいえ、その温もりは確かにフェリアの物だった。


「私たちはお父様を討ちます。お姉様にはその後を継いでもらいたいのです。」


 そんなことはレティシアにとって寝耳に水だった。跡継ぎは長男のライアスで決まっているとそう思っていた。他にも兄妹はいる。自身が後を継ぐとは夢にも思っていなかったのだ。


「そんな、無茶苦茶よ!急にきて跡を継げなんて。それにお父様を討つってあなた何言ってるのか本当にわかってるの?無茶よ。」


 取り乱したレティシアの手をフェリアはぎゅっと強く握る。


「お姉様、私は本気です。私はお父様に二度殺されました。明日決着を付けます。そしてその跡継ぎもレティシアお姉様以外ありえません。明日までに覚悟を決めておいてください。」


 それだけ伝えるとフェリアは部屋を出ると叫んだ。


「賊だー!賊が出たぞー!」


 とたんに屋敷に集められた用心棒や衛兵が集まってくる。


「レティシア様。賊はどちらに?」


 レティシアはフェリアが逃げた方向と逆側を指差して答える。


「あちらの方に走って逃げました。」


 そして今日。再びフェリアはレティシアの部屋まで来た。そこまでの道程に衛兵が一人もいなかったのはレティシアの気遣いだろう。


「お姉様。覚悟は決まりましたか?」


 そこに居たのは二振りの木刀を持ったレティシアだった。


 「フェリア。私と賭けをしましょう。あなたが勝てば私はあなたの話に乗ります。あらゆる困難を共に乗り越える覚悟を決めましょう。私が勝てば、この計画を中止してお父様と和解してください。その為の努力をしてください。」


 まっすぐにフェリアを見つめるその目はどこまでも本気だった。


 しかし、この賭けは圧倒的にレティシアにとって不利だった。元々彼女は運動が得意ではない。さらにフェリアは学園内でも随一の剣の腕前があった。普通の講師では瞬く間に剣の腕が能わなくなり、王国内でも随一の剣の腕を持つギルが師範として招へいされたほどだった。


「あなた相手に手は抜けませんから、あなたも全力で来てください。」


 そう言うとレティシアは静かに木刀を構えた。


 勝負は圧倒的だった。ただ一方的にフェリアがレティシアを打ち据える。レティシアの剣は掠りもしなかった。しかしながらレティシアは一切降参の声を上げることはなかった。


「どうしました?それで本気ですか?私はまだ降参していませんよ。」


 フェリアはこれ以上の勝負を躊躇った。しかし、それはレティシア自身が許さなかった。彼女の透き通る肌には血が滲み、痛々しく腫れた腕には力が入らず木刀を握る手も震えている。


「お姉様、どうしてそこまで……。」


 打ち込めば打ち込むほどフェリアの剣には迷いが増えていった。しかし、彼女にも信念がある。父親の暴走を野放しにはできない。自分が生まれ育ったテオロアを唯一信頼できる人間に託したい。


「もう降参してください。お姉様。これ以上は……。」


 レティシアの脳天に木刀が当てられる。当てると言うには優しすぎる置くほどに緩い一撃。


「まだです。私はまだ降参していません。」


 すでに木刀を持つ腕は上がってもいない。


 フェリアが木刀を持つ腕を下げた時、レティシアは膝から崩れ落ちた。急いで抱きかかえる。


「……やはり強いですね。剣技も勉強も随一で、私の自慢の妹です。」


「お姉様、どうしてこんなことを?」


 姉の不可解な行動の真意を問いただす。


「そんなあなたが……一人でそんな目に遭っていたなんて……私何も知らなくて。お父様の不正も……悪事も全部何も知らなくて……。本当にごめ……んなさい。」


 レティシアの瞳からは涙が止め処なく流れ出る。


「そんなあなたに私はまた、与えられるものだけを受け取ったら、期待に応えられない……。」


 この賭けはレティシアにとっての覚悟。そしてフェリアに対する贖罪だった。そして彼女は、いや二人は、立派にそれを成し遂げたのだ。


「やっぱりあなたはフェリアなのね。とっても残念な姿になっていったいどうしたというの?あらレティシアお姉様も。あなたたち、お似合いだわ。」


「それにとろ臭いレティシアお姉様が跡継ぎですって?せっかくあなたが視界から消えてくれて清々してるのに余計なちゃちゃ入れないでちょうだい。」


 テオロット家の二女のパミルと三女のチェンだ。二人の手には真剣が握られている。


「お姉様、少し待っていてください。」


 レティシアを横たえ、フェリアは立ち上がる。この二人に尊敬する姉をこれ以上愚弄させてはいけない。木刀を構えた彼女からはその闘気が立ち上り視界を歪ませるほどだった。


「いくら優秀でも木刀が真剣に勝てるわけないってのー!」


「アンタはここで死になー!」


 斬りかかる二人をフェリアは容赦なく打ち据える。顔を打ち、腹を打ち、喉を打つ。二人は声を上げることも出来ず、カエルのような格好で床に転がった。


「さぁ、行きましょうお姉様。」


 フェリアはレティシアに肩を貸すと広い屋敷の中を広間に向かって急いだ。

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