十八回転目 運任せの悪だくみ

 村人たちが交易に発ってから二週間とちょっと。少し帰ってくるのが遅いなぁ。と思っていたところで、村の交易団が帰ってきた。そこでウチもみんなで帰ってきた交易の貨車を見に行くことにした。


「少し遅かったので心配してたんですよ。無事で良かったです。」


 御者のおじさんに声を掛けると、存外浮かばない顔を浮かべた。


「何かあったんですか?村の野菜、売れませんでした?」


「ああ、トウヤ様……。村の野菜は大盛況で。一つ残らず売れたのですが……。」


 言いにくそうに言葉を濁す。


「……空っぽですね。」


 貨車の中を覗いたフェリアが呟いた。


 ただならぬ予感に御者のおじさんを家に招いて、詳しい話を聞くことにした。


「なんと、プリマヴェルで魔物が……。」


 ガンホさんが難しい顔をする。


「ええ。塩などの調味料は手に入ったのですが、皆の期待する海産物は仕入れられませんでした。プリマヴェルの物価も大きく上がっているようで……。」


「じゃ、希望の購入品はほとんど買えなかったのか。でもま、皆さんが無事に帰って来れただけでも良かったですよ。」


 見るからに落ち込んでいるおじさんを励ます。


「そうそう、今回の収益はみなアルス銀貨で持ち帰ってますが、どうしましょう。」


 おじさんは麻袋を机の上に置いた。ガンホさんは俺の顔を見る。受け取れってことなんだろう。


「すみませんが、俺はそう言う管理出来ないんで。」


 そういって麻袋をフェリアの前に押し出す。


「金の管理はコイツにやらせてみてください。金が必要な時もフェリアに言ってもらえればいいんで。」


 正直、お金の価値がわからないからだ。こういう管理はキッチリしてそうなフェリアが合うと思った。ガンホさんだとなんか甘く出費しそうだし。


 すると早速フェリアは麻袋を解いて銀貨を数え始めた。


「あれ、モリスさん。六十万アルスもあります。なんだかすごく多いんですけど。あの量だと、四十万アルスあるかないかですよね。」


「ええ、さっきも言った通りプリマヴェルの物価は、ものすごく高騰していまして。それでも買えるものは買っての分ですからね。あまりに高いものは買いませんでしたし。」


 もしかして、とてつもなくいいタイミングで野菜を売りに出したのかもしれない。


「なぁ、マナ。海にもモンスターっているのか?」


 さっきから俺の膝の上で偉そうにふんぞり返っている小さな魔女に聞いてみる。


「ふむぅ。珍しいのぉ。いない事はないのじゃが、漁が出来ぬという事は魔物が漁場に根を張ったという事じゃろ?ワシは聞いたことないのぉ。」


 マナでさえも聞いたことがないようなことが起こっているのか。


「今後の交易はいかがしましょう。物価が上がっているなら野菜を持ってまたプリマヴェルに行ってもいいかもしれませんが、仕入れが出来ないのでは、少し魅力が薄れてしまうかもしれません。」


 仕入れが出来ないのはちょっと厳しい。お金が只欲しいならそれこそエリクシールを一本売ればいい。そんなことの為に危険を冒してまで交易をする意味はない。


「他の交易先の候補はどこがあります?」


 ガンホさんとフェリアは顎に手を当てて考え込む。


「海産物ならプリマヴェルからさらに南東に下ればそこに漁師町があったと思うわ。」


 フェリアが指をピンと立てて提案する。


「プリマヴェルよりも遠いのか。それはちょっとなぁ。それにプリマヴェルに海産がないってことは、そことプリマヴェルの漁場はたぶん同じくらいの位置なんだと思う。」


「それでしたらテオロアはいかがでしょう。特産、というほどの物はないですがテオロット領で一番の都市ですから各地から物も来ますし、需要もあります。その分物価はいささか高めですが……。」


 ガンホさんはのほほんと提案するが、あなたたち、そこに奴隷として売られそうになってましたよ。


 フェリアを見ると、彼女も不安そうな目で俺を見ていた。


 それもそのはず、俺たちには因縁が深すぎる。


「諍いがあるなら攻め込めばよかろう。たかが街一つじゃ。灰にしてやればよい。」


 人の膝の上で物騒な事を言い出す。ほら、みんなドン引きだ。


「滅ぼすのはダメだ。あと、人の記憶は勝手に読んじゃダメだ。」


 軽く釘を刺しておく。マナトリアは人の瞳を見て記憶を読むことが出来る。


「だけど、一理あるよな。このままじゃ何もできない。先にケンカを売られたのはこっちなんだ。ちょっと挨拶しに行くか。」


 多分フェリアの親父はここを赦す気はないだろう。だとしたらいつまでもここで待っているのもあまり賢くない。


「ちょっと!トウヤ本気なの?」


 フェリアの声色が弱くなる。


「なんじゃ。お主、かような目におうてもまだ情があるのか?」


 実際、全く情がないわけではないだろう。それだけじゃなく、いろんな感情が彼女の中で渦巻いているんだろう。


「ウムムムム……。行こう!確かにいろんな想いはあるけどお父様のしてることは許せない。それにここのみんなは私の全てなの。その為なら私、何でもやる!」


 全く、誰に似たんだか過激な事を言い出した。


「きっとお主じゃ。」


「人の心を読むなってば。」


 だけどこれで。


「決まりだな。ガンホさん、今度の交易には俺とフェリアも行きます。」


 そうして、次の交易先はテオロアに決まった。交易、というより……。


「いくさじゃな。」


 だから人の心を読むな。って心で思っておく。


 三日後、俺たちの出立の日はやってきた。


「おい!トーヤ!なんで僕は留守番なんだよ!?」


 想像は出来ていたけどモティが怒りだした。


「すぐに帰ってくるから。ね。」


 朝からフェリアがずっとなだめている。


「でもフェリア様!あんまりです!」


 モティが少し泣いてる。


「おい、モティ。俺はお主に意地悪してるんじゃない。」


「これが意地悪じゃなくてなんなんだ!?」


「お前しかいないんだ!俺の留守にここを守れるのは!」


「え?」


 モティの興奮が一瞬醒めた。


「お主、頼られておるのじゃ。」


 マナもここぞとばかりに援護射撃してくれる。


「留守の間、俺とフェリアの命とも言うべきここをお前に任せる。命を懸けてここを守れよ。」


 かなりオーバーだが、これくらい言った方がいいだろう。


「お、おう!僕に任せておけ!お前こそお嬢様に何かあったら許さないぞ!」


 俺たちは熱い握手を交わした。


「ではワシは村で待っておるからの。気を付けての。」


 マナが笑顔で見送ってくれる。少し不自然だ。


「では私は荷台の方に失礼いたします。」


 ガンホさんは貨車の荷台に乗り込む。


「フェリスフィルド交易団行ってきます。」


 フェリアが胸を張る。


「本当にいい名前に決まったの。」


 フェリスフィルド。この村の名前だ。俺とフェリス、モティで決めたんだ。マナトリアも賛成してくれた。


 貨車はゆっくりと進みだす。


 思えばこの世界に来て初めてだ。外の世界。覚悟とは裏腹にワクワクが止まらない。




 テオロット領テオロア。テオロット邸執務室。


「入れ。」


 テオロット卿が低い声で入室を促すと、男は音もなく彼の眼前に現れる。彼の名はギル。王立学園の剣術師範であり、彼の腹心でもあった。


「卿。捕らえた夢魔の燕から報告が上がりました。お嬢様、フェリア様とあの男が草原を発ちました。」


 報告に対して男は眉を不快そうに吊り上げるのみで、顔も向けない。


「……魔女はどうした。」


「草原に残ったようです。魔女が人の営みに興味を持つことなどありえませぬ。」


「ならば捨て置け。いずれ興味を失えば去るであろう。草原を出た奴らを見張れ。気を抜くな。……市中に入り次第捕らえよ。男は殺して構わん。あれは私の前に引きずってこい。」


「御意に……。」


 ギルは一礼すると音もなく姿を消した。

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